第15話

「父さん、母さん。新年、おめでとう」

 テレーゼは緊張した面持ちで新年の挨拶を述べると、後ろにいたカミルを指差した。

「このカード、すごいでしょ? こっちの、カミルって子が作ったの」

「あ、えぇっと……カミル=ジーゲルです。テレーゼには、いつもお世話になっています」

「俺、フォルカー! フォルカー=バルヒェット! テレーゼの親父さんとおふくろさん、見えてるかー?」

「フォルカー! あんまり調子に乗って騒がないで!」

 フォルカーを非難してから、テレーゼはカードに向き直った。

「あと、姿は見えないかもしれないけど、レオノーラっていう妖精もいるのよ。レオノーラは、カミルの……何て言うのかしら? 相棒?」

「うん、そういう言い方が、一番伝わりやすい関係だと思うよ」

 振り替えればカミルが頷き、テレーゼは頷き返した。そして、カードの方を見る。

 テレーゼの署名が書かれた面をテレーゼ達に向けて、レオノーラがカードを立てかけている。このような言い方が適切かはわからないが、このカードの面が見ている物が記録として残る魔道具なのだそうだ。記録している間は、この署名の文字がきらきらと輝いている。

 そして、記録をするにはその間、魔力がいる。魔力の補充ができるのはレオノーラと、微量しかできないとは言えテレーゼの二人だけ。今回はテレーゼが両親に送る為のメッセージを記録するのが目的なので、自然と魔力の補充はレオノーラの仕事となる。

「魔法の修業は……うん、順調にいってると思うわ。ギーゼラ先生は優しいし、教え方がとっても上手くて。……片付けが下手なところは、ちょっと父さんに似てるかもしれないわね」

 そう言って、テレーゼはくすりと笑う。ギーゼラの部屋の惨状を思い出したのだろう。カミルとレオノーラも、苦笑いをした。そんな彼女達を見つつも、フォルカーはカードを立てるレオノーラの周りをウロウロとしている。

「ちょっとフォルカー、さっきから何やってるのよ?」

「いやだってさ、気になるじゃねぇか。本当に記録できてるのかどうか」

「そこは、信用して欲しいなぁ」

「フォルカー=バルヒェット様? そこにいらっしゃいますと、テレーゼ=アーベントロート様を記録する事ができませんわ。テレーゼ=アーベントロート様のご両親に贈る物なのですから、テレーゼ=アーベントロート様が記録されていなければ意味がございませんのよ?」

 レオノーラの苦言に、フォルカーは「あ、悪ぃ」と言って体を横にずらした。しかし、それでもまだ気になるのか、カードを見ながらそわそわと体を小刻みに動かしている。

「フォルカー、頼むから落ち着いて?」

 テレーゼの顔が引き攣っている。フォルカーは二度目の「悪ぃ」を言って、小刻みな動きを止めるべく、息を止めた。

「いや、何でそこで息まで止めちゃうのさ、フォルカー?」

 既に顔が赤くなり始めたフォルカーの元に、慌ててカミルが駆け寄る。その様子にテレーゼはため息を吐き、そして苦笑した。

「見ての通り。面白い友達にも恵まれたと思うわ。だから、心配しないでね。それじゃあ……今年一年が、父さんと母さんにとって素敵なものになりますように」

 そう言ってテレーゼが言葉を締めくくったところで、背後からザバーッという水音、そしてドタバタという音が聞こえてきた。テレーゼが振り向けば、そこではフォルカーが水桶を頭に被った状態で暴れている。

「ちょっと、何やってるのよフォルカー!? カミルも!」

「フォルカーが落ち着くために水を飲もうとしたんだけど、横着して水桶からそのまま飲もうとしちゃって!」

「手を滑らせて、水桶を被っちゃったわけね。本当に何やってるのよ、ドジ!」

 水桶は予想外にフィットしてしまったのか、フォルカーの頭が抜ける気配は無い。

「ごめん、レオノーラも力を貸してくれるかな? ちょっと強力な魔道具を使わないと駄目だよ、これ!」

「心得ましたわ!」

 言うや、レオノーラはカードから手を放してカミルの元へと飛んでいく。カードはぱたりと倒れ、署名の文字からはきらきらとした光が消えた。

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