第9話、大いなる、未来への模索

 郊外の私鉄駅から5分ほど歩くと、そこは閑静な住宅街だった。 往来には、洒落た外灯と花壇が整備され、歩道はカラー舗装されている。 モダンな片流れ屋根の家屋や、地域交流センターのような建物も点在し、小奇麗に整備された小さな公園もあるようだ。

 オープンテラスのある喫茶店の角を曲がり、緩やかな坂道を上る。

 対面通行の車道沿いに、比較的新しい住宅が立ち並び、時折、雑貨店やブティックの様な小さな店舗が営業をしていた。


 ……友美は、今日1日、学校を休んだ。

 昨日の、浩子と社との争いで、かなりの気を使ったらしい。 発熱こそ無かったが、午前中は、まったく体が動かなかった。

 午後を過ぎると、何とか回復して来たので、アパートから一番近い愛子に連絡をとり、放課後、会う事になった。 最後の仲間、『 桜井 芳樹 』なる人物を紹介してもらう為である。

 その彼は現在、大学3回生。 法学部に所属しているとの事だ。


「 あ、あのマンションよ? ワンルームだけどね 」

 右方向へ、緩やかにカーブしている上り坂をしばらく歩き、100mほど先に見えて来たマンションを指差して、愛子が言った。

 外壁が薄いグレーの色をした、6階建ての比較的新しいマンションである。 入口のエントランス横には、数台が駐車出来る駐車場が併設してあった。

 愛子が続ける。

「 私も、大学行ったら1人暮らし、したいなぁ~… 憧れなのよね 」

 友美が答えた。

「 慣れるまでは、炊事が大変よ? 私は、小さい頃からそうして来たから何とも思わないけど、学校の皆も、料理作りが苦手みたい 」

「 それよぉ~、 私、料理なんて作った事ないもん。 友美が羨ましいなあ。 外食ばっかりしてると、食費、大変だもんね。 …あ、そうだっ! 友美、一緒に住もうよ! うん、それがいいっ! ねっ? ダメ? 」

 勝手に決め付ける、愛子。

 友美は提案した。

「 だったら、里美も一緒に、3人で共同生活ってのはどう? 」

「 あ~、それ、イイ! 里美、キレイ好きだしぃ~ 掃除なんか、いっつもしてそう! 」

「 じゃ、愛子は何するの? 」

「 ……う~… 私はその分、家賃のワリカン、増やしてもらうしかないわね…… 」

 友美は、声を上げて笑った。


 笑い方さえ忘れていた、今までの生活。

 こんなに愉快に笑える今の自分が、何か、不思議にさえ思えた。

( 自分には仲間がいる。 学校へ行けば、たくさんの友だちもいる……! )

 友美は改めて、今の生活の大切さを噛みしめるのだった。


 マンションに入ると、愛子はエレベーターのボタンを押し、言った。

「 大学ではテニスをやってるんだって。 高校時代は、インターハイにも出場した事あるって言ってたわ 」

「 仲間では、たった1人の男性ね。 心強いわ 」

「 力の強さでは、友美の比じゃないけど、春奈くらい… かな? 大きなシールドが張れるのよ、彼 」

 4階でエレベーターを降りると、愛子は、一番奥の部屋へ友美を案内した。


 ……『 力 』を駆使する者特有の、『 気 』を感じる。


 愛子や里美と、初めて出会った時と同じだ。

 『 力 』を作動させる時に派生する『 波動 』とは違うようで、存在する方向に、何となく生気を感じる。

 今、感じられる『 桜井 』の気は、愛子たちと比べると、多少に強く思えた……


 廊下の突き当りにある部屋の玄関の中から、ちょうど、1人の男性がドアを押し開け、ポーチに出て来た。 彼もまた、同じように『 気 』を感じて、出迎えてくれたのだろうか。


 短く刈り上げられた髪に、日焼けした顔……

 身長は、180㎝は、優にありそうだ。 黒いTシャツを着た筋肉質な体で、いかにもスポーツマンらしい男性である。


「 やあ、愛子。 ちょっと、飲み物が無くてさ。 そこのコンビニまで、買いに行こうと思って 」

 ホーキンスのトレッキングシューズを履きながら、彼は言った。

「 いいわよ、そんな事 」

 笑顔で答える、愛子。

 彼と目が合った友美は、軽く会釈をした。

 愛子が、友美に紹介する。

「 あ、友美… 彼が、桜井 芳樹さんね 」

「 初めまして、笠井 友美です 」

 もう一度、丁重にお辞儀をする友美。

 桜井は、頭に手をやり、照れくさそうにして挨拶を返した。

「 …あ、ども。 桜井です、宜しくね 」

 愛子が、桜井に言った。

「 桜井さん、飲み物、あたしたちが買って来ようか? わざわざ、申し訳ないし 」

「 ん~… じゃ、そうしてくれるかな? 僕、あんま甘いモン、飲まないからさ。 何にしたらいいのか分かんないよ。 しかも、女の子だし 」

「 桜井さん、相変わらず、女の子に免疫が無いのねぇ~? 」

 愛子が、冷やかし気味に言うと、桜井は弁解した。

「 だって、中学・高校と、男子の一貫校なんだぜ? 大学に入学して女子がいたのには、正直、戸惑ったよ 」

 愛子は、友美を見ながら答えた。

「 男性って、そんなモンなの? 女の子は、割と平気だよね? 友美 」

 友美は、苦笑いをしながら言った。

「 人、それぞれじゃないかしら。 まあ、確かに、女子は割り切るトコ、結構あるけどね。 特に、生活環境とか 」

「 だよね~? 」

 笑い合う、3人。

 愛子は、桜井に手を振りながら言った。

「 じゃ、あたしたち、好きなもの買って来るから。 桜井さんのは、どうする? 」

「 そうだな… スポドリがあったら、何でもいいよ?  炭酸以外にしてね 」

「 オッケー☆ じゃ、後でね。 …行こ、友美! 」

 右手を軽く振り、エレベーターの方へ友美を則す、愛子。

 部屋の中に戻りつつも、頭だけをドアから出し、こちらを見送っている桜井に向け、扉が閉まり始めたエレベーターの中から、再び、愛子は手を振った。


「 誠実そうなヒトだね 」

 友美は、愛子に言った。

「 う~ん、そうだけど… 異性に対して全く無関心でさ。 興味が無いワケじゃなさそうなんだけど、何て言うか… 小学生男子みたいな? 」

「 あ、何となく、分かるよ 」

「 でしょ? 」

 同意を求めるように、愛子は続けた。

「 法学部だから勉強ばかりしてるし、唯一、興味があるのは、趣味のテニスくらいかなぁ。 確かに、異性として気を使わなくても良いから、つき合いは楽なトコはあるけど… 恋愛対象の意識すら湧かない男性って、どうなの? 」

 両手を広げ、呆れ顔の愛子。

 エレベーターから降り、エントランスを歩きながら、友美は答えた。

「 一緒に行動する相手として、余計な気を使わなくても良い点は、嬉しいかな 」

「 だよね。 頼りになるのは間違いないから、心強いしね。 でも… 男性としての彼の将来性、心配になっちゃうなぁ…… 」

( 何か、愛子の方がお姉さんみたい )

 友美は、笑った。


 これから、大舘たちのグループとは、熾烈な争いをする事となるだろう。

 異性に関する事を意識していては、後々、命取りとなるやもしれない……

 しかし、つかの間の話題ではあったが、若さゆえの会話が出来た事は、友美にとって、満足のいく有意義な時間となった。

( これからも、こんな楽しい時間が過ごせるといいな )

 友美は、切に思うのだった。


 先程、通り掛かった交差点を曲がるとコンビニがあった。

 ポテトチップスと、数本の清涼飲料を買い、店を出る。


 そこで2人は、『 波動 』を感じた。


「 ……え? 」

 最初に気付いたのは友美だ。 すぐに、愛子も感じ取ったようである。

「 友美…… これが『 波動 』よ……! すぐ近くじゃないけど、大きな『 力 』を作動させている者がいるわ……! 」

  ……『 波動 』は、まだ続いている。 誰かが、この近辺で争っているのだろうか。

 友美は、辺りを見渡しながら言った。

「 誰なのかしら……? 」

 愛子が、道路側の方を見ながら答えた。

「 ……浩子か、社の… どちらかね…… 里美や、春奈じゃないわ 」

 人によって、波動の感覚が違うらしい。 まだ、覚醒間もない友美に、『 波動 』の派生主が誰なのか、明確に判断出来る事は出来ない。

 愛子が言った。

「 物体を動かしているのか、争っているのか… 細かい状況までは分からないわ。 だけど、派生させているのは、かなり大きな『 気 』よ? 何してんだろう……? 」

 しばらくすると、波動は収まった。 付近から、救急車やパトカー等のサイレンが聞こえて来る様子は、今のところは無いようだ。

「 …友美、とにかく桜井さんのトコに行こうよ。 彼、大舘さんと年齢が近い事もあって、よく連絡を取り合っているの。 何か、連絡が入っているかもしれないし 」

「 うん。 分かった 」

 愛子と友美は、急ぎ、桜井の居住するマンションへと戻った。


 マンションのエントランスに入る。

 友美は、ある事に気付き、愛子に声を掛けた。

「 ……ねえ、愛子 」

「 なあに? 」

「 桜井さんて…… 部屋にいるの? 」

「 もちろんよ。 さっき会ったじゃん 」

「 だって… 気が感じられないよ……? 」

「 ……! 」

 愛子も気が付いた。 『 力 』を使う人間特有の気配が感じられない。

「 寝ちゃったのかな? 」

「 え? 寝ると、気は感じられないようになるの? 」

「 かなり、弱くなるの。 …でも、あんま、居眠りをするような人じゃないし… 」

 4階に着き、愛子は、桜井の部屋の呼び鈴を押した。 室内から呼び鈴の音はするが、人の動く気配は無い。 再度、愛子は呼び鈴のボタンを押した。

「 …おかしいなあ。 さっきは、いたのに 」

 愛子は、部屋のドアノブに手を掛けて回した。 意外にも、ドアは開いていた。 愛子は無言で、友美と目配せをする。

「 芳樹さ~ん、愛子で~す。 いないのぉ~…? 」

 ドアを開け、部屋の中に向かって愛子は呼んだ。 中からは、何も応答がない。

 愛子は、とりあえず部屋に入った。 友美も続いて、中に入る。

 小さな玄関ポーチを入ると、すぐ右側に6畳の洋間があった。 その窓側のソファーの上に、桜井が寝ている。

「 なぁ~んだ、いるじゃん。 桜井さん、起きて 」

 コンビニで購入した清涼飲料などが入っているレジ袋をソファー脇に置き、愛子は桜井に呼び掛けた。


 ……しかし、仰向けに寝ているその顔色は、明らかに青白く、何か、異変を物語っている……


「 桜井さん……? 起きてっ、桜井さんってば! 」

 愛子も、異常に気が付いたらしく、桜井の肩を揺すりながら呼びかける。

「 友美… 桜井さん、何かヘンだよ……? 」

「 えっ? どういう事? 」

 友美も、桜井のそばに寄り、試しに桜井の鼻に手をかざしてみた。

「 …い、息、してないよ? この人……! 」

「 ええっ? そんな……! 桜井さん! ど… どうしよう、友美…! 」

「 心臓マッサージよ! 気道を確保しなきゃ。 まず、顎を上げて… 」

 桜井の首を、持ち上げようとした友美の手が止まった。

「 脈が、無い……!」

 

 ……桜井は、死んでいた。


 先程、笑い合っていたはずなのに、わずか15分かそこらで、桜井は亡き人となり果てていた……

 見たところ、部屋の中には荒らされた形跡も、争った跡もない。 桜井自身の体にも、出血しているような様子はないし、打撲の跡も見受けられないようだ。

「 け… 警察よ、愛子っ! それと、一応、救急車も! 」

 友美は、部屋にあった固定電話を取ろうとした。

「 友美、だめっ…! 友美は、逃げてっ! 」

 受話器を取ろうとした友美の手を制し、愛子は言った。

「 え……? 」

 逃げる、という意味が理解できず、友美は躊躇した。

「 以前の事件で友美は、警察やマスコミに、かなり顔が知れてるでしょ? …桜井さんも、おそらく変死よ? 友美が通報すると、また友美の周りで事件が起こった事になっちゃう。 私が通報するから、友美は早く逃げて! 友達と2人で来たけど… 怖くなって来たから、友達は、すぐに帰したと言う事にするから 」


 ……確かに一理ある。

 もう、取材はこりごりだ。 それに、もし、友美を始め、愛子たちの超人とも言うべき存在がこの件で明らかにされたりすると、偏見や差別待遇といった事態の発生にも発展しかねない。 愛子の冷静な判断であった。


「 わかったわ…! 私、アパートに戻ってる。 後で連絡してね! 」

 友美は、急いで部屋を出た。

 幸い、部屋を出る時も、マンションの出入り口を出る時も、誰にも遭遇しなかった。

 足早に、友美は、駅に向かった。

( 間違いない…… あれは、力を使った仕業だわ。 多分、束縛して息が出来ないようにして……! さっきの波動が、そうだったんだわ……! やったのは、社って子? それとも、浩子って人かもしれない… 何て事するのかしら。 ホントに殺してしまうなんて! )


 ……今、現実に殺人事件が起きた。


 動転していた気が治まるにつれ、事の重大性が徐々に、実感として沸いて来る。

 友美は体の震えを覚えた。 こんなにも次々と、回りで人が死んで行く……!

 こんな事態が、一体いつまで続くのだろうか。

( 見ず知らずの他人なら良い、と言う訳じゃないけど…… もう、私の周りで人が死んで行くのは… これ以上、耐えられない……!  特に、今まで偏見を受けて来たり、じっと、我が身を隠す努力を強要されて来た仲間たちが死んで行くのは、もうたくさん……! )

 ……これも、『 力 』を持つ者の定めなのかもしれない。

 覚醒した力の因果に、友美は、苦悩を感じずにはいられなかった。


 やがて駅に着く頃、パトカーのサイレンが聞こえて来た。 マンションの方からである。

「 愛子……! 」

 その音の方を振り返った友美の視界に、1人の男が映った。 ゆっくりと友美に近付いて来る。


「 笠井 友美さんだね? 」


 髪をオールバック風にまとめ、レンズ幅が、横に細長いスタイリッシュなデザインのメガネをかけている。 黒のジーンズに革靴、グレーのブルゾン……

 シックな感じではあるが、歳は若く、大学生くらいのようだ。

「 ……あなたは? 」

「 聞いてないかな? 大館です 」

「……! 」


 あの、大館だ……!

 社、浩子と組み、力を利用して『 何か 』を企んでいるリーダーだ……!


 友美は、気構えた。

「 ……おっと、待ってくれ! 僕には、力は無い。 わずかな透視能力があるだけだ。 君に対しては、何ら防御も出来ない。 …ま、この場でいっそ、ひねり潰したければ、そうすればいいがね。 僕は、話がしたかっただけだ。」

 いつでも力を行使出来るように気構えながら、友美は言った。

「 桜井さんを殺したのは、あなたね……! 」

「 社が、勝手にやった事だ。 僕は、何も指示していない。 桜井には、不幸だったと思ってる…… 僕は、これ以上、仲間を失いたくないんだ 」

「 キレイ事言わないでっ! あなたが指示したのと、同じ事じゃない! 」

 押さえていた気が少し放出され、大館はよろめいた。

「 じゃあ、この場で僕を始末してみろ……! 簡単な事だぞ? 僕は、何も力が使えない。 赤子の手を捻るようなもんだ! 」


 友美は、じっと大舘の目を見た。


 ……確かに、普通の人だ。 殺気もない。

 しかし、その眼光の奥には、秘められた強い信念の存在が感じられた。

「 話をしよう。 …平和的にね 」

 大館は、駅の入り口脇にある小さな公園へ友美を誘った。


 植え込みの前にあるベンチに腰を降ろすと、横にあった自販機に目をやりながら、大館は言った。

「 何か、飲むかい? 」

 友美は、無言で首を横に振った。

「 くどいようだが、桜井の事は、僕の意志じゃない。 それは信じてくれ 」

 大館は、自販機に小銭を入れると、缶コーヒーのボタンを押した。

「 ……僕の透視力は、小さい頃からあってね。 それは特異体質だと思っていた。 誰にも言わず、時々、手品を見せるように、友人にやって見せたものだ 」

 プルトップを開け、ひと口飲むと、友美の横に座った。

「 あなたは、みんなのリーダーって聞いてたけど……? 」

 友美は、大舘を見ず、まっすぐ前を見つめながら言った。

「 リーダーを宣言した事は、一度も無いよ? 最初から、この不思議な… みんなにとって苦悩の元凶である、この力について携わって来たから、そう見られたのかもね。 この力… 4429Fの事については、誰かから聞いたかい? 」

 友美は、無言で頷いた。

「 そうか… 」

 大館は、一口、コーヒーを飲むと話し始めた。

「 僕の次に、覚醒したのは浩子だ。 力を操れなくて、自分から他人との距離を置くようになり、引きこもりになってしまった 」

 大館は、コーヒー缶を傍らに置き、メガネを外すと、ブルゾンのポケットからハンカチを出して、レンズの汚れを拭きながら続けた。

「 大学で医学部にいた僕が、ボランティアで知的障害者のケアに行った時だ、初めて浩子に会ったのは。 まったく他人と接触しない、引きこもりの典型的な子だったよ…… 」

 友美は、前を向いたまま、じっと大舘の話を聞いていた。

 大舘は続けた。

「 ある日、僕が机から落としそうになったコップを止める為に、力を使った。 びっくりしたよ。 コップが、空中で浮いてるんだからね。 それからだ。 この力の、存在理由の研究・調査を始めたのは…… 」

 大館は、メガネをかけ直すと、コーヒー缶を手に取り、ひと口飲んだ。

「 調査の過程で、僕と浩子は、4429Fによって覚醒させられた同じ仲間である事が判明した。 そして、他にも、まだ覚醒していない仲間がいる事もね 」

 少し、友美を見る大舘。 しかし、友美は大舘と視線を合わす事は無く、無言のまま、じっと前方を見つめ続けていた。

 大舘は、小さく息をつくと、続けた。

「 …以来、仲間が覚醒するとコンタクトを取り、孤独にならないよう、あるいは、力のコントロール法や、力との共存法などを指導して来た。 次が愛子、桜井、社、里美、春奈… 最後に君だ。 ……ユキだけは、別だ。 僕らが気が付いた頃には、もう、既に暴走していた。 それだけに、君の覚醒には細心の注意を払っていたんだ 」

 愛子や里美たちが、大館という人物に一目置いている理由が、友美には理解出来た。 皆、覚醒間もない頃、この大館には、色々と世話になっていたのだろう。

 友美は、初めて大館の方を向くと、静かに言った。

「 大舘さんから、あの、社って子の行動を指導出来ないの? それと、浩子さんも 」

 小さくため息をつき、コーヒーを飲むと、大館は答えた。

「 2人とも、いじめられてたからね…… 急に、大きな力を持ったが為に、復讐的な心理も手伝い、高慢な言動に走るのだろう。 こればかりは、何とも… だが、とうとう、桜井を手にかけてしまった……! 」

 残ったコーヒーを、一気に飲み干し、小さく息をつくと、大舘は続けた。

「 君にも、何回か接触して来たらしいね。 まだ、僕の計画を話すには早かったのかもしれない…… こうなったのも、僕の責任だ。 収拾は付けるつもりでいるよ 」

 飲み干したコーヒー缶を見つめ、無言になる大館。


『 収拾は、付けるつもりでいる…… 』


 大舘は、そう言った。

( どうやって? 今更、亡くなった人は生き返って来ないわ。 それに、『 計画 』はどうするの? その『 意志 』について行く気になっている、あの2人には、どうやって説明をつけるもりなの? )

 問い詰めたい心情を押さえ、友美は大舘の言葉を待った。

 やがて大舘は、呟くように言った。

「 君の力が、必要なんだ…… 」

「 …… 」

「 浩子は、あまりに復讐心が強過ぎる。 言動の決断に、余裕が無い 」

 大舘の言わんとする事は、友美にも理解出来た。

 そう… あまりに無慈悲過ぎるのだろう。 一考の余地も、未来的思考も無く、ただ単に、相手を消し去る非道さ……

 しかし、大舘が企てている画策に、はたして慈悲は必要なのだろうか。

 冷徹に使命を果たし、目的を達成する為に、問答無用で作戦を遂行する非道さが、むしろ必要なのではないだろうか?

 しばらく間を置き、友美は言った。

「 人が、何人も殺されたのよ……! 私だって、気のコントロールが出来なくて、昔の仲間を殺してしまった…! 」

 話を他人に聞かれないよう、辺りに人がいないか、注意しながら大舘に言った。

「 簡単に人の命を奪えるこの力は、絶対に、利用しようと画策しちゃいけないわ……! 計画だか何だか知らないけど… 私の力を利用する云々より… もっと、力との共存を考えるべきじゃないのっ…? 」

 空になったコーヒー缶を傍らに置き、大館は呟くように答えた。

「 ……もちろん、最初は、そう務めたさ。 でも、自由に力をコントロール出来るようになると、逆に、もっとこの力を有効利用出来ないか、考えるようになった。 せっかく備わった能力だからね 」

 大館は、友美の方を見た。

 しばらく無言で、大館の目を見つめ続ける友美。


 ……この力を、放棄する事が出来ないのであれば、尚更、共存していかなくてはならないのではないか?


 誰からも偏見や差別を受ける事無く、平穏無事に生活を送る事が出来るのなら、それに勝るものはない。 利用する事自体、今の友美には考えつかない事であった。 愛子や里美・春奈も、そう思っている。 そして、普通の学生生活を送っている。 おそらく命を絶たれた桜井も、そう考えていたに違いない。


 友美は、足元に視線を落とすと、大館に聞いた。

「 その、大館さんの計画って…… 一体、何なの? 」

 友美の問いに、大舘は、おもむろに立ち上がった。 手にしていた空き缶を自販機横にあった専用ボックスに入れ、友美に向き直ると、言った。

「 今の政治を、どう思う? 」

「 ……え? 」

 唐突な質問に、友美は戸惑った。

 再び、ベンチに座り、大舘は話し始めた。

「 党内派閥、談合、汚職、口利き、賄賂… 僕ら国民にとって、何ひとつ、利になるものは無い。 ほんの少数の人間の利益や、地位確保の為に、僕らの税金が使われている。 国民年金運用財団など、良い例だ。 ……政治だけじゃない。 治安だって、教育だって… まともに育たない子供が、そのまま大人になって子供を育てている。 何かあると、すぐ学校・教師のせいにする。 子供が回りに迷惑を掛けているのに、親は知らん顔。 いじめの数は、一向に減らないし、青少年の刑事事件は、年々、低年齢化の一途を辿っている。 山林の不法投棄、海洋汚染…… 最近は、5000メートルを越える深海からも、ポリ塩化ビニールなどの発ガン性化学物質が検出されている。 ……全てだ。 全てが、悪くなっていくばかりだ……! 」

 一気に、まくし立てた大館。

 自分の冷静さを取り戻すかのように、大館は、しばらく間を置いた。

 じっと、大舘を見つめる、友美。

 やがて大舘は、自分を諭すかのように、静かに話し始めた。

「 僕は… もっと社会や政治を勉強して、これは、と思う政治家を後押しするつもりだ。 みんなそれぞれに、考え方や思想が違う。 いくら優秀な人材でも、その意見に反対する者は、必ずいる。 ……別に、意見に耳を貸さない訳じゃない。 納得のいく意見なら、むしろ大歓迎だ。 僕が言うのは… 例えば、ある法案を議会に提出したとしよう。 でも、その法案成立で不利な立場になる連中から、その法案が、否決されるような発言や妨害が必ずある。 時には脅しだってあるんだ。 そんな、私利欲望の為だけに付け込んで来る輩を排除する為に、みんなの、この力を使おうと考えているんだ 」

 友美は言った。

「 ……それは、独裁政治になるんじゃないの?  事実、桜井さんは、邪魔な存在って事だけで、殺されたんでしょう? もちろん、私たちも、彼らのリストに入ってる。 独裁的な社会主義国家の粛清と同じよ! いずれ仲間同士の争いになるわ。 いえ、もう、なってる……! 」

「 よく分かってるつもりだ…… だからこそ結集したいんだ。 今の、この時代を変えるには、政治を動かし、強引でも良い方向へ持っていかなくてはならない 」

「 その考えが、既にファシズムじゃないの? 独裁国家や、帝王主義が続いた歴史は無いのよ? すべて、民衆の手によって革命が起きてるわ……! 」

 大館は答えず、立ち上がった。

 じっと遠くを見つめるような目で前を見ていたが、やがて数歩、前に歩き、友美に背中を見せると、静かに言った。

「 少しでも、今の世の中が良くなるのだったら…… 倒される独裁者の役を、僕は、あえて買って出るだろう……! 」

「 ……大舘さん……! 」

 大館は、友美の方を振り返ると、少し笑いながら言った。

「 ムソリーニのように、さらし者にされたら…… 君は僕の本当の理想を、自叙伝にでもして書いて、出版してくれ。 きっと売れるよ? 」

 友美は、ベンチから立ち上がると、両手に拳を作って言った。

「 大舘さんが…… 真面目に取り組もうとしているのは、よく分かるわっ! でも、計画の遂行の為に、仲間でさえ平気で殺してしまうような子たちとは… 私は絶対に、一緒に行動出来ないっ……! 大舘さんが、さっき言ってた私利欲望の輩と、一体、どこが違うって言うのッ? 」

 大館は、友美に背を向けて立ったまま、しばらく無言でいた。

「 大舘さんっ……! 」

 友美は、問い詰めた。

「 友美…… 君は、優しいんだね。 きっと、君の周りには、友達が沢山いるんだろうな。 皆に好かれるのは、良い事だ…… 」

「 はぐらかさないでッ! 」

 ゆっくり、友美の方を振り向いた大館は、続けた。

「 ……僕たちは、同じカードの裏表だ。 結果は場に出してみないと判らないし、場には、どちらかしか出せない 」

 大館は、そう言うと前を向き、公園の出入り口の方へと歩き出した。

「 社たちには、これ以上、君らに手を出すなと、クギを刺しておくよ 」

 後ろ手を、友美に振る大舘。

「 大舘さんっ……! 」

 小さくなっていく大館の後ろ姿を、友美はじっと見送っていた。


 ……意見の相違は、埋められなかったようだ。

 大館、浩子、社…… 彼ら3人は、このまま、維新の潮流を巻き起こさんとする行動へと、移行して行ってしまうのだろうか。 その先にあると『 確信 』している未来は、果たして本当にあるのだろうか。


「 ユキ……! 」


 思わず空を仰ぎ、友美は呟いた。

「 どうすれば……どうすれば良いの……? 私は… 何をすれば良いの? 教えて、ユキ…! あなたには、未来が見えていたはずよ……! 」

 歩道橋を見上げ、こちらを見つめる、あの時のユキの姿……

 友美の脳裏には、憂えいたユキの瞳が、鮮明に甦っていた。

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