第5話 4月1日

 俺はエレベーターに乗り、ボタンを押す。グイインという音と主にエレベーターが動き出す。

 あおい病院本棟は5階建ての建物で3階以上が病室になっている。各階には20以上の病室があり、3階の12号室であれば312号室と表記される。

 俺は持ってきた生徒のプロフィール表に目を通す。

 まずは……602号室に入院している大平おおひらなる。現在中学2年生。入院期間は3年。入院するまでは地域の小学校に通っていたそうだ。病気は……よく分からないが難病に指定されているもののようだ。

 病気の説明欄を読んでいるうちに目的の階に着く。

「……2号室は……ここから離れているな……」

 目の前にあった案内図を見てつぶやく。602号室は6階フロアの隅、しかもエレベーターから離れた場所にある。

 自分としては正式な担任発表の後に子どもとは顔を合わせたい。第一印象は重要である。服装や態度、そして心の準備を整えてから会いたいと思っている。

 しかし、会うつもりはないが、どんな生活をしているか遠目で見てみたいとも思った。自分は入院経験がないため、その子が日々、どう過ごしているのか気になっていた。

「フロアの隅にある部屋…しかも個室だと偶然を装って様子を伺うことは難しいかな?」

 これから、会う機会は存分にあるし、無理をすることはないな。

 そう思って、踵を返したところで、唸るような声が聞こえた。

「……ぅぅぅ……ぅ…ぅぁ……」

 声、かと思ったが機械音のようにも聞こえる。俺は何気なしに声の聞こえる方へ足を向けた。

「うう……あああああああああああ」

 近づくとそれはやはり人間の声であると確信する。というか、これは苦しんでうめいているのではないか?

 俺は緊急事態に備え、駆け足で声のする場所に向かう。

 その場所には602号室の表札がかかっていた。ドアが開いていたため、俺は病室をのぞき込む。



 そこには、シーツを噛み、脂汗を流しながら痛みをこらえる少女の姿があった。



「うぐ……ぁぁ……ぃたい……くない……大丈夫……あああああ」

 大丈夫、とは思えない様子に俺はそのフロアにあるナースステージョンめがけて駆け出した。


 ほんの1秒にも満たない時間であったがこれが、俺、土岐昭和と大平ナルとの出会いであった。

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