第7話
家の裏手に回り、西の谷の中心部へと出る道へと駆け出る。すると、それほど走らないうちに、見知った姿が目の前に現れた。これから訪ねようとしていた相手。フォルカーだ。手に、カミルから買った暦を持っている。
「フォルカー!」
「テレーゼ!」
足を止め、フォルカーはテレーゼの手元を見た。テレーゼも己と同じ暦を持っている事に気付き、顔を険しくする。
「……お前も……?」
「そう。氷響月を繰り返しているみたい。つまり、十三月を迎えちゃったって事よ」
頷いて言えば、フォルカーは険しい顔のまま頭をわしわしと掻き毟った。
「十三月を迎えるって、こういう事だったんだな。親父もお袋も、何を言っても「まだ氷響月になったばかりだ」って言うばかりで信じてくれやしねぇ。仕方無ぇから、まずはお前やカミルと合流しようと思って……」
そこで、フォルカーは言葉を切った。
「……フォルカー?」
声をかけるテレーゼに、フォルカーは人差し指を口に当てて「シッ!」と鋭く言った。狼の耳が、ぴくぴくと小刻みに動いている。
「何か……来る!」
言うなり、フォルカーは真上を仰ぎ見た。つられてテレーゼも空を見る。
本来なら今は花降月で、祝福の白い花が舞い落ちてくるはずだ。花降月が来ずに十三月を迎え、白い花が降り注ぐのは一月先となった。
だのに、何かが降ってくる。白くない。柔らかそうでもない。黒く、恐らくは細長い何かが。
「テレーゼ、逃げるぞ!」
フォルカーが叫び、テレーゼの手を引いた。そして、テレーゼの体が引っ張られるのとほぼ同時に、テレーゼのいた場所に黒く細長い物が次々と突き刺さる。
地に突き刺さる事で動きを止めたそれを、テレーゼははっきりと目にした。
矢だ。夜の闇を固めて作ったかのような黒い矢が、次々と地に突き刺さる。それも、一ところにではない。段々テレーゼ達の方に突き刺さる場所は近付いている。
「黒い、矢……十三月の狩人!?」
思わず、首を巡らせた。十三月の狩人は、新月の夜空のように黒い衣装を纏い、顔も影に支配されたかの如く黒くて表情が窺えない、という話だ。夜ならともかく、真昼間にそんな者がいれば確実に目立つ。
だが、物陰に隠れているのだろうか。そのような存在は見当たらない。
「テレーゼ! 相手を探すのは後だ! とにかく、今は一刻も早くカミルのところへ行くぞ!」
テレーゼの手を引きながら、フォルカーが怒鳴る。獣人である彼の体力は人間とは比べ物にならないが、それでもテレーゼを引っ張りながら全力で走るのはやや負担が大きいのか、息が上がってきている。
「わかった!」
応じると、テレーゼはローブの内ポケットから杖を取り出した。テレーゼの拳を三つ重ねたほどの長さの、樫の木で作られたやや短い杖だ。杖尻には澄んだ緑色の風水晶が埋め込まれている。それをテレーゼが横に鋭く振ると、突如強烈な風が発生した。風は砂埃を巻き上げ、辺り一面を茶色く染める。砂埃に遮られて、辺りは一気に視界が悪くなった。勿論、テレーゼ達の姿も見えない。
「今のうち!」
「おう!」
叫び合い、二人はその場から急いで離れる。例え視界が悪くても、普段から歩き回っている土地勘と、獣人であるフォルカーの鼻や耳があれば移動する事に難は無い。砂埃の中を、二人は懸命に走った。
二人がその場を離れて暫くすると、やがて砂埃は収まっていく。視界がクリアになったその場所には、既に怪しげな者はおろか、人っ子一人、見当たらなかった。
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