第7話 4月7日

 運命の始業式。

 式は体育館で行われ、校長の挨拶、効果斉唱、新任者の発表と淡々と進んでいった。新任者の挨拶では当たり障りのない話をしたが、俺は午後の2に向けて気をんでいた。

 俺にとっての始業式は生徒が下校してからになる。体育館に来れない生徒のために病室に出向き、校長も含め数人で改めて式を行うのだ。

 無難に自己紹介……で終わるのは少しもったいない気がする。

 病室へ向かうエレベーターの中での中どんな言葉を掛けようか悩んでいると、隣に立っていた徳島校長が話しかけてきた。

「昭和先生は大荷物ですね。」

 俺の背中に視線を向けながら言う。

「ええ。自分の特技のようなもので。自己紹介がてら少し披露しようかな、と思いまして。」

 4月の顔合わせ……それは教師の中では一番の緊張イベントである。教師も生徒の事を知りたいと思っているが、それは子供も同じであろう。

 俺はこの腹の探り合いのような期間が苦手である。だが、教師を知りたいという思いには答えてあげたい。

 エレベーターが目的の階につくと校長を先頭に602号室に向かう。俺は手の平にじんわりと汗をかいていた。


 病室に入るとベッドから起き上がってナルが視線を向けていた。どうやら今日は痛みが少ないらしく穏やかな表情をしている。

「こんにちは、大平さん。」

「……ども……」

 校長の呼びかけに小さく答える。

「今日は調子がいいみたいですね。よかったです。お楽しみの担任の先生の発表ですよ」

「……」

 校長の話は耳に届いているのだろうが、視線はどこか遠くを見ている。

「……正直ね……」

 窓の外を眺めたままナルが口を開く。

「男の先生って苦手」

「どうしてかな?」

 徳島校長が柔和な笑顔で問いかける。

「だって、私にとって病室が自分の部屋みたいなもんでしょ。ただでさえ、プライベートな場所に入られるのは嫌なのに……。」

 若い男なんてなおさら入れたくない……か?

「校長先生の後ろにいるのが私の担任?嫌。変えて。雪乃先生がよかった。」

 本人の前でなかなか言うな。この小娘。

 傍若無人な物言いで俺は緊張が解け、大きく息を吐いた

「まぁ、決まってしまったもんはしょうがないさ。」

 俺は頭をかきながらナルのベッドに近づく。

「生徒は教師を選べなくて不満もあるだろうな。確かに理不尽なことだ。だが、教師だって生徒を選べるわけじゃない。何を考えたか分らんが、そこの校長先生や上の偉い人が『大平さんと土岐先生ならうまくやれるんじゃない?』なんていう空想にかられたんだろう」

「こらこら。」

 徳島校長が苦笑する。

「だが、変えることはできない。君が嫌と言っても、俺が嫌と言ってもだ。」

 ナルは俺の物言いに少し驚いているようだ。

「なら、少しでもうまくやっていこうじないか。俺は君との1年を笑顔あふれるものにしたいと思ってるんだ。」

 ……ならば、少しでも俺を認識してもらわないとな。

「では改めて、はじめまして。俺は土岐昭和。よろしくな。」

 彼女の眼を見てゆっくり話す。

「特技はギター。持ってきたかから、お近づきの印に、一曲聞いてくれるかな?」

 俺は背負っていたケースからギターを取り出しチューニングをする。

 聞いてくれるかと質問したが、別に返事は聞かない。

 大平成のベッドの隣にある丸椅子に腰かけ、大きく息を吸う。

「じゃあ、御清聴のほどを」

 俺は弦をかき鳴らし、メロディを奏でる。



 初日からプロフィール表の写真のTシャツが印象に残っていた。彼女には少し不釣り合いな独特の色のTシャツだ。調べてみると有名なシンガーソングライターのライブTシャツだと分かった。限定品のようでなかなか手に入らない逸品のようだ。

 俺はそれが分かった日からそのライターの曲を練習し始めた。もともと、大学時代、「女子にもてたいなぁ」などという理由で初めたギターで、お世辞にも上手いとは言えないが今回は真剣だった。

 アルバムを何枚か買って、何回も繰り返し聞いた。その中で妙に癖になる曲があった。


 あなたがいつも笑えるよう、幸せであるよう願っている、そんな歌詞の曲だ。


 人と人はそう簡単に分かり合えるようになるもんじゃない、と穿うがった俺は思っている。でも、この曲を聴いて思った。笑顔で、幸せでナルと一年を過ごしたい。



 一曲弾き終わり、弦から指を話す。パチパチと少ない拍手が憩える。校長や様子を見に来た看護師だ。

 俺は大平ナルの方に視線を移す。

「…………」

 無表情……だが、少し笑っている……ような?

「どうかな?」

 俺は思わず尋ねてしまった。


「下手っぴ。」


 ナルは意地悪そうに微笑みながら答える。

 余計なお世話だ。俺が一番知ってるよ。

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