第3話

「ふぅん……」

 そう呟くと、テレーゼはニヤッと笑った。そして、少し意地悪気な笑みを浮かべて、フォルカーを見る。

「フォルカー。その話、おじいちゃんに聞いたんだっけ? 今度は何をやらかしたわけ?」

 そう言うと、フォルカーの顔が一気に引き攣る。「げっ」という呟きが漏れた。

「何でわかったんだよ? じいちゃんに説教された時にこの話を聞いたって……」

「大人の常套手段じゃない。子どもが悪い事したり、いつまで経っても成長が無かったりするとオバケの話を聞かせて、「このままだとオバケに殺されちゃうぞー」って言うのなんか」

 ま、私は子どもじゃないから、そんな話は効かないけど。そう言うテレーゼに、フォルカーは「そうか?」と首を傾げる。

「悪い事した子どもや、成長の無い奴が十三月の狩人に狙われるって言うならさー、テレーゼだって充分対象になるんじゃねぇの? 魔法の修業を初めて、何年経ったよ?」

 言われた途端に、テレーゼの顔が悪魔か何かを思わせるほど凶悪に歪んだ。痛いところを突かれたという顔だ。

 ……この世界は、ぐるりと大きな山や海に囲まれ、更にそれを五つの地域に分類する事ができる。

 湿地帯が多く、水生の魔族や精霊達が多く住まう、北の霊原。

 穏やかな風が吹き、作物や鉱物を豊富に取得できるため、力弱き人々でも安心して暮らせる東の沃野。

 太陽がぎらつき、常に焼け付くような空気が満ちているために何者も住む事ができない南の砂漠。

 気候は東の沃野に似ているもののモンスターの出現率が高く、多種多様な薬草や霊石を取得できる森があるために多くの魔女、魔族、妖精が住まう、西の谷。

 そして、東西南北四つの地域の中央に位置し、多種族の交流、交易の場となっている中央の街。

 この中の、東の沃野から、テレーゼは西の谷にやってきた。ただ黙々と作物を作り続ける人生は送りたくないという理由から、西の谷一番の魔女、ギーゼラの弟子となったのだ。

 弟子となり、魔法を学んで、何になりたいのかはわからない。冒険者と仲間になって旅をするも良し、故郷に戻ってたまに現れるモンスターから村を守ってやるも良し。中央の街へ行って、学術機関や研究所に勤めるも良し。魔法を上手く使えるようになれば、それだけ将来の選択肢は増える。

 だが、十四の時にギーゼラに弟子入りしてから早三年。テレーゼは、それだけの年数修行した割には、魔女としてパッとしない。

 理由ははっきりしている。魔法を使うために必要な力……魔力が足りないのだ。

 体力が無いわけではなく、性格も根性が無いわけではない。それどころか、西の谷に住む若者達の中でも一、二を争う程に好戦的であると言える。魔力を増やすためのトレーニングは、欠かしていない。

 しかし、どうにもその魔力を増やすトレーニングのやり方が下手なのか、魔力が一向に増えない。魔力が増えないので、高度な魔法の修業に挑戦する事ができない。高度な魔法が使えないとなると、魔女としてはパッとしない。

「テレーゼはさぁ、進む道を選び間違えたんじゃねぇの? 魔女じゃなくって戦士を目指しとけば、案外良い線いったんじゃねぇか?」

「そう言うフォルカーこそ、剣士よりも魔石採掘人とかを目指す方が良いんじゃないの? 力と、魔力を嗅ぎ分ける鼻は持ってるけど、不器用だし結構ドジだし。戦ってる時、さっきみたいに剣がすっぽ抜けたりしたら、命が無いわよ?」

「う……やっぱり?」

 フォルカーは剣に視線を遣ると、ため息を吐いた。どうやらこちらも、己の欠点を自覚してはいるらしい。

 そして二人で揃って唸り、次第に顔が曇っていく。

「……俺達、狙われると思うか? 十三月の狩人に」

「怪談話でしょ? 変な事言わないでよ。……けど、もし怪談じゃなかったら……」

 話しているうちに、怖くなってきたらしい。二人とも思わず自分自身を抱き、ぶるりと震えた。

「……何かこう……他に無ぇのかな? 十三月の狩人の話。もっと情報がありゃ、安心できるかもしれねぇんだけど……」

「なら……」

 呟き、テレーゼはハッと顔を上げた。「そうだ!」と少し大きな声で言う。

「カミルのところに行ってみない? カミルなら、十三月の狩人の話も聞いた事があるかも!」

 そう言うと、フォルカーも「おお!」と顔を輝かせた。

「そうだな! あいつ、何でも知ってるし! それに、もし知らなかったとしても……あいつも、条件で言えば十三月の狩人に狙われそうだもんな。一緒に怖がる奴は、多い方が良いよな」

 少し意地悪気な笑みを浮かべて言うフォルカーに、テレーゼも頷いた。怖さを共有する者は、一人でも多い方が良い。そしてできれば、己よりも怖がってくれれば良い。そうすれば、己は怖さが半減するかもしれないから。

 そうして、自分達が落ち着くための生贄とされるかもしれない哀れな友人に会うべく、二人は中央の街がある方角へと足を向けた。

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