紅葉の猫
学校へと行く道の途中に猫の置物がある。
その猫がいる家は古き良き日本家屋で恐らく裕福な人が住んでいるのだろう。そこそこ大きく、周りを灰色の立派な塀で囲んでいる。普段猫はその塀の端っこに顎を前足にのせ目を細めて腹ばいになって
不思議なのは柄だけではない。時々この猫は消えるのだ。どこに行ったのかと思えばいつもより数メートル程先の塀の上にいたり、塀から降りて塀の下の植え込みの側で寝ているときもある。ただ単に家の人が動かしたのだと言えばそれまでなのだが、それにしてもわざわざそんなことをする理由もあるとは思えないし、 私はしばしば訳のわからないモノと遭遇するのでこれもそのような類なのではないかとどうしても邪推してしまうのだ。
見る日によって表情も微妙に違う気がする。春の晴れの日にはそれは穏やかな表情で空から降る太陽を受け、遠くからさえずる鶯の声を聞いているように見えるし、夏は焼けるような日差しを受け少しばかりうんざりしているようにも見える。そういえば日の強い日は茂の側に移動していることが多い気がする。
猫はどんなときでも前足に顎をのっけた体制で、「ああ大変そうだ」とでも言いたそうに絶え間なく行き交う人や車を我関せずという顔で見下ろしていた。
ある日の帰り道、確か小テストの結果が悪く補修を受けさせられた日だ。その日は
補修、雨、濡れた靴に制服、自転車のスリップ。
もともと苛立っていた気持ちが更に加速して不快指数は最高に達したが、ここで切れてしまってもなんの解決にもなりはしないので黙って自転車を立たせ、籠から放り出されてしまった荷物を拾おうとした瞬間、あの猫と目が合ったような気がした。
相変わらず「ああ、大変そうだ」とでも言いたげに我関せずと往来を見下ろしていて、何だか馬鹿にされているような気になった。
「このやろうっ」
ぽかり、とひとつ塀を蹴った。八つ当たりなのは重々承知だった、
しまった
家に帰ると出雲がいた。補講がありスリップし雨でびしょ濡れになった私を見てひとしきり笑った後、ふと何かに気づいたようで
『おや、猫にでもひっかかれたか?』
と聞いてきた。先程までは気づかなかったが、右の手の甲に猫にひっかかれたように真っ直ぐ三本赤い筋が伸びていた。おそらく茂みに手を突っ込んだときに着いたのだろう
『……まあしっかり消毒しておけよ』
そう言うと出雲は部屋の奥に引っ込んだ。先程までは痛まなかった傷が今頃になって痛み出すのを感じた。
それから私はあの紅葉の柄をした猫の置物を見ることはなくなった。あの曲がり角に来るといつも考える。もしかしたらあれは本当に……。
いや、やめておこう。考えたところでもう確認する手立てはないのだから。
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