第17話

 階下から呼ばれ、食堂に足を運んだ二人は目を輝かせた。アガーテは娘の友人が来た事で相当張り切ったらしく、テーブルの上には色鮮やかで食欲をそそられる料理が所狭しと並んでいる。

 勧められるままに料理を口にしたフォルカー達に、「美味い!」「美味しいです!」「おかわり!」を繰り返されて、アガーテも満足そうだ。

 だが、腹が膨れてきた頃に、フォルカーは鼻をぴくりと動かして、「む」と不満げな表情を露わにした。目の前で、ユリウスが酒を飲み始めている。

「あ、フォルカー君も飲む? そろそろ飲める年頃だよね?」

 フォルカーの視線に気付いたユリウスがグラスを勧めると、フォルカーは勢いよく首を振って勧めを固辞した。

「俺、酒の臭いって苦手なんだよ。なんか気持ち悪くなるっていうか」

 そう言って、少しだけユリウスと距離を置く。それに特に気を悪くした様子も無く、ユリウスは「そっかー」と言い、ニコニコと笑いながら酒のグラスを傾けた。

 そして少し経った頃には、見事なまでに顔を赤くして酔っぱらっていた。

「もう! そんなに強くないくせに、すぐ調子に乗って飲み過ぎるんだから!」

 アガーテが呆れた顔をして、ユリウスから酒瓶とグラスを取り上げる。その様子に、フォルカーは「あ」と呟いた。

「今の言い方、テレーゼみてぇ」

 すると、ユリウスとアガーテは揃って「え?」と言う。ユリウスは少しだけ酔いが醒めたような顔をしていた。

「ほら、俺もよく調子に乗って、テレーゼに怒られてるから。今の注意の仕方がテレーゼそっくりで、やっぱ親子なんだなーって」

「そう……」

 アガーテは、どこか嬉しそうな顔をしているが、その反面複雑そうでもある。

「そりゃあ、怒ってる様子がそっくりって言われたら、心中複雑にもなりますよ……」

 呆れた様子のマルレーネに、フォルカーは「んー……」と唸りながら頭を掻いた。

「そういうモンか?」

「そういうものです!」

 フォルカーとマルレーネのやり取りに、ユリウスもアガーテも笑いだす。「うん」とユリウスが満足気に頷いた。

「本当に……西の谷に行って、良い友達に恵まれたみたいだね、テレーゼは。送りだす時にはすごく心配したけど、杞憂だったかな?」

「生活面は心配してなかったんだけどね。あの子、その辺はしっかりしてるから。魔女になりたいって言いだしたのも、魔法を使えれば将来就く職業の幅が広がるから、だったもの」

 急にしみじみとし出した二人に、フォルカーとマルレーネは顔を見合わせた。どう反応すれば良いのかわからず、二人してデザートの果物を黙々と食べ続けている。

 そんな中、ユリウスがぽつりと言った。

「……うん。生活面は、僕も心配してなかったよ。テレーゼはしっかりしてる子だし。けど……しっかりしているからこそ、心配になる事もあるよね……」

 そして、彼はフォルカーに向き直る。その顔からは、もう酔いによる赤みは引いていた。

「フォルカー君」

「ん?」

 果物を食べるのを止め、フォルカーもユリウスに向き直った。すると、そんなフォルカーにユリウスは真面目な顔をして言う。

「これからも、テレーゼと仲良くしてやってくれよ。あの子は真面目でしっかりしてて……だからこそ、人に頼る事が苦手だから。何か問題が起こっても、全部一人で抱え込んで、何とかしようとしてしまうところがあるから……僕達は、それが心配なんだ」

 見れば、横でアガーテも頷いている。二年前のあの時から、鬼気迫る表情で魔力を増やす修行に勤しんでいたテレーゼの姿を知っているフォルカーは、頷かざるを得ない。

 たしかにテレーゼは、何かがあるとまずは自分一人で何とかしようとする傾向がある。それは、この二年で顕著になったような気がしなくもない。

「いつどんな時でもテレーゼの傍にいて、助けてやって欲しい、なんて事は言わないよ。けど、もしあの子が一人で何かを抱え込んで、苦しそうにしているのを見る事があったら……できれば、手を貸してあげて欲しい。……いや、見守ってくれるだけでも良いんだ。それで……あの子が道を踏み外しそうなら止めて欲しいし、時には信じてあげて欲しい」

 言ってから、「注文が多いな」とユリウスは苦笑した。だが、ユリウスの言っている事がわかる気がして……フォルカーは笑わなかった。ただ、無言で頷いた。

 二年間の事が頭を過ぎり、胸を張って「任せろ!」とは言えない。あの時フォルカーもテレーゼも……いや、少なくともフォルカーは、カミルが何かを抱え込んでいる事に全く気付けなかったのだから。

 そう言えば、十三月に呼ばれなかったテレーゼは、今どうしているだろうか。いつまで経っても結果がわからずやきもきしているか、淡々といつも通りの生活を続けているのか。それとも……。

 考えれば考えるほど、頭の中がモヤモヤとしてくる。それを振り払うように、フォルカーはもう一度、無言のままに頷いた。

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