第16話 6月28日
「俺はナルを心の中で尊敬していたんだ。中学生なのに毎日のように激痛に耐えている。足を切断しても、気落ちする様子も見せない。俺なら無理だ。絶望して何にも出来なくなる。自分の負った運命を理由に、当たり散らすだろう。……でも、ナルは俺にこんな風に思われるのは嫌だろ?」
「うん。イヤ」
ナルは不機嫌そうに言う。
「確かに私の病気は不幸だよ。それに頑張って耐えてる。でもそれはすごいことじゃない。だって、痛いからって、足がなくなったからって死ぬわけにはいかないじゃん。生きるために仕方なくしていることを尊敬しているって言われてもうれしくない」
彼女は言葉を続ける。
「尊敬したり、すごいって思える人は、スポーツで結果を残したり、勉強がすごく出来る人とかでしょ。私、何にもしてないよ?」
ナルはそう言い切るとうつむいてしまった。
「そうだよな。ナルのいうことはもっともだ。だから謝らせてくれ。俺はお前を『障害者だから』と心のどこかで特別扱いしていた。それは良くない」
「あはは。特別扱いしてるようには見えなかったけどね」
「だから、心の中でだって。だけど、思っていたことは事実だ。どこかで謝らなきゃいけないと思っていた」
「別にい~よ」
彼女は笑って手を振った。
「こんな風にな……」
俺は車いすをベンチの横に着け、ナルの隣に腰かける。空気を読んでか、看護師は少し離れた場所で休憩をしている、
「こんな風に思っていることを話すと少し気が楽になる」
「え~。謝っといて、気が楽になったってそれは失礼じゃない?」
「確かに。じゃあ、ナルも俺になんか話して気を楽にしろよ」
彼女は目を丸くする。
「え~。ないよ~私は。先生に話して気が楽になることなんて」
「そうか。それならいいんだ」
と言いながらも俺は話を続ける。
「……この前、神大さんの話をしたとき、少し話しにくそうにしていただろ?」
表情が固まる。時間がゆっくりに感じられる。
ナルが言葉に詰まっていたのは数秒だろうが、俺には数時間に感じられた。
「……よく……見てたね」
「まあな。中学教師なんて基本見守るのが仕事だからな。だから別に話したくなければいい」
彼女は大きく息を吸い込む。それを見て俺も息を吸って大きく吐き出す。公園の新鮮な空気が肺に入ってくる。
「……うん。話して少し楽になっちゃおうかな。…でもね。先生?」
ナルは俺を見上げて言う。
「……私のこと嫌いにはならな……」
「ならない」
俺は彼女の言葉にかぶせるように言う。
「即答だね」
「当たり前だ。話せって言っておいてそんな反応はしない」
少し安堵したのだろうか。固く握っていた彼女の手が緩む。
「私ね、正ちゃんに嫉妬したんだ。可愛い制服を着ている友達に。部活を頑張っている友達に。普通に学校に通って友達と仲良くしている友達に。私にはできないことだから。正ちゃんから部活の話を聞くたびに、うらやましく思った。私はずっと子の病室で過ごさなきゃいけないのに。私も足を動かして同級生と部活をやりたい」
俺は黙って続きを促す。ナルの眼は淡く充血していた。
「私は普通の学生生活を送れないって状況は確かにあるんだ。それを認めないで周りには普通に接して欲しいって思う……。それは我がままかな」
「別にそんなことはないだろ」
ナルの思いは真っ当なものだ。
「正ちゃんのことは友達だと思ってる。一番の親友だよ。でも……一緒にいると辛いんだ。自分にはないものを見せられて、自分の今を思い知らされる。」
ナルの辛さがようやく俺にも分かった。おそらく、親友に嫉妬した自分自身を責めているのだろう。相手は悪くないのに一方的に逆恨みしている状況に自己嫌悪しているのかもしれない。
「……俺は人を羨むことは悪いことじゃないと思う」
人を羨ましいと思うとき、自分と比較する。それはとても辛い行為だが、自分自身を見つめる機会になる。
「でも、俺がそういっても、今一つ説得力がないかもしれない。ナルの感情はナルのものだ。自分で気持ちの落としどころを探さないといけない。……ただ、これだけは言わせてほしい。ナルは間違っていない。その思いは、持って当然のものだ」
「そう……かな?」
「そして、そのことは友達にも分かってもらえるはずだ」
「…………それは…………無理だよ」
今まで見たことのないほど沈んだ顔になる。
「ともかく、このまま会わないでいると、どんどん会いにくくなる。今から会いに行こう」
「今から!?」
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