第15話 6月28日

 決心したのはいいものの、中々ナルと腹を割って話すチャンスがない。授業中は2人きりなのだから、チャンスがないというのは言い訳のような部分もあるが、どうもきっかけがつかめないでいた。最近は病状も安定してきたため、勉強に集中させたいという理由もある。


 しかし、このままでいいとも思っていない。ナルが病室から出たがっていたので、校外学習を行うことにした。いつもとは雰囲気の違う中で話してみようと思った。


 医師の許可は意外と案外あっさりとおりた。ナルの状態は想像よりよいのかもしれない。


 夏の暑さが本格的になってきたころ、曇りの涼しい日を選んで俺とナルは看護師と一緒に近くの公園に出かけた。

 この公園は山の中腹にある広大なもので、豊富なアスレチックはもちろん広い芝生もあり、都会の小さな公園とは比べ物にならない開放感がある。

「ん~気持ちいいね」

 車いすに乗りながらナルは大きく伸びをする。初夏の風が草木の間から漏れてくる。確かに心地いい。

「……やっぱり……外に出て……よかったな」

 俺はここまで車いすを押してきたため、息が上がってしまった。途中、ナルも自力で登ろうとしていたが、急斜面の移動は難しいうえ、危険も伴う。かなりの距離を押して歩いた。

「……やっぱ体力が落ちてるな~。重かった」

 学生時代ならこの程度なんてことなかったと思う。

 俺は芝生の上に座り込む。

「女の子を前にそんな重い重いって失礼じゃない?」

 見上げるとナルが頬を膨らませている。

「車いす自体の重さもあるけどな」

 移動の道具も坂道では鉄の塊である。かなりの重量になる。

「重さ『も』って!私も重たいってことじゃん!」

「ナルの体重はそんなに重くないだろ。この前の体重測定だって平均より全然……」

 と言いかけて自分の失言に気づく。

「まぁ、足の分体重がないからね」

 だが、言った言葉は戻らない。俺はちらりとナルの様子を伺う。

「実際、私って太ってるのかな?体重計、あてにならないし」

 別段、気にした様子はないようだ。少し、ホッとする。

「別に。普通じゃないか」

「男の意見もあてにならないからな~。女の変化に鈍感なくせに『デブは無理』とか言いそう」

「すべての男が言っているような言い方はヤメロ。誰から聞いた?」

「ローティーン向け雑誌」

 最近の雑誌はなかなか攻めている。願わくば、もう少し教育上いい情報を載せて欲しい。

「そういう本も読むんだな。病室じゃあんまり見かけないけど」

「うん。病院のロビーに置いてある」

「あ~そういえば、あったな。俺には今一つ面白さは分からないが」

「かわいい女の子を見て、私もこんな服着たいな~、って思うんだ。まあ、パンツやスカートは履けないんだけど」

 少し自虐的な言葉に驚くが、ナルの表情に変化はない。何気なしに言っただけのようだ。

 今までのナルの様子を思い返しても、他人の反応は気にしても、不思議と足を切断したこと自体についてはドライな印象を受ける。

 自分の中で折り合いがついているのだろうが、もし俺が足を切断したら……

「あのさ、ナル……」

「何?言いにくそうにして」

「俺はナルに謝らなきゃいけないことがあるんだ」

「私に欲情していたこと?」

「それはない」

 ボケを挟むな。話が進まない。

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