第11話 6月3日

 梅雨の長雨の合間の快晴の日。俺は雪乃先生とグラウンドに石灰でラインを引いていた。

 石灰で一回引いた線は意外と消えない。グラウンドの土壌にもよるが、大雨でも跡が残っていて、それと頼りに引けば間違うことはない。しかし、今回は1週間続いた雨で白線は跡形もなく消えていた。

 下っ端の俺は否応なく線の引き直しなどの雑事を任される。雪乃先生に従い、白線を引いていく。

「何年やってもまっすぐ引くのは苦手です」

 俺が引いた線は見事に蛇行していた。

「慣れもありますね。遠くの一点を見ながら引くといいですよ」

 そういう彼女はコンパスを使ったかのような円を地面に描いていた。

 自分の不器用さに嫌気がさしながら、気になったことを聞いてみることにした。

「話は変わりますが、ナルのことなんですが……」

「大平さん?ああ。ずいぶん昭和先生に心を開いているみたいですね」

「そうですかね?そうだと嬉しいですが……」

 俺は言葉を濁す。

「何か気になることでも?」

「……ナルの友人関係が気になってまして。入院すると外との交流が少なくなりますが、ナルはそれを考えても少ないように感じます。病気になってからはともかく、それ以前の友達にはどんな子がいたか分かりますか?」

「小学校の友達は少なくないようですよ。たまにメールをしているのを見かけました」

 メールか。確かに入院生活が長ければ、そうした付き合いになるのだろう。

「特に神大かみだい正子まさこという子とは仲が良いようでした。私も何度か病室で見かけています」

「そうなんですね。俺は会ったことがありませんが、そうした友達がいるのはいいですね」

 心の支えになる友達、これは入院しようがしまいがいて欲しい存在だが、長期で病室にいる子供にとっては比較的大きなものになる。

「同じ歌手のファンだそうで、退院したらライブに行こうと話していましたよ」

 そうした希望をもてる間柄だというのはうらやましくも感じる。俺はナルの友人関係の心配は杞憂きゆうだったと思い、ほっと溜息をついた。




「……正ちゃんとはあんま連絡とってないんだ」

 その日の授業中、ふと、神大正子の話題に触れると、途端にナルは口を閉ざした。しばらくして、言いにくそうに話し出した。

 どうやら俺は地雷を踏んでしまったらしい。

「正ちゃんは仙石中のバレー部のエースだからね。忙しくってなかなか会えないんだ……」

 別々の学校に進学して疎遠になる話は多く聞くだが、それだけではない、とナルの様子から察する。

「別になかなか会えなくたって友達って関係もあるだろ。俺も年に1回くらいしか会っていないけど、仲のいい友達がいるぞ」

「……それって本当に友達?」

 疑いの目をナルに向けられるが、大人の付き合いではよくあることだ。


 ……しかし、仙谷中か……。知っている学校の名前が出て少し驚いた。俺の前任校……前に勤めていた学校である。

 俺は内心の焦りを気づかれないよう、話題を授業にもどした。

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