第5話、脅威なる『 力 』
交差点の向こう側、数100メートルほど向こうに、赤い回転灯がいくつも光っている。 繁華街だけに、集まりだした野次馬の数は多く、かなりの騒ぎである。 それを避けるように菊地と友美の2人は、ターミナル駅の方へと急いだ。
「 公園を抜けて行こう。 その方が人通りが少ない 」
菊地は、自分の腕にしがみつくように歩いている友美に言った。
小さな噴水のある、その公園は、静かだった。
散策路が整備してあり、所々に彫刻が置いてある。 都会風に洗練されたデザインの外灯が、それらを照らし出し、噴水の水に反射した光が、水面でキラキラと光っていた。
何かから逃げるかのように、足早に散策路を歩いて行く2人。
やがて前方に、人影が現れた。
「 ? 」
菊地は、それが中学生らしき男の子であると分かり、疑問に思った。
( こんな時間に… 何で、中学生が繁華街にいるんだ? )
黒の学生ズボンにスニーカーを履き、白いワイシャツを着ている。 両手をズボンのポケットに入れ、 まるで、2人の行く手を阻むかのように少年は立っていた。
「 な~んだ。 まだ、初期覚醒しただけじゃん。 使いモンになんねえなあ…… 」
2人が近付くと、小馬鹿にしたような口ぶりで、少年は言った。
「 え? なに? カク… 何だって? 僕らに、何か用かい? 」
菊地が少年に尋ねると、少年が答えた。
「 おじさんに、用はないよ。 そっちの女の人に、ちょっと話があるんだ 」
菊地は、友美を見て言った。
「 知り合い? この子… 」
友美は、菊地の腕にしがみついたまま、首を横に振った。
「 人違いじゃないの? 君。 ごめんね、ちょっと急いでるんだ 」
菊地は右腕を伸ばし、かばうように友美の肩を抱くと、その少年の横を通り過ぎようとした。
「 ……話があるって言ってんだろ? 笠井 友美 」
いきなり少年は、友美を名指した。
友美が、びっくりして少年を見る。
「 ……あなた、誰? 何で私を知ってるの? 」
「 まあ、ちょっと顔、貸してくんない? さっきの件の事も、知りたいだろ? 」
「 え……? 」
友美は困惑した。 さっきの件とは、どういう意味なのか……?
菊地も同じく、捨て置けない発言と感じ、少年に尋ねた。
「 君は一体…… 誰だ? さっきの件って、どうして… いや、どういう意味だ? 」
次の瞬間、いきなり菊地は、後ろへと跳ね飛ばされた。
何かにぶつけられた訳ではない。 大きな風圧のようなもので、しかも、音も無く、あっという間にだ。
「 菊地さん! 」
友美は、2~3メートル後方に飛ばされた菊地の方へ駆け寄った。
「 だ、大丈夫? 一体… どうしたの? 」
あっけにとられ、ぽかんと口を開けたまま仰向けに倒れていた菊地は、友美に呼びかけられて、我に返った。 少し上半身を起こすと、友美に言った。
「 わ、わかんないよ…! 今、何が起こったんだ? いきなり、体が後ろへ持っていかれたよ 」
少年は、友美たちの所まで歩いて来ると、倒れている菊地の横に立ち、勝ち誇ったように見下げながら言った。
「 あんた、邪魔…! オレたちの事に、首を突っ込まない方がいいよ? 知らない方が身の為だし。 …何なら、ひねり潰してやろうか? 」
ビクン、と菊地の体が、勝手に反応して硬直した。 やがて海老のように、のけ反り始める。
「 うおっ…! な、何… だっ…? 」
必死に抵抗する菊地ではあるが、その力を遥かに凌駕する得体の知れない力が、菊地の体を席巻していた。
「 あははっ、どう? おじさん。 2つ折りにしちゃおっと! 」
少年がそう言うと、菊地の体は更に反り返り、後頭部と背中が、くっつきそうになっていく。 菊地は声も出せず、激しく震えだした。
ニヤニヤしながら、少年は言った。
「 おじさん、体軟らかいね。 そうか、大学では体操やってたんだ。 ふ~ん…… 」
この仕業は、明らかにこの少年の意図によるものらしい。
友美は叫んだ。
「 や、やめてっ、この人にヘンな事しないでっ! 」
「 まあ、見てなって。 …ほ~らほら、もうすぐ背骨が、ポキンって……! 」
< やめなさいッ! >
空中に放電のような光が走り、少年は少し、よろめいた。
菊地の体を覆っていた呪縛のような力が急速に解け、菊地は元の体勢に戻ると、咳き込み始めた。
「 ごほっ、ごほっ…! 」
「 大丈夫っ? 菊地さん! 」
友美は、菊地の肩に手を掛けると、背中をさすり始めた。
少年は、口笛を吹くと友美に言った。
「 へええ~…! 小っこいけど… 衝撃波、出せるじゃん。 でも、まだまだ集中が足りないな 」
友美は、キッ、と少年を睨んだ。
少年の前髪が、少しなびく。 周りに落ちていた樹々の小枝が、弾かれたように跳ね、枯葉が、カサカサと動き出した……!
少年は、手の平をかざすような仕草をしながら言った。
「 おおっと……! 分かった、分かったよ。 今日は、挨拶だけにしとく。 壊れて歯止めが効かなくなったら、ユキの二の舞だ。 …まあ、アイツみたいに、急速な覚醒はなさそうだしな。 また会おうぜ 」
そう言うと、少年は、公園の出入り口から繁華街の方へと消えて行った。
「 菊地さん……! 」
友美は、菊地の様子を窺った。
やっと呼吸が整い、落ち着いてきた菊地は、友美に言った。
「 ま… 参ったよ……! 信じられない。 物凄い力で……! あいつがやったのか? あんな、小さな子供が…… まさにバケモンだ…! あんなヤツがいるなんて……! こりゃ、誰も信じない訳だ。 身を持って体験したよ 」
菊地は、今もって信じられない様子である。
友美は言った。
「 私も…… 私も、さっき… あんな様な、不思議な力を使ったの……! 菊地さん、私も… 私も、バケモノなの? 」
菊地を見つめる友美の目が、潤んでいる。 とりあえず、その問いには答えず、菊地は立ち上がった。
足に力が入らず、少しよろめく。 友美が、肩を支えた。
菊地は言った。
「 あいつは、ユキの事も知っているみたいだ。 名指しで言ってたからな……! おそらく、小沢ユキも… さっきの、アイツのような『 力 』を使っていたんだろう 」
『 力 』の存在を、身を持って体験しただけに、その推測は、友美の証言に則するものとなっていた。
菊地は続けた。
「 こりゃ… 何だって出来るワケだ。 目に見えない『 力 』なんだからな……! どんなシチュエーションだろうと、どんな状況だろうと、それは一切関係ない。 全て、自分の思いのままだ……! どうりで、さっきのヤツの態度が、年齢以上に生意気で高慢だった訳だ 」
友美の肩から腕を外すと、軽く腰の辺りを叩きながら、菊地は言った。
「 だけど、君の話では… ユキは、さっきのヤツのように、余裕ある態度やセリフは一切、無かったようだね? 」
心配そうに、菊地の背中を摩りながら、友美は答えた。
「 ええ。 まるで、何かに操られているようだったわ。 それが、かえって不気味だった 」
腰を正し、軽く一息つくと、菊地は言った。
「 ……多分、ユキは、大き過ぎた『 力 』に、自我を翻弄されていたんじゃないのかな。 きっと心の中では、助けを求めていたと思う。 段々、バケモンになっていく自分を制御出来なくて…… だから、最後に自殺した…! ユキは、自分で、自らの力を封印したんだ 」
ゆっくり歩き始めながら、菊地は自分の推測を確認するように、友美に言った。
友美が尋ねる。
「 私は、いずれ力を使うようになる…… もしかしてユキは、それを予知して私を見逃したの? ……どうして? 封印しなきゃいけないモノなら、見逃すんじゃなくて… 逆に、今のうちに殺しておいた方が、良いんじゃないの? 」
菊地には、まだ現状の把握が、完璧には出来ていないらしく、自身の推察の整理を優先するが如く、呟くように言った。
「 ユキに、未来予知が出来ていた… か。 なるほど…… だが、それは今のところは推測の域だ。 ……しかし、『 力 』の存在を知った以上、そのフィクション的推測も、可能性ある事だとして、今後の視野に入れておかなくてはならないな……! 」
公園出口の石段を、ゆっくりと下りながら、菊地は続けた。
「 君が、力を使うようになる…… しかし、暴走をせず、自身をコントロール出来ている…… ユキは、そこを見越して、君を見逃した…… 」
菊地の横を、一緒に歩きながら、友美は、菊地の推理をじっと聞いている。
石段を下り切り、菊地は立ち止まった。
「 ……そんな事で… いや、その程度の事で、君を見逃したのだろうか……? 」
友美を見やる、菊地。 友美は、無言で菊地を見つめ返した。
……想像を超える、恐ろしき力を秘めた、ユキの遺志……
しばらく間を置き、菊地は言った。
「 ユキには、その… もっと向こうの未来までもが、予知出来ていたのかもしれない…… 」
「 もっと先の未来って……? 」
友美の問いに、菊地は歩き出しながら答えた。
「 ……それは、ハッキリとは分からない。 ふと、そう思っただけだから。 だから見逃した… ってね。 …ただ、君は今、正常でいる。 力を制御している。 力の暴走をコントロール出来ているんだ。 バケモンじゃないよ? 友美ちゃんだよ 」
菊地は、優しく友美の頬を撫でた。
「 とにかく…… なぜ君が、さっきのヤツや、ユキのように、あの力を出せるようになったのかは、謎のままだ。 …一度、笠原病院に行ってみるかい? 何か、判るかも知れない 」
しばらく考えていた友美であったが、やがて小さく頷いた。
翌日、友美は体の不調を感じていた。
体中がだるく、食欲も無い。 保健室で診てもらったところ、ストレス性の軽い胃炎を患わっているような症状が出ている、と診断された。 後日、内科への受診を勧められた友美。 その日、ほとんど一日を、友美は保健室で過ごした。
下校時間。
友美は教室に戻り、通学カバンやサブバッグを持つと、帰り仕度を始めた。
「 友美、大丈夫? 顔色、よくないよ? 」
級友が声をかける。
「 ありがと。 もう、ずいぶんいいよ。 今日は、ほとんど授業、受けてないなあ… 」
「 ノート、見せてあげる。 ここ、試験に出るって 」
「 ホント? じゃ、明日、見せてね。 今日は、もう帰るわ。 ごめんね 」
クラスメートとの、ちょっとした会話。
こんな、何気ない会話さえ、今までの友美には無かった。 廊下ですれ違った他の級友も、友美の体の具合を聞いて来た。
( この生活を、失いたくない…! ヘンな力さえ使わなければ、私は、どこにでもいる普通の高校生。 誰にも、今の生活を壊させはしないわ )
級友たちの、友情の有難さを噛みしめながら、友美は校舎を出た。
レンガ造りの校門が見える。 友美は、その少し前まで来て、立ち止まった。
( 誰か、いる…… )
嫌な予感がした。
目には見えないが、校門の向こう側に、誰かがいる……! しかも、自分に用があるらしい。
友美の脳裏にはハッキリと、まだ見えぬ、その人物の意志が伝わって来た。
『 ハナシガ、シタイ…… 』
どうやら昨晩の、あの少年と同じような人物らしい。 恐るべき『 未知の力 』を駆使する、得体の知れない者たちだ……!
過度の恐怖が、戦慄を伴って友美の心を支配した。
( …こ、怖い……! みゆきや、加奈子たちの時のように… 私も、惨殺されるのかも……! )
出来れば、この場から逃げ出したい。
しかし、相手は、目に見えない『 力 』を使うのだ。 ユキのように、自由に移動する事が出来る者かもしれない。 そんな相手から、どうやって逃げる事が出来るのだろうか……?
( とにかく…… 会ってみるしかないわ )
昨夜の少年のように敵対的な者かもしれないが、もしかして好意的な者かもしれない。 いずれにせよ、会ってみない事には分からない事なのだ。
友美は、ゆっくりと校門に向かって歩き始めると、精神を集中し始めた。 いざとなったら、あの『 力 』を使って対処しなくてはならない。
( ど… どうやって、コントロールしたら良いの……? チカラの加減なんて… 全然、分からないよ……! いっそ、目を瞑って気を集中していたら、うまく扱えるのかしら? でも、それじゃ相手の動向が分からないし…… )
悩む心情が、友美の歩みを徐々に遅くする。
今の段階では、打つ手なしではあるが、相手もいきなり攻撃を仕掛けて来る事はないだろう。 他の生徒が、通り掛かる可能性もあるのだ。 校門の、真ん前である。
( 不安だけど、やるしかないわ )
まずは、対話だ。 力を使うシチュエーションでは無く、対話への方向性に持って行くのが、現時点では最善の策だろう。
友美は、全神経を校門の向こうに集中させた。
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