第16話

 霧が消え、三年前のテレーゼ達の姿も消えた。そして、フォルカーは頭を抱えている。よくよく見てみれば、顔もどことなく赤い。三年前の己の言動をいきなり見せ付けられて、小さくないダメージを喰らったようだ。

「だからか……」

「うん。獣人だし、あれはインパクトがあったからね。忘れたくても忘れられないよ」

 ユリウスとアガーテが、見ただけでフォルカーだとわかった理由は判明した。そして、できれば知りたくなかったと思わずにはいられないフォルカーである。

「三年前のフォルカー兄、可愛いです!」

「うるせぇ。フォローになってねぇぞ、ちびすけ……」

 睨んでみるも、先ほどの記録の様子があまりに衝撃的だったのか。マルレーネにはまるで効果が無い。

 しばらく憮然としていたフォルカーだが、ピクリと鼻を動かし「お?」と目を輝かせた。何やら、良い匂いがする。見れば、アガーテが竈で料理を始めていた。

「しばらく泊まっていくんでしょう? 夕ご飯、たくさん食べて頂戴ね!」

 明るいアガーテの声に、フォルカーは素直に何度も頷いて見せる。その様子に笑いながら、アガーテはユリウスに声をかけた。

「ユリウス。フォルカー君とマルレーネちゃんを客室に案内してあげて」

「わかったよ。じゃあ、フォルカー君、マルレーネちゃん。こっちについてきてくれるかな?」

 そう言って、ユリウスは既に歩き始めている。慌てて追いかけ、簡素な階段を上って二階へ行く。廊下の少し奥まった場所にある扉を、ユリウスは開けた。

 開かれた扉から中を覗いてみると、何やら可愛らしい部屋だ。家具は淡いパステルカラーで統一されていて、窓際にはぬいぐるみが置かれている。

「この客室、可愛いお部屋ですね!」

 嬉しそうにマルレーネが言うと、ユリウスは軽く笑って手をひらひらと振って見せた。

「あぁ、ここはね、客室じゃないんだ。テレーゼの部屋。折角友達が来てくれたんだから、見せたくなってさ」

 ユリウスの言葉に、マルレーネの顔が凍り付く。

「……思春期の娘の部屋を、友達とは言え勝手にお客に……それも男の子に見せるなんて有り得ないです……」

 テレーゼ姉に嫌われても知らないですよ、と言うマルレーネに、今度はユリウスが顔を引き攣らせた。そんな二人のやり取りを他所に、フォルカーは部屋を眺めながら「ふーん」と呟いている。

「テレーゼも、こういう物に興味持ってたりするんだな。西の谷の部屋なんか、必要な物と勉強の本ばっかりで、こういうの全然無かったと思うんだけど」

 フォルカーの呟きに、ユリウスは引き攣らせていた顔を真顔に戻し、そして苦笑した。

「そっか……」

 どことなく意味深な声音だが、それが何を意味するのかはわからない。とりあえず、覚えのあるにおいが感じられる事から、この部屋がテレーゼが元々暮らしていた部屋だという言葉に嘘は無さそうだが。

 深く考える間も無く、ユリウスは今度こそ客室にフォルカー達を案内し、そして夕飯作りの手伝いをすると言って階下に降りてしまう。その足音を聞きながらフォルカーは首を傾げ、そしてベッドにごろりと横になる。

 ふかふかのベッドは気持ちが良く、更に窓から降り注ぐ陽の光も気持ちが良くて。いつの間にか考え事はどうでも良くなり、フォルカーはうとうとと昼寝をし始めた。

 そんなフォルカーを眺め、自身は陽の良く当たる窓際に移動して。マルレーネもまた、うとうとと昼寝をし始めた。

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