第4話 4月1日
校長室に入ると初老に近い男性教諭が出迎えてくれた。彼がこのあおい特別支援学校校長、
「みなさん、ようこそあおい特別支援学校へ。力を合わせてよりよい学校にしていきましょう。そもそも特別支援学校とは……」
校長の言葉はありふれたものだが、その目は自分たちをしっかり見据えている。自分の話した内容をどう受け止めているかしっかりと見ているようだ。
実をいうと徳島校長のことは以前から知っていた。自分が一方的に知っているだけだが……。
以前、彼は教育委員会の人事部に所属し、その辣腕を振るっていた。
教育委員会を含め、教師が学校以外の職場に赴任する人数は意外と多い。これは私見だが、学校以外に赴任する教師には2種類の人間がいると思っている。1つ目は、人格的に問題があり、子どもと一緒にいては間違いなくトラブルがおこると予想される人。要は現場では使い物にならない人物だ。もう一つは、能力が高い人、こと事務的な作業や人との折衝がうまい人が選ばれる。こちらは現場だけに留まらせておくには惜しい人物だ。
徳島校長は後者で、教師間では一目置かれた存在だと記憶している。……が、人事部特有の人を観察するような視線はどうも苦手だ。人を正しく見て評価するというのは人事部において必須の能力であるというのは理解しているが。
「……というわけで私の説明は以上です。質問がないようなら他の管理職の紹介に移りますね。そのあとは職員室で在校職員と顔合わせです。」
そんなことを考えているうちに話は終わったようだ。
職員室には病院関係者の姿もあった。校長室でしたような自己紹介、挨拶を済ませると自分の席へと向かった。新しく赴任してきた教師の席には「ようこそ、○○先生」の貼り紙があり、すぐに自分の席が分かった。だが、自分の席に貼られている張り紙にはクマのような犬のような謎のキャラクターが書かれており、吹き出しで「一年間よろしくモフ」と書いてあった。
「……なんだ……ろう?」
思わずつぶやいてしまった。
「これはですね、モフルンです。」
そのつぶやきを聞いて隣から声がかかる。
「初めまして、お隣さんですね。」
その声の方を向くと、快活そうな女性が座っていた。20代後半くらいの年齢だろうか。
「私の名前は
彼女が雪乃先生の妹か。姉妹……と言われれば顔は似ているのかもしれないが、短く切りそろえた髪とよく日焼けした肌から、ロングで色白の雪乃先生の印象と結びつかない。
「ああ、雪乃さんには先ほどお会いしました。初めまして。」
「あ、そーなんですね。……それより、そのキャラクター可愛いでしょ?新規赴任歓迎の貼り紙を作ったのは私なんです。昭和先生には特別、モフルンの歓迎の言葉つきです!」
貼り紙に奇抜なキャラクターを描いたのはこの
「私は昭和先生と同じF組の担任です。F組はいわゆる2人担任制です。昭和先生は病院本棟……第5校舎から出ることのできない子どもの担当、私は第2校舎にあるF組に通学している子供を担当します。同じクラスですがもしかしたら校舎で顔を合わせることが少ないかもしれませんね。」
以前の職場では担任、副担任といった形でクラスに入っていた。この学校では2人とも担任らしい。児童ごと担当として教師が割り振られるようだ。
「いえいえ。授業以外でも初めての学校で不明な点も多いと思います。よろしくお願いします。」
事実、分からないことは多い。これは中学校に転勤になった場合は同じである。学校ごと独自のシステムが多く、戸惑うことが多い。
俺は幸先生に2,3事務的な確認をして自分のパソコンを立ち上げる。
起動ボタンを押すと、ウインドウズのマークが画面いっぱいに映し出される。椅子に深く腰掛けパソコンの起動を待つ。ふと隣を見ると同じくパソコンを立ち上げた幸先生の画面には、某魔法少女アニメのキャラクターが映し出されていた。どうやら壁紙にしているようだ。
「好きなんですね。アニメ。」
彼女のパソコンをのぞき込みながら話しかける。
「ええ。最初は生徒に薦められて見たんですけど。……ハマってしまって。」
「なるほど。」
「そういえば、昭和先生の担当する子にもアニメ好きな子がいますよ。」
「そうなんですか?自分はあまり詳しくないのですが……」
「せっかくですから今から担当する子に会ってきたらどうですか。ほかのクラスは始業式まで子どもには会えないですが、昭和先生の担当する3人はこの病院に入院していますからね。」
「いいんですか?そんなことして」
「いいんじゃないですか?それくらい。」
前の学校では正式な担任発表があるまでクラスの振り分けの話は子供にしてはいけない不文律があったが。
本当かな。
少し疑問に感じつつも、広い校舎を探検がてら生徒の病室を確認するだけならいいだろうと席を立った。
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