第13話

「けど、カミルが北の霊原に来てるなんて話、中央の街で聞けなかったぞ? 店に鍵がかかってたし」

「あー……ひょっとしたら、ご飯を食べに出掛けてたのかもね。親方、料理できないから……」

「起こしに来る者がいないのを良い事に、まだ寝ていたのかもしれませんわ。ヴァルター=ホルツマン様は非常に腕の良い魔道具職人で、商売人としても優秀ではございますけれど……カミル=ジーゲル様がいらっしゃらなければ、生活力は皆無と言っても過言ではございませんもの」

 言いたい放題のレオノーラに苦笑しながら、三人はカミルが投宿している部屋へと足を踏み入れた。工房としている割に片付いており、椅子にベッドにと、腰を落ち着ける場所はたくさんある。

 テレーゼはベッド、カミルは椅子に、レオノーラは机の縁に腰掛け、フォルカーは扉横の壁に立ったまま寄りかかるようにした。

「それで……これからどうすりゃ良いんだ?」

 フォルカーの問いに、テレーゼは腕を組んで考えた。久々のベッドの感触は柔らかく、気を抜いたら座ったまま眠りそうになってしまう。ひょっとしたら、フォルカーが座らずにいるのはそのためなのかもしれない。

 眠気でぼんやりしている頭で、テレーゼは考えた。

「カミルが七日間無事でいた事を考えると、私達もここで凌ぐのが良さそうよね。ここに住んでる魔族や精霊達は、十三月の狩人の姿を見る事はできなくても、その話を信じてくれるんだし。カミルみたいに、どうにかして宿代を稼いで、氷響月……ううん、十三月が終わるまでここに投宿していれば……」

「うん、僕もそれが一番安全で確実だと思う」

 カミルが頷き、方向性は決まった。幸い、テレーゼは家事全般が得意であるし、フォルカーは力持ちだ。新年を迎える準備期間でもあるこの時期なら、魔族や精霊の多いこの土地でもきっと仕事はあるだろう。

「そうと決まれば、早速お二人もこの宿に泊まれるよう手配致しましょう。それから、お二人が手伝える仕事が無いかどうかも確認して参りますわ」

「ありがとう。お願いね、レオノーラ」

 礼を言うテレーゼに、レオノーラはにっこりとほほ笑む。

「お安いご用ですわ」

 そう言うと、レオノーラは宿の受付へと飛んでいってしまう。戻ってくるまでの間に、カミルはテレーゼとフォルカーにそれぞれ杖のような魔道具を手渡した。先ほど、カミルが十三月の狩人を追い払うために使った物と同じ魔道具だ。

「これ、二人とも一本ずつ持っててよ。また、いつ襲われるかもわからないし、いつでも三人一緒にいられるわけでもないからさ。一回使う度に、レオノーラに魔力を補充してもらう必要があるから、使ったらすぐに持ってきて」

 頷き、それからテレーゼはハッとした。

「そうだ、お金。カミル、この魔道具っていくら?」

 問うと、カミルは苦笑した。

「こんな時に、お代は受け取れないよ。お金は良いから、受け取って?」

「けど……」

 困惑気にテレーゼとフォルカーが顔を見合わせると、カミルはまた苦笑して、「じゃあ……」と言う。

「暇な時は、僕の魔道具作りを手伝ってくれるかな? それがお代って事にするよ」

「お、おう……」

「そういう事なら……」

 少しホッとして、二人は頷いた。その時だ。

「甘い! 甘過ぎますわ、カミル=ジーゲル様!」

 いつの間にか戻ってきていたレオノーラが、可愛くも甲高い声で叫んだ。腕には、二つの鍵と丸めた羊皮紙を抱えている。思わず三人が耳を塞いだのを睨み付けると、レオノーラはカミルの鼻先に詰め寄った。

「いくらお友達で、今が緊急事態でも! けじめはつけなければなりませんわ、カミル=ジーゲル様! 物には同等の対価を、製作に要した時間や技術には敬意を込めた対価を! これをなぁなぁになさってはいけません! そんな事では、狡い者は喜び、テレーゼ=アーベントロート様達のように善良な方々は罪悪感に悩まされる事になってしまいますもの!」

 キーキーと叫び、そのままくるりとテレーゼ達の方を見る。

「そういうわけでございますから。たしかに今は緊急事態でございますから、すぐに支払えとは申しません。ですが、事が収まった時には、それ相応の対価をお支払いいただいてもよろしゅうございますわね?」

「も、勿論!」

 先ほどよりもホッとした表情になりながら、テレーゼとフォルカーは頷いた。それに満足そうに頷いてから、レオノーラは二人に抱えていた鍵と羊皮紙を受け取るように言ってくる。

「お二人が泊まる部屋の鍵ですわ。それと、こちらの羊皮紙には、今この土地で手伝いを求めている方々の事が記されておりますの。お金を稼ぐのであれば、明日からここに書かれている方々を回ってみれば良いかと存じますわ」

「あ、ありがとうレオノーラ」

 礼を言い、少し苦笑すると、テレーゼは口をレオノーラに寄せて囁いた。

「たしかに、どんな時で誰が相手でも、支払いの事をなぁなぁにしちゃ駄目よね。レオノーラがついていれば、カミル、商売も何とかなるんじゃないの?」

 そう言うと、レオノーラは苦笑しながら首を横に振る。

「今はテレーゼ=アーベントロート様達がお相手ですから口を挟みましたが、基本的に商談をするのは魔道具職人であるカミル=ジーゲル様でなければなりませんわ。事あるごとに私が口を出していたら、カミル=ジーゲル様が他の職人や商人達に侮られてしまいますもの。侮られたら、仕事が来なくなってしまいますわ。ですから、例え苦手であろうとも、カミル=ジーゲル様にはもっと人に厳しく接する、商売のためなら時には嘘も吐けるようなお方になって頂きませんと」

 密かにため息を吐くレオノーラに、テレーゼは苦笑した。

「レオノーラ、心労が尽きないわね……」

「まったくですわ」

 もう一度ため息をついてから、レオノーラはテレーゼとフォルカーに微笑んだ。

「さぁ、お二人とも、酷くお疲れでございましょう? 更に細かいお話しは明日以降になさって、今夜はもうおやすみくださいませ」

 その言葉に頷き、テレーゼとフォルカーはそれぞれにあてがわれた部屋へと向かう。久々のベッドに入り、ホッと息を吐くと、テレーゼはそのまま深い眠りへと落ちていった。

 氷響月が――一年が終わるまで、あと二十五日。

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