人か化け物か
妙な懐かしさ感じながら、エイジは玄関のカギを閉めた。
「もう散々だな」
溜まった洗濯物に目を背けつつマンションの外を窓から眺めていた。
自室のパソコンに端末を繋ぎナインのデータのバックアップを取っていると一斉にメールが流れ込んできた。
「三週間分?」
「病院内では外部情報との接続が禁止なっていましたので届いたメッセージ等は全てこちらに保存していました」
「まぁ隔離病棟だったからなぁ」
クラスメートのメッセージやメールマガジン等を整理していく。
「葬式にも……ってあいつ等の家知らないや」
「学校内で追悼式があったようです」
「仕方ない、時間空いたら学校側に聞いてみよう」
死んでしまったクラスメートの事を思い出そうとすると右腕に自然と力が入った。
「……このやろうめ」
「エイジ、一度休んだ方が良いと思われます」
「そうだな、今日はもう休もうか」
時計を見れば午後六時、寝るには少々早いが丁度いいとエイジは部屋着に着替え始めた。
駅から自宅に戻る時に買っておいたコンビニ弁当をレンジに入れ、冷蔵庫を開ける。
「あ、エイリアンの買い置きが……」
今ナインはパソコンに接続しており普段のオービットも机の上、こちらの様子はわからない。
禁則事項の事を思い出すが誘惑には勝てない。
「まぁ一本くらいなら、平気だろ」
いつもの如くグイッと一気飲み。
「やっぱこの味が一番!」
好きだから仕方ないと言い訳しつつゴミ箱に捨てようとした時だった。
右腕に爆発的な力が沸き起こり持っていた缶を紙屑のように握り潰し、体全体に異常な感覚が襲ってきた。
神経は研ぎ澄まされ、体が異常なほど軽い。
今なら何でも出来そうな錯覚に襲われるが、なんとか振り払おうとするがフワフワとした感覚に狂いそうになる。
「しょうがねぇ!」
何をするか自分でもわからない、ならばと右腕で頭を殴るのであった。
意識が戻った時、頭痛やら体痛みで散々になりながらパソコンの前に戻ってきた。
「お目覚めですね」
ナインが皮肉を言ってきても何も言い返せない。
「……どのくらい寝てた?」
「二時間です」
「どっかに連絡したりは?」
「主任に」
「なんで連絡先知ってるの?」
「お目付け役なので」
「そうか」
狙い済ましたかのように数人が部屋に入ってきても不思議には思えなかった。
「なんか普通に入ってきましたね」
入ってきた連中は映画に出てくるような、如何にも特殊部隊と言わんばかりの格好だった。
「えーっと……」
無言で通信機を渡され、連中は静かに立っている。
特に何かするという訳ではなさそうだった。
「中村候補生、聞こえますかー?」
「はい、すいませんでした」
「一応確認しますが、何をしました?」
「エイリアンを一本飲みました」
「禁則事項読んだ上で?」
声が低くなってるような気がする、果たしてここは何と誤魔化そうかという考えがよぎるが今は素直になっておく。
「君がエイリアン好きだとナインから聞いていますよ、禁則事項を伝えた事も聞いています」
「はい、大丈夫だろうと飲みました、すいませんです」
「宜しい、まだ飲みます?」
「懲りたんで大丈夫です、はい」
「その通信機はオービットに接続して持ち歩くように、いいですね?」
「わかりました」
これでいつでもさっきの連中が位置を把握できるという事らしい。
「まさかこうなるとはなぁ……」
「エイジ、これからは控えてください」
「ああ、わかってるよ」
冷めた弁当を温めなおし、再び冷蔵庫を開けるとエイリアンはちゃんと無くなっていた。
話している間に先ほどの連中が持っていたのだろう。
「こんな体なっちまっても、人間だってさ」
そんな悪態をついて、冷蔵庫を閉めていた。
……
翌日、右腕のせいで着辛くなった制服に袖を通し、学校に来ていた。
顔についた傷が思ったより深く印象の悪い顔だが、クラスの連中は相変わらずだった。
少し違うといえば訓練時の空気が変わっていた事で、殺気立っていると言っても過言ではない。
クラスメートから死人が出た、原因はベヒモス。
エイジがナイトに撃たれている事は誰も知らず、エイジの傷はベヒモスによるモノとなっていた。
エイジ自身も今まで以上に訓練に力を入れていた。
ベヒモス化のせいで普段より疲れ知らずというエイリアンが飲めなくなっても体は無理をする事がなくなっていた。
そんなある日、講義が終わり訓練場に向かおうとした時だった。
「天か地獄に変わるかはてめぇ次第ってね」
「……今のは?」
教室内を見渡せば盛り上がっている候補生が二名。
「なぁ、ちょっといいか?」
「どうしたんだエイジ?」
「なんか盛り上がってるみたいだったからさ」
「大した事じゃない、コイツがやたら押してくるサイトがあるだけだよ」
「どんなとこ?」
嬉しそうに見せてくる画面には『へるおあへぶん!』ポップなロゴに可愛らしい猫のキャラクターが「天か地獄に変わるかはてめぇ次第!」と顔に似合わないセリフが出ていた。
日本限定のローカルやオカルト、SF関連のニュースサイトで嘘かホントかわからない様な内容の記事が多い。
「エイジもどうだ? 暇つぶしに丁度いいぞ」
「ああ、覚えとくよ」
そう言って二人と別れさっそくへるおあへぶん!に接続していた。
「まさかブサイク野郎が言ってたのこれじゃないだろうな?」
パッと見た感じでは一風変わったニュースとまとめ記事、ニュースが載っているだけのライターが真面目にふざけているサイトにしか見えなかった。
「ナイン、このサイトについてなんか変わった事がないか調べてみてもいいか?」
「了解しました、後ほどお知らせします」
天か地獄に変わるかはてめぇ次第という死に際に残した言葉とへるおあへぶん!のキャッチコピーが一緒なのは妙に気になってしまった。
エイジは真実味のあるニュースを見ていく。
何でもいいから襲撃犯に関する情報が欲しいとそれらしい記事を探していく。
「……、ま、すぐに見つかるものでもないか」
気長にいこう、そう考えながらナインに丸投げしていく。
下手に思い出してまたベヒモス化した腕が暴れだしても困るとため息を付きながら屋外訓練場へと足を運ぶのだった。
今日の訓練は実機総合訓練。
普段使っているシミュレーターではなく、屋外の訓練場で実機のナイトに乗り仮想ターゲットに実弾を撃ちこんでいく訓練である。
訓練用のパイロットスーツを着込み、候補生達が乗り込んでいく。
『訓練開始!』
合図と同時にナイトの駆動音が響き渡り、銃声が鳴り響く。
耳栓をつけていなければいけない程の大音量だが候補生達は一人も怯みはしない。
安全管理には徹底しているが事故がいつ起きても不思議ではない実機訓練を早く自分にやらせろと視線が物語っていた。
「エイジ、今日はお前のスコアを抜いてやるよ」
「昔のスコアで良ければな」
「今日も更新する気かよ!」
「勿論、前の訓練で射撃の感覚はなんとなくな」
「以前の突撃野郎のエイジ君はどこに行ったのやら……」
「そんなに難しくないだろ?」
「実機はシミュレーターより疲れるだろ?」
「そりゃ
「体力付けないとなぁ」
クラスメートはそう言いながらエイリアンを飲んでいた。
飲めない
「そういやようエイジ」
「なに?」
「やっぱベヒモスは、
「ああ、生身じゃどうしようもなかった」
「機体の重みにも慣れないといけねぇな」
「当然だろ?」
「いつの間にか筋肉つけちゃってるエイジを見習わないとな」
会話しながら待っていればエイジの番が回ってきた。
複数のナイトを使い回すため訓練前の点検作業は当たり前、撃ち過ぎてたまった火薬特有の汚れも適度に落としていく。
実機訓練には候補生以外にも整備専攻の連中も参加しており、点検を一緒に行うのだ。
待合室横にあるガレージにナイトが戻ってきた順に行っている。
エイジとよく組んでいる整備専攻の生徒、
「エイジ、ナインを接続してー」
「おう」
ナイトに接続し点検項目を出していく。
「助かるよ、エイジみたく他の連中もAIを
「よく言うよ、ナインがこうなったのはカザミのせいだろうに」
「そんな事ないよ、でしょナイン?」
「そうです、チハルとエイジのお蔭です」
お前ら二人のせいですと言ってくるナインに対し苦笑せざる得ない二人。
「じゃあ今日もちゃちゃっと仕上げちゃおう、ナインはシステム面よろしく」
「もう済ませています」
「早いね」
「なんだ、そんなに痛んでないのか?」
「エイジとは違って丁寧な操作っぽいよ」
「エイジの扱いはシステム、及び機材にダメージを与えています」
荒っぽいし、雑だよねーという声や、肯定します、エイジはもっと負担を掛けないような操縦技術を身に着けるべきという声もエイジは銃の点検をしながら聞き流す。
「そういえばナイン、この間の情報は役に立った?」
「非常に助かりましたよチハル、あのサイトは非常に有益な情報を多く含んでいたようです」
エイジは二人の会話に耳を傾けた。
色々話している割にはチハルの手は止まらず、ナインも心なしか楽しそうな声を上げている気がした。
「あの口うるさいエイジの舌を唸らせたか」
「妙に文句が多いですからね、エイジは」
「エイリアン中毒なだけかと思ったらチェーン店に文句言いながら食べるもんねぇ」
「俺の文句かよ……」
聞こえているはずだが、一人と一機は無視して話を進めていた。
「それでどんなとこ行ったの?」
「黒猫亭という所に、サブモニターに映します」
「さんきゅー、今度私も行ってみるよ、エイジがオッケー出したならハズレじゃないっしょ」
「お前、もしかして毒見役に俺使ってないか?」
「もちろん!」
「ハッキリ言うなこのやろう」
「いいじゃん、ここ良い店だったんでしょ?」
そう言われて食べたハンバーガーの味を思い出す。
アヤの事も思い出したが仕方ないと首を振り、また食べに行こうと決めるのだった。
「時間出来たらまた行くレベルで美味かったからな」
「なんか妙に嬉しそうだね」
「チハル、推測ですが……」
「ナインストップだ、いいか、それ以上言うんじゃない」
ナインの推測ですが、からは大体ロクな事が起きない。
勿論この流れはチハルも知っている。
「ナイン、なんかこのお店であったの?」
「はい」
「チハル、いいから整備してくれ」
「もう終わってるよーん」
「相変わらず早いなおい」
「どういたしましてー、それで具体的にはドンナコトカナー?」
チハルはニヤニヤしながらサブモニターと向き合っているが、ナインは黙ったままだった。
珍しく言いつけを守ってるなとエイジは首を捻るが、何かが引っ掛かる。
チハルも珍しく黙ったまま画面を覗いていた。
「……?」
エイジが後ろからモニターを覗こうとした途端、チハルはエイジの方を振り向いた。
「ナイン、何してた?」
「点検項目を表示していました、ご覧になりますか?」
「もう付き合いは長いんだナイン、チハルが絡むとどうしてこう人間っぽくなるんだ……、で何してた? どうせシステム権限でログ見れるんだから白状しろ」
その様子をチハルがちょっと寂しそうに見ていた。
「どうしたんだよ?」
「なんでもないよ、エイジ君♪」
その瞬間、サブモニターにテキストが表示され黒猫亭で起こった事が妙に正確に書かれていた。
「……、ナイン悪かった、だからこういう事をやめよう、操縦気を付けるから、な?」
「了解しました!」
「おお、さすがナイン使いこなしてるね」
「何が?」
「声の使い分けかな? ここまで
「整備中によくやるよ」
「チハルには助かっています、ありがとうございます」
AIも学べばそれらしい事も出来ると、一昔前なら考えられなかった事が起きているがエイジにとってはもはや日常であった。
「ところでエイジは背の低いの女の子が好きなの?」
「ちょっと可愛いなって思っただけ、他には特にない!」
操縦士用のヘッドギアを被り、ナイトに乗り込む。
「もうちょっと詳しく知りたいなー?」
「はいはい、話は訓練終わったらな」
PMS『パワーマスタースレイヴ』と呼ばれる装置が順調に稼働し、左手、右手と動作を確認していく。
搭乗者の動きを模倣するこのシステムは搭乗者の身体能力と密接な関係にあり、走る動作や銃を構える動作すら個体差が生まれる。
実機訓練はその感覚を馴染ませる事が目的なのだ。
「ナイトの動作に問題はないな、いつもながらいい整備だよカザミ」
「ありがとね、そういや最近右手側がいっつも擦り切れるくらい使ってるみたいだから入念にやっといたよ、ケガしてる割に酷使してるんじゃ治らないよ?」
「リハビリみたいなモンだから気にすんな、じゃあ行ってくる」
「頑張ってねー」
エイジの操縦しているナイトがガレージから飛び出していく。
「もう、治るもんじゃないからな」
そう諦めたようにぼやきながらナイトを操る。
その訓練時のスコアは少しだけ下がっているのであった。
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