第9話 4月10日
「ん?」
ふとナルの手に触れた。冷たい。
触れた手を見てみるとかなり湿っていた。ナルの様子を伺うと汗の量が多く感じる。
「ナル……まさか、どこか痛いのか?すごい汗だぞ」
その言葉に彼女は慌てたように首の後ろを触る。その手はぐっしょり濡れていた。
「あはは。汗っかきって言葉じゃ誤魔化せない?」
「空調の効いた病室で何を言っている」
「ガマン……ってほどじゃないよ。しゃべってたほうが気が紛れるし。それにね。痛いときはもっと痛いんだ。これくらい大したことないよ。」
「それは自分で判断してもいいことなのか?」
「……」
ナルは目をそらす。後ろ暗いことがなければ隠してない。
「とりあえず、ナースコール押すぞ。」
「……うん……」
枕もとのボタンを押すと頭上のランプが赤く光る。
それを見てナルはベットに深く倒れ込む。
「あ~。ジクジク痛い。」
諦めたように苦笑した後、顔をしかめる。
「初めから言え」
俺はそう言ってナルの足の切断部の近くに手を置く。
「初めての授業で気を使ったのに」
「そんな気はイラン。遠慮せず言え。これから1年、嫌というほど授業があるんだ」
「それもそうだね。……ごめんなさい」
「俺に謝る必要はない。……結構前から傷んでたのか?」
「うん。テストを解いてるときには」
「そっか……」
まったくもって俺も目は節穴だ。
罪悪感もあってナルの足に置いた手に少し力が入る。
「それより先生、……女子中学生の太ももに手を当てるのってセクハラじゃない?」
「嫌ならやめる。」
俺が手を放そうとすると彼女は首を振る。
「別にいい。」
「…………」
そして、ナルは黙り込みじっと俺の手を見つめる。
「かなり痛いのか?」
「まぁね。それもあるけど……え~とね……」
ナルは話しにくそうに目を伏せるが、数秒後には顔を上げ俺の眼を見て言葉を続ける。
「いままで、私が痛がっていた時に近くにいた人はみんな、お医者さんを呼びに行った後はずっと私を見てるんだ。何もしないでずっと。私だってその人が医者でもないのに何かするわけにはいかないってことくらいは分かるよ。でも、苦しんでる横で平然と固まってられると嫌な気持ちになっちゃうんだ。」
……それは……。苦しんでいる人にどう手を差し伸べるべきか困惑する人の気持ちもわかるが、何でもいいから助けて欲しい彼女の気持ちもわかる。
「でも、声をかけてくれる人はいるだろ?」
「まぁね。心の中では『大丈夫じゃない。』って言ってるけどね。」
答える余裕もないこともあるのだろう。
「自分でもね、分かってるんだ。こんなの言いがかりだし、相手も悪くないって。……でも、思っちゃうんだ。『私はこんなに苦しいのになんで何もしてくれないんだ』って」
ナルは俺を見て微笑みながら続ける。
「だからね、こうして手を置いといてもらえると嬉しい。ホントだよ?」
「……別に嘘だとは思ってないから」
そんな話をしているうちに看護師が病室に入ってくる。
俺が状況を説明しているとナルは横から補足してくる。何時から痛いのか、どんな風に痛いのか、手慣れた様子だった。
「今日はもう安静にしたほうがいいね。今は痛みが少なくても大きくなっていく可能性もあるから」
一通り説明を受けた看護師がそういうと彼女は小さくうなずいた。
「じゃあ、また明日な」
さすがに授業は続けられない。俺はベッド近づいて言う。
「……うん。さようなら」
小さく呟き、布団に顔をうずめるのを見てから俺は退出した。
初めての授業は混乱しながらもなんとか終了した。
俺は職員室に戻ると、大きく背伸びをした。
「……疲れた……」
授業時間は短かったが、気を張った。もちろん、体調が悪くなったことには驚いたが、何回見ても『足のない』状態に慣れない。最初の出会いは衝撃で、そこまで意識することはなかったが、時間が経つとあるはずの部分にない……ある種の違和感に気付いてしまう。いけない、失礼だと分かっていてもついつい視線を向けてしまいそうになる。
女子生徒は男子生徒に比べ他教師の視線に敏感であると思う。何を見ていて何を見ていないのか、よく観察している。俺はナルの足に意識を向けないよう気を付けていた。
雪乃先生の話を聞くとナルは脚を失ったことに相当のショックを受けているように感じた。それは当然である。そのため、俺は彼女に対して『病人』『障害者』として接しないようにしていた。今回の件も彼女は『痛み』に気づいて欲しくなかったのではなく、ない脚に意識を向けてほしくないのではないだろうか。自分を特別視して欲しくないと感じているように思う。
しかし、そうした姿勢がナルの病状にすぐに気づけなかった原因かもしれない。反省である。ならば、今後は態度は普通に、しかし意識はナルの変化を逃さないように敏感にしている必要がある。なかなか骨が折れそうだ。
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