第13話 6月20日

 騎馬戦が終わると顔を泥だらけにした2年生が応援席へと戻ってくる。勝った白組の生徒の表情は明るい。ハイタッチをしたり、胴上げをしたりして喜びを噛みしめている。 

 神大の姿はすぐに確認できた。俺の数メートル前で同級と楽しそうに話している。身長は170センチ近くあるだろうか。手足も長くモデルのような体系である。彼女のチームの騎馬は身長の高い生徒で構成されており、小回りは効かないもののリーチの長さや高さを生かし活躍していた。

 友達との会話がひと段落すると伊達に気が付いたようで、こちらに向かってくる。

「こんにちは!伊達先輩。どうしたんですか?赤組の応援団が敵陣に来るなんて」

「休憩時間に前の担任に会ってな。こちら土岐先生」

 伊達の紹介に合わせ軽く手を挙げる。

「今はあおい特別支援学校で働いていて、担任の子が正子の知り合いなんだと。……え~と名前なんて言ったんでしたっけ?」

「大平ナル」

 俺が名前を出すと彼女は驚きの表情を見せた。

「ナルの担任なんですか!?」

「ああ。ナルから君の話を聞いてな。伊達に案内してもらったんだ」

 正確にはナルからはあまり話は聞けていないが。

「へぇ~!確かにおしゃべりな奴ですけど、自分のことも話してくれていたんですね」

 神大の嬉しそうな様子に彼女たちは喧嘩をしている訳ではないのだと判断する。

「最近、メールをしても返事か来ないから心配してたんですよ。様子を見に行きたかったけど、部活忙しいし、病院は遠いし、中々難しくって。ナル、元気にしてます?」

 なかなか会えない、と言っていたナルの話と一致するが、連絡を取っていないのか。

「病気で入院しているんだからある意味元気ではないかな。いい時もあれば悪い時もある。でも、徐々に病状は良くなっている感じだな。そのうちまとめて連絡が来るさ」

「そうなんですか。よかった~」

 彼女は大きく胸をなでおろす。

「もうすぐ、部活の大会もひと段落するんでやっと会いに行けそうなんです。自分たちの好きな歌手の新曲出たから一緒に聞こう、って伝えておいてください」

「その歌手ってシンガーソングライターの……」

 始業式の日にナルに聞かせた曲の歌手の名前を言うと彼女は目を輝かせる。

「知ってるんですか!?」

「ああ。元気になれる歌詞の曲が多くて好きだ」

「そうなんですよ。私もいつもパワーをもらっています。……うれしいなぁ。同級生で知っている人がいなくってあまり話せないから」

 確かに、ファンの年齢層は高かった印象がある。

「ナルもよく話してるよ」

「小学生の時から好きだったナルに薦められて私もハマってしまいました。二人でいるときは音楽の話ばっかりしてます」

「共通のものが趣味にあるっていいな。他にはどんな話をするんだ?」

 彼女は突然の質問にきょとんとした顔になる。

「他……ですか?う~ん。本当に他愛もないことですよ。どの本が面白かっただとか、学校での愚痴とか」

「へぇ~。ナルは学校の愚痴を話すんだ」

 神大は腕を組みなおす。

「う~ん……思い返してみると、学校の話は私の部活の愚痴とか一方的に話しているだけで、ナルの学校の話は聞かないかも。最後にあったときは部活の先輩に叱られた直後でへこんでて、ずっとナルに慰めてもらってました」

 彼女の話を聞いていると、ナルは親友の前ではまた違った一面を見せるらしい。

「その叱った先輩ってまさかコイツ?」

 俺は黙って聞いていた伊達を指差す。

「ちょっと先生!俺、メッチャ優しいですよ。後輩をへこませるほど叱りませんよ!」

 必死の弁明に彼女は顔をほころばせる。

「あはは。そうですよ。先輩、結構気をつかってくれるんですよ?例えば……」

 そして、伊達の嬉し恥ずかしのエピソードが語られていく。



 俺はその話を聞きながらナルについて考えていた。

 今の話を聞く限り、神大にはナルに対して負の感情を持っている様子はない。もう少し話を聞いてみる必要はあるが、ナルを怒らせるようなことを彼女がしたとも思えない。

 ナルは話したがらないかもしれないが、踏み込んで自身の思いを聞いてみる必要があるかもしれない。

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