第10話 5月10日
ナルとの授業は初回のように中止になったり、短くなったりすることが多い。数回繰り返すと、俺は彼女の体調の変化にもだいぶ気が付けるようになってきた。
安心する反面、別の問題も生まれてきた。
学習時間は全く足りないのである。既定の時間授業ができたのは全体の40パーセントほどだ。時間を取りたければ、宿題を多くせざるを得ないのだが、嫌いなことを大人のいない中で出来る子供は多くない。
俺とナルの授業は十数回目となるが、そのほとんどが宿題のツッコミから始まる。
「ナル、問2の問題文を読んで」
「日清戦争から得た賠償金などで北九州に建設された官営の製鉄所は?」
「答えは?」
「チャーリーとチョコレート工場」
「製『鉄』所って書いてあるだろうが」
この調子である。ちなみに答えは
「歴史そのものが苦手なのは分かるが、明治時代が特に酷いな」
「だってこう、覚えにくいんだもん。『チョンマゲ』『サムライ』だったのが、いきなり変わるんだよ」
「まぁ明治『維新』って言うくらいだからな。『改革』とか『革命』の比じゃない変化だな」
「政治用語もいっぱい覚えなきゃいけないし、戦争も多くて意味不明。」
「特にどこが分からないんだ?」
俺は教科書を広げて尋ねる。
「う~ん……分かんないところが分かんないけど、特に最初のところ?」
「明治初期?大河になってるし、人気の分野な気もするけど。俺も結構好きな時代だな」
「え~。どんなとこが好きなの?」
ナルは不満そうな顔をするが、大きく時代が動く時が歴史の勉強をして面白い部分だと俺は思う。単調な時代よりワクワクしながら勉強できる。
「俺は
「この人?」
ナルは教科書の写真を指差す。
「そう。薩摩藩……今の鹿児島の
「親友同士が戦争して殺しあうの?」
「まぁ、敵味方に分かれて戦争をしたことは事実だな。テストには出ないが、大久保利通は暗殺される直前に西郷からの手紙を読んでいた話もあるし、敵対しても互いに最後まで親友だと思っていたんじゃないかな?」
「親友……ね」
彼女は西郷の肖像画と大久保の写真を見比べる。
俺はふと、ナルにもそんな親友はいないのか?と聞きそうになって慌てて口をつぐむ。
この部屋からは友達の姿を連想させるものが見当たらない。
一昨年、俺の担任する子供が入院した時は千羽鶴や寄せ書きなど送られていたように思う。
「さて、雑談は置いといてこの前の続きを始めるぞ。日本はなんで力の差があったロシアと敵対して、日露戦争をしたんだろう?」
「日清戦争に勝って調子に乗っていたから。」
「その思考は一回喧嘩に勝って調子に乗る、中学デビューの悪ガキみたいだな」
気になることもあったが、俺はとりあえず授業を進めることにした。
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