第12話 6月20日

 仙石中は全校生徒600人程の学校であり、この辺りでは比較的大規模な学校になる。学年と部活が違う生徒同士は顔も名前も知らないということはよくある話だ。教師も同じように自分に関わりのない生徒は把握していないことは多い。

 公立校ながら部活動は全国レベルのものがいくつもあり、活気が溢れている。特に運動会は他校にはないほどの盛り上がりを見せる。

 ナルに神大正子の話をしてから数日後の土曜日、気象庁より梅雨明けが発表され、空は雲一つない青空になっていた。今日は仙石中学校の運動会が開催されており、俺は元教え子の様子を見に出向いている。

 現在は2年生の騎馬戦が行われ、応援の太鼓の音や声援が飛び交っている。

「おや?昭和先生じゃないですか」

 のんびり競技を眺めていると、長ランをはためかせた生徒が声をかけてきた。この長ランは応援団が身に着けるもので、腕に赤色の腕章をつけている。加えて、白い手袋が黒い学ランに映えている。

「お久しぶりです。今日はどうしたんですか?」

 声を掛けてきたのは自分が元担任していた2年3組の生徒であった伊達だてである。背が高く、手足の長い彼は応援の振り付けもダイナミックになるのだろうと予想する。

「教え子の様子を見に来たに決まっているじゃないか。どうだ。頑張ってやっているか」

「ええ。連日の雨で練習不足は否めませんが、気合で補います」

 俺が担任していたころ、この伊達は『かっこいい男』を目指し、周囲から見れば少々痛い行動をとっていた。いわゆる中二病である。今はだいぶ落ち着いたようで今年の運動会では応援団を務めているようだ。

 元教え子と他愛もない会話をしながら競技の行方を見守る。騎馬戦の結果は残念ながら彼が率いる赤組の劣勢のようだった。

「次は勝たないとな」

「はい。とは言え、次は部活対抗リレーですからね。得点には関係ない競技です。勝負事に熱い部活でなければ真剣になる人は少ないですかね」

「そうか?部活も盛んな学校だし、結構盛り上がっていたと思うけどな。そういえば、お前、バレー部だったよな?」

「そうですよ。俺は足の速さには自信がないので出ませんが、毎年首位争いをしてますね」

 長身で運動神経がよい彼はバレー部でも目立つ存在だったように記憶している。性格のせいで主将にはなれなかったが、実力は確かなものだったはずだ。

「神大正子って生徒なんだが、女子バレー部にいるか?」

「はい。いるって言うかエースですよ。高身長から繰り出されるスパイクは男子でも取るのが難しいです。人呼んで仙石中の光速ケレリタース射手サギッターリウス

 たぶん呼んでるのはお前だけだと思うぞ。

「いま、騎馬戦をやってる白組の中で一番大きい女子ですよ」

 そういって指差す方を向くと他の生徒より頭一つ分大きい子が目に入る。

「後ろで髪を結んでいる色白の子?」

「そうです。そうです。でもどうして先生がそんなことを聞くんですか?」

「ああ。……今の学校で担任してる子の友達なんだ。一声かけておこうと思ってな」

「そうなんですか。気さくな奴ですから話しやすいと思いますよ。競技が終わったら紹介しますよ」

 そう言って、2年生の応援席へ向かう伊達について歩きだす。並んで歩くと去年に比べ伊達が一回り大きくなった気がする。これが成長期だろうか、などと考えながら歩いていく。

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