第19話 7月10日 ~エピローグ~

 日課というのは学校ごと異なる。学習すべき時間は決まっているが、その時間をどのように配分するかは、その学校によって様々である。

 仙谷中学校は金曜日に授業が早く終わるようになっている。そうして早く終わった時間を多くの生徒が部活に費やすのだが、大会がひと段落した神大はこの日を利用してナルに会いに来ることが増えている。

 そして、あおい特別支援学校の金曜日は通常の日課のため、神大は授業中にやってくることになる。面倒くさいので彼女にも授業をすることにしていた。今回は昭和の世界恐慌後の政治についてだ。

「世界恐慌の対策で、アメリカのルーズベルト大統領が実施した政策の名前は?」

「ルーズヴェルミクス」

「経済政策には『ミクス』をつければいいってもんじゃないぞ、ナル」

 次にナルの隣にいる神大に目を向ける。第2校舎から持ってきた学習机におとなしく座っている。

「ニューバランス政策ですね」

「それはスポーツシューズだ。正解はニューディール政策」

「「大体あってる」」

 こういう時も2人は息がピッタリである。実に腹立たしい。

「世界恐慌って単語だけ聞くと、すっごく怖いですね。」

「あ、そうかも。恐怖に慌てるだもんね。お化け屋敷的な」

「実際には第2次世界大戦の原因にもなる訳だから、そんな呑気なものじゃないけどな。」

「あ、その辺りは私たちの守備範囲外だから」

 じゃあ、何が守備範囲なんだ。

「神大も社会苦手なんだな。」

 当初はナルのサポートをしてもらえればと思っていたが、予想以上に戦力にならない。とは言え、ナルと授業をするのは楽しいようで、ノートを広げて俺の話を聞いていた。

「というか、勉強全般が苦手なんです。でも、いいんです。私の青春はバレーに捧げましたから。」

「正ちゃんかっこいい!」

「開き直るな。」

 神大が授業に参加するようになって、意欲的にナルは授業に参加するようになった。いい影響である。だが、余計な発言も増えてきた気がする。

「……もうすぐ、夏休みだろ。病院の許可が出そうだし、2人で遊びに行ったらどうだ?」

「マジで!やった~!!」

「じゃあ、それを楽しみに今日は集中しろ」

「「は~い」」

 そんな姦しい2人の声が病室に響く。俺も声を荒げながら授業を進めていく。

 3人の声の他には蝉の声が閉め切った窓から微かに聞こえる。2人きりの授業が3人になり、進んでいく。

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土岐昭和の教師日記~脚のない少女との1学期~ rabbit-up @rabbit-up

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