疑問と邂逅


 次の日、教室は妙な空気になっていた。


「……、なんかあったのか?」

「不明です」

「あ、エイジ」


 席に座ろうとした時、チハルが近づいてきた。


「よう、候補生室こっちに来るなんて珍しいな」

「ちょっと用事があってね、ナイン貸してくれない?」

「いいよ」


 端末を渡すとチハルは記録メディアを差し込んでいた。

 エイジの端末に何かを保存するとナインはインストールし始めたのか黙ってしまう。


「これでよし、インストール終わったら再起動すると思う」

「はいよ、ところでさカザミ、今日なんかあったのか?」

「あー、この空気ね」


 カザミはエイジに耳打ちするように顔を近づける。


「なんかね、学校にベヒモスいるんじゃないかって噂があるんだって」

「……、どっから聞いたんだそれ?」

「なんか整備科や候補生何人かにいるってクラスの子が、誰が広めてるかはわかんないけど」

「そうか」


 自分の事がバレたとしても犯罪をしてる訳じゃない。

 バレているなら誰か話しかけてきてもおかしくないがそんな雰囲気はなかった。


「じゃあ整備科に戻るね」

「ああ」


 端末が再起動してナインが目覚める。


「インストールが完了しました」

「カザミが渡してきたのは何だったんだ?」

「ナイトのアップデートファイルのようです、今日の実機訓練は他の候補生より早く整備が終わります」

「そりゃ助かるな」

「……エイジ、校内にベヒモスがいるかもしれない事を主任に報告しておきますか?」

「そうだな、調べてもらった方が安心できる」

「了解しました」


 エイジの様に生き残るためにベヒモスになる者は少ない。

 シロカラスのような何らかの事故によって成ってしまった者であれば騒ぎを起こすような事はないだろう。

 しかし、好んでベヒモスに成ってしまった者は何をするかわかったものではない。


「エイジ、ずっと隠していたような人物であれば大きな問題にはならないと思います」

「逆に言えば、最近なってしまった人の場合は問題になる可能性があるって事だろ?」


 自分も例外ではない、不安定なベヒモスであるエイジが何らかのきっかけで暴走するかもしれない。

 考えに耽(ふけ)っていた時にチャイムが鳴り始める。

 一先ず授業に集中しよう、頭を切り替えながら端末を閉じるのであった。



 実機演習の時間になり早めに整備が終わったエイジはナイトに乗り込みながら演習開始の合図を待っていた。


「カザミのおかげで早く終わったのはいいけど、四機揃わなきゃ始められないじゃん」

「おかげでコンディションは良好です」

「まぁなー」


 しばらくしているとアップデートが済んだ機体が動き始める。

 そろそろ始まるという時にHMDに通信が入ってくる。


「エイジー、ちょっといい?」

「カザミか、なんだ?」

「一度ガレージに戻ってくれない?」

「もしかしてミスったか? ナイン、全体のチェックをもう一度」

「機体に整備にはミスは無いようですが……」

「使用弾丸間違えてるよー」

「今日はターゲット射撃じゃなくて実機戦闘訓練だからペイント弾だったか」


 うっかりしてたな、そう思って引き返す。

 ガレージに戻りマガジンを取り換える。


「カザミ、他の奴は間違えてないよな?」

「今確認してもらってるー」


 気付かずに撃っていれば死人が出たなと、周りを見ていると何人かが引き返してきた。


「意外と間違えてる人多いな」

「ペイントの掃除も嫌だけど機体に穴が開くのはもっと嫌だねー」

「同意します」


 エイジが再び演習場に戻ろうとした時、ダァン!っとデカい音が響き渡った。

 聞きなれた、大型ライフルの銃声であった。


「あれ、もう演習始まったのか?」

「開始の合図は鳴り響いてません、候補生のナイトが暴発させた可能性があります」


 エイジはナイトで走り出す。

 演習場に辿りついた時、負傷したナイト一機と暴発したと思われるナイトが一機。


「おい、大丈夫か!」


 通信は返ってこない、暴発側も動こうとはせずそのまま停止していた。


「そっちはどうなってる、暴発したのか?」

「……」

「返事をしろ!」


 エイジが近づこうとした時、ナイトはエイジの足元に実弾を一発撃ちこんだ。

 近づくな、そんな警告をするように銃口を向けている。


「何をする!」

「い、いいから近づいてくるんじゃない、いいか! 俺に近づくな!」

「どうしちまったんだ! 自分が今何をしているのかわかっているのか!」

「もうおしまいなんだ、どうする事も出来ない!」

「だから、どうしちまったんだよ!」

「無駄ですエイジ、半錯乱状態と思われます、冷静な話は不可能だと思われます」


 周りを見れば他のナイトはガレージから出てきていない。

 倒れているナイトの候補生の状態はわからないがコクピットは負傷しているようには見えなかった。


「……、どうするナイン?」

「撤退を推奨します、ここは逃げれば彼は孤立しナイトの駆動時間が過ぎれば何も出来なくなるでしょう」

「あの損傷したナイトはどうする?」

「この状況では仕方ありません」


 見捨てろと、ナインは遠まわしに言い放つ。


「却下だ、駅の様にまた誰かを死なせるのは嫌だ」

「ではどうしますか?」

「……、やるしかねぇ」

「了解、こちらはペイント弾、向こうは実弾です」

「カメラを潰すしかないな、ナイン、マーキングしてくれ」

「了解」

「おい、いつまでそこにいるつもりだ! いいからどっかに行きな!」


 再びエイジの足元に撃ち始める。

 負傷したナイトに当たらないよう、エイジはゆっくりと移動を始める。


「そこの倒れているナイトを回収してもいいか?」

「ダメだ! いいからどっか行けよ!」

「だよな……」


 今回の演習はナイト同士の戦闘を予定していたので障害物は多い。


「教官達はどうしてる?」

「予想外との事で日向のナイト部隊を呼び寄せています」

「じゃあ第二目標は時間稼ぎか」


 痺れを切らしたのかエイジの機体にロック警戒マーカーが点滅する。


「攻撃目標がこちらを捉えています、戦闘開始を」

「了解……目標補足コンタクト!」

「お前、まさか!」

「ああ、そのまさかだよ!」


 各駆動モーターが唸りだし、エイジの機体が走り出す。

 敵機は戸惑いながらも発砲するがその撃ち方は雑としか言えない。


「実弾はおっかねぇな」

「敵移動開始、損傷したナイトより離れています」

「よし、ガレージにいる連中に伝えといてくれ、今のうちに回収してくれってな」

「了解」


 ナイトのカメラは頭部、肩部、脚部に設置しており視界は全方位カバー出来る、カメラの死角はあるがナイトのサイズでは関係ない。

 背面にもカメラは付いているので背後を取っても油断は出来ない。

 FCSFire Control Systemはレーダーの敵味方識別信号で判別した敵機とカメラが連動してロックオンする仕組みになっておりレーダーを潰すだけでも有利なるがペイント弾では不可能である。

 敵機もレーダーでこちらの位置を把握している。


「そういやよ、敵のAI使って停止させられないのか?」

「敵機のAIは個性的ではないので、そういった判断は行いません」

「そうだったな」


 このまま隠れていても問題はないが、仮にガレージに逃げ込んで暴れられると厄介になるので障害物に隠れながら威嚇射撃する。


「ペイント弾? 馬鹿にしているのか!」


 ペイントとわかり撃たれても問題はないと突っ込んでくる。


「チャンス!」


 向かってくるなら命中率は高い、ペイント弾を連射しカメラを狙うが当然敵機も撃ちながら接近してくる。

 近づかれ過ぎても不味いと演習用のシールドを構えながら後退するがペイント防御用では長くは持ちこたえれらなかった。

 ペイントで何か所かカメラを潰していなければ振り切る事は出来なかっただろう。


「どれだけ命中した?」

「40%です、エイジはもっと訓練すべきです」

「射撃は苦手なんだよ!」


 中途半端にカメラを潰したせいか闇雲に乱射しながら接近してくる。

 跳弾もありエイジの機体にも何発か被弾するが大した損傷ではなかった。


「エイジ、他のナイトが実弾装備で準備しているとチハルが」

「来る前に終わらせたいな」

「何故ですか?」

「あいつも死んじゃうだろ、それじゃあよ!」


 シールドを構え直し、敵機に突撃する。


「ナイン! 脱出用意!」

「了解」


 実弾が当たる度に右腕が疼きだす。

 今ならやれると、本能が告げていた。


「馬鹿か! 実弾に突っ込むなんてよ!」


 勝ち誇ったような通信、どうしてこんな事をしているのか聞くためにもコイツを間違って殺すような事は出来ない。

 シールドが壊れ敵機がハッキリ見える。

 まだ距離はあり、ナイトの近接武装では届かない。


「今だナイン!」


 パイロットをコクピットの装甲ごと脱出させ強引に接近する。

 脱出したコクピット部分に敵機は問答無用で撃ち始める。

 が、既にエイジはそこにはいなかった。


「また主任に怒られちまうな」


 銃撃よって舞い上がった砂煙から出てきたのは、右腕が変異した不完全なベヒモス。

 まだ人の姿は保っているが体はすでに別物。

 身体能力は上がっているが、完全なベヒモスではないため右腕以外の攻撃は無意味だが、まだベヒモスと対峙してない候補生なら十分な脅威だった。


「……べ、ベヒモス?」


 敵機が呆けている間にエイジは下手なナイトよりも早く動ける体に驚きつつも脚部の関節駆動モーターを思い切りぶん殴る。


「む?」


 殴った衝撃で壊すつもりがナイトの関節ごと破壊し、敵機がバランスを崩して転がる。


「思ったより、威力あるな」


 殴った感触も思ったよりも痛かったが。


「さて、話でも聞かせてもらうか」


 転がったナイトの装甲を剥がし、候補生を引きずり出す。


「こんな事をした理由を話してもらおうか」

「エイジ、お、お前も」

「あ?」

「お前もベヒモスなのか?」

「ああ、あの駅で生き残るために仕方なくな、だからこんな不完全なんだよ」

「そうか」


 候補生は突然アンプルを取り出し飲み込む、それは依然エイジが飲んだあの薬だった。


「お前も?」

「ああ、ベヒモスなんだよ、俺もなぁ!」


 全身が変異した完全なベヒモス。

 こいつは不味い事になったと嘆いても遅い。


「暴れた理由はそれか?」

「ああ、あの模様見られちまった、馬鹿だよなぁ、せっかく候補生になったのにベヒモスになっちまうなんてよ」

「ほんとな」

「もう終わりさ、日向のナイトにズタズタにされちまう……、だったらよ」


 嫌な予感がする。

 不完全なベヒモスでどの程度対抗できるのか?


「今テメェをズタズタにしてもいいよな!」

「そう簡単にやられるかよ!」


 駅で見たとき同様、巨体に似合わない素早さで殴ってくる。

 こちらのアドバンテージはまだ人の姿を保っている事の身軽さ。

 大ぶりの攻撃なら余裕で回避できるが攻撃は出来ずにいる。


「ちょこまかと!」

「うるせぇ必死なんだよ!」


 試しに大ぶりに合わせてエイジも殴り返してみるが大したダメージはないようだった。


「効いてねぇのかよ」

「ブサイクの代償に異常な強さってな、エイジもそんな姿捨てちまえよ」

「わりぃな、そんな間抜け面は簡便だよ、まるで化けもんだ」

「お前だってそうだろうエイジ?」

「違うね、俺は人間だよ」


 返事を言わせぬように素早く顔面を殴りつけるがやはり効果はない。

 それどころか直ぐに殴り返されエイジは派手に転がった。


「なんだ、意外と丈夫なだな」

「吹っ飛んだ俺も驚きだよ」


 薬一つでここまで変わるという事に驚きを隠せないままベヒモスを睨みつける。


「決定打に欠けるな」

「ベヒモス同士じゃ意外とやりづれぇけどよ、これならどうだ?」

「そいつは卑怯じゃねぇか?」


 ナイトの残骸から強引にマガジンと銃を引っ張り出す。

 律儀に中身を確認し、候補生らしい丁寧な動作で銃を構える。


「この体の方が撃ちやすいかもな」

「便利だなこのやろう!」


 急いで障害物に走り出すと同時に爆音が響き渡る。


「おっと、リコイル制御が意外と難しいな」


 なんとか無傷で隠れる事が出来たが、いい状況ではなかった。


「いつまで隠れてるんだ、こっちから行くぞ!」


 こちらに武器はない、相手は重火器と予備マガジン一つ。

 殴っても効果はない、勝率はゼロに近い。

 考える時間すらくれないのかベヒモスは容赦なく追いかけてくる。

 撃つチャンスがあれば丁寧にセミオートで撃つあたり錯乱状態ではなくなっている。


「どーしろってんだよ!」

 仕方なく叫んでいると、銃撃とは別の音が響きだす。


 ジェットエンジン特有の高音。

 空を見上げれば日向のナイト部隊がベヒモスに銃を向けていた。


「ご苦労でした中村候補生、後は任せてください」

「主任?」


 ベヒモスは撃とうともせず、静かに立っていた。


「ここまでか、さて、親父達は俺の事をなんて言うかな?」

「知らねぇよ馬鹿野郎」

「同じこと言われそうだ、馬鹿って」


 そう言い終わると銃弾の雨がベヒモスをボロボロにしていった。


「ほんと、馬鹿野郎だよ」


 見る影もなくなったベヒモスの遺体にエイジはそっと呟いていた。



 日向の部隊がエイジを取り囲む中エイジは両手を上げながら座っていた。


「主任、実は俺こうしてなくてもいいんじゃないですか?」

「はい、これを我慢してたら見逃してあげるのですから頑張ってください」

「あと、他の候補生には私から説明しておくので心配はありませんよ」

「ホントっすか……」


 呆れたようにため息をついているとカザミが走ってきた。


「へぇ、これがベヒモス化なんだ」

「よぅカザミ」

「エイジ凄い事になってるよー」

「まぁなー、規則とかで言えなかったんだから文句言うなよ?」

「ナイン回収しといたから渡しに来たよー」

「動けないから主任に渡しておいて」

「預かりましょう」


 カザミからナインを受け取り、主任は戦闘時の状況をナインから聞いていた。


「ところでエイジはいつまでその姿?」

「戻し方がわからん」

「そうなんだー、ところで噂のベヒモスってエイジの事だったの?」

「それも知らない、主任が調べてるからその内報告くるだろ」

「ところでベヒモスってどんな感じなの?」

「どんな奴でもブサイク野郎になるけどめっちゃ強いってとこか」

「雑だね」

「そんなもんだよ」


 詳しく言えない、というのもあるので主任も静かにエイジを睨みつけている。


「色々言えないの、察してくれよ」

「そっかー、そういえばエイジが助けたナイトの候補生は無事だったよー」

「そりゃよかった」

「出来ればアイツも助けたかったんだけど」


 遺体の方を見ながらエイジは呟く。


「なんで暴れたんだろうね、暴れなかったら無事だったのに」

「それな」


 日向のナイトを間に挟みながら会話するという不思議な状態で話していると他の候補生も集まってきた。


「シミュレーター以外のベヒモス初めて見たぞ」

「俺だって好きでこんな姿になってねーって」


 エイジのベヒモス化の理由はこの後主任が説明してくれた。

 その説明の間、エイジはずっとベヒモスの事を考えていた。

 何故隠れていればいいのに自分から騒ぎを起こしたのか?

 確かに校内でベヒモスがいるという噂は流れていたが噂は噂。

 取り乱すような事はあってもあんなに追い詰められるには理由でもあるのだろうか?

 考えはしても不可解な事は多い。

 駅で起こったベヒモス騒動も、目的は不明と言われている。


「どうしてこんな事をしているのか、か……」


 薬を渡したベヒモスが無差別ではない事を示していた。


「あ、中村候補生も動いていいですよ」

「えっ! あ、はい」


 気付けば説明も終わりナイト達から解放される。


「主任、これどーやって戻るんです?」

「時間経過で戻るはずですが……、おかしいですね」

「マジっすか」


 一先ずナインを受け取り、オービットを装着する。


「無事かナイン?」

「チハルに直してもらったので、やはり色々と雑ですねエイジは」

「悪かったよ、今度はナインの要望に応えるっていうのはどうだ?」

「返答に悩みます、候補が多すぎて」

「まぁ考えといてくれ」

「了解」


 AIに考えさせるのはどうかとも思ったがナインなら答えてくれる。


「お、なんか戻ってきた気が……」


 腕が徐々に収縮し、元の腕に戻っていく。

 体に全体の変化も収まり体への負担がドンッとのしかかってきた。


「……、反動すごいなこれ」

「大丈夫ですか?」

「なんとか、主任そういや俺ってこの後どうなります?」

「特に何も」

「意外とあっさりなんですね」


 再び腕に包帯を巻き、模様を隠す。


「今回の件でバレちゃいましたね、すいません」

「中村候補生、貴方の状況は皆さんに伝わっています、心配することはありませんよ」

「そうだといいんですけど……」


 主任が撤収した後、ガレージにはボロボロになったナイトが置かれていた。

 エイジは残骸の前に座り装甲に触れていた。


「無茶しすぎたな」

「使い慣れた機体から新品になるのはまた調整しなければいけませんね」

「……替えが来るまでは実機訓練お預けだしな」

「それだけじゃないよー」

「カザミ?」


 カザミは大きな工具箱横に置いてナイトの残骸に触れた。


「色々細かい所をエイジ用にカスタマイズしてたからね、新しい機体にすると本当に動きづらいと思うよ」


 使い回すことがあっても設定自体を保存できるナイト。

 それだけにバックアップはあるが馴染んだパーツは取り返せない。


「色々世話かけてたんだな」

「だからナインが丁寧に扱ってって言ってたんでしょ」

「……、確かに機体の事なんて考えてなかった、すまない」

「いいよ、今回はエイジのお蔭で他の機体は無事だったわけだし」

「そうかな?」

「そうだよー」


 正直自分の事しか考えてはいなかった。

 これ以上被害を増やしたくないという身勝手で、ナインにも撤退した方が言われたのに無理をしたのはエイジ自身の身勝手だ。

 現に日向の部隊が来なかったらエイジも散っていた事だろう。

 カザミは残骸を解体していった。

 使える部分を残しておく事で候補生全体の予備パーツのような扱いになるらしい。

 エイジはその作業を黙って後ろから見ていた。


「いるなら何か話そうよ、エイジ」

「ああ、そうだな……、つっても何がいいかな」

「じゃあこの間の、黒猫亭の続き?」

「あの店か、そういやあれから行ってないな」

「今度一緒に食べに行く?」


 なんてね、そう小声でカザミは呟いていた。


「たまには、いいかもな」

「そ、そう?」

「なんだよ、誘ったのはそっちだろ?」

「そうなんだけど、一緒に食べる事今までなかったじゃん?」

「今までは機会がなかっただけだろ?」

「じゃあ、今度デート?」

「飯食いに行くだけだ、男女一緒だからってデートにすんな」

「えー、どう思うナイン?」


 端末を外部スピーカーに切り替えナインは喋りだした。


「エイジがその気でしたら、もっと落ち着きがないと思われます」

「ナインまでー」

「ったく、じゃあ次の休みでいいか?」

「待ち合わせとかはメッセージよろしくねー」

「わかったわかった」


 端末を仕舞い込み、エイジは歩き出す。


「じゃあ、今度な……今日は無理すんなよ」

「わかってまーす」


 ガレージから出るとナインが唐突に喋りだした。


「エイジ、さっきの回答は酷いと思われます」

「デートの返事?」

「はい」

「カザミはからかってるだけだよ」

「チハルの様子は、少し違っているように見えたのですが」

「たとえアレが本気だとしても、さ」

「本気だとしても?」

「俺は、その気にはなれない」

「どうしてですか?」

「少し前だったらその気になったかもだけどさ、今は……」


 エイジは自分の右腕を見る。

 ベヒモスとして作り変えられた自分の体。

 人間であって人間じゃない者。


「こんな体じゃ、無理だ」


 ナインは返事をしなかった。

 一度ベヒモスになってしまった者は元の体には戻れない。


「帰る前にシロカラスに向かうよ」

「了解」


 何か情報でもあるかもしれないと、カザミの事を忘れる様に別の事を考え出すのだった。



……



 シロカラスは相変わらず賑やかだった。

 中のカウンターに座り前回同様に梅酒を頼む。


「あらエイジ君、水割りにしとく?」

「そうでしたね、お願いします」


 カウンターから店内を見渡すがキドの姿はなかった。


「エイジ、ここにいる人は皆ベヒモスですか?」

「そうみたいだ、とてもそんな感じには見えないけどね」


 梅酒とお通しが運ばれてきた。


「どうもです、今日キドさんは?」

「用事があるって出て行ったから、今日は戻らないかもね」

「そうですか、ところでこれって?」

「ああ、お通し? それ此処じゃタダだから安心して」

「そういうのあるんだ」

「ホントエイジ君は居酒屋とかは行かないんだねー」

「候補生ですし」

「貴重な真面目君だねー、オーガもどうしてそうならなかったのかしら」

「あの、オーガって?」

「うちのお客さん、真面目そうに見えてここ一番の悪人よ」

「へぇ」


 ここのベヒモスの中で一番の悪人。

 そんな人物なら気を付けて接しなければいけないと気を引き締めた瞬間、ダンッと威勢のいい音が後ろのテーブルから響いた。


「なんだ、私がいつ悪人になったって?」

「あら、聞こえちゃった?」

「聞こえる様に言っておいて何を言う、隣座るぞ」

「は、はい」


 真面目そう、というよりはガラが悪く如何にも絡んできそうな女性だった。


「君が、候補生のエイジだっけ?」

「ええまぁ、貴方がオーガさん?」

「さん付けと敬語はいらん、オーガでいい」


 オーガと名乗った女性の肌見えるところにすべて模様はあった。

 おそらくは重度のベヒモス、これまで会ってきた低級達とは比較にはならなそうだった。

 顔に巨大な模様があるのでより一層ガラが悪い。

 それがなければカッコイイという言葉が似合いそうな美人ではあるが。


「なんだ、私に惚れたか」

「違いますよ」

「敬語はいらん」

「いきなりは無理ですって」


 話してみてわかるのは結構めんどくさそうな印象があるという事。


「エイジ君に絡まないの、お客減っちゃうでしょ」

「悪い悪い、今日はキドの奴がいないんでついな」

「キドは貴方のおもちゃじゃないんだから」

「本人は楽しんでそうだしいいだろう別に、それとも妬いてるのか?」

「違います!」

「ほれほれ、顔が紅いぞー?」


 すっかりオーガに遊ばれているのを苦笑しながら見ていた。


「エイジ、今日の目的は情報収集では?」

「そうは言ってもキドさんがいないんじゃ仕方ない」

「そうですか」

「なーにと話してやがる?」

「うわ!」


 オーガに端末を奪われ、問答無用で外部スピーカーに切り替えられた。


「お、ナイトの補助端末じゃないか……、AIを持ち歩くとはいい趣味してるな」

「壊さないでくださいよ?」

「安心しろ、まだ壊さん」

「出来れば壊してほしくないのですが……」


 ナインが反応した事によってオーガの興味はナインにのみ向けられた。


「ほぅ、それなりの表現は出来るのか、自己紹介をしてみろAI」

「ナイトの戦闘補助AI 通称ナインです、エイジのお目付け役でもあります」

「余計な事は言わないでいいぞナイン」

「こいつはユニークだ、どうだ、私に売らないか?」

「全力で断ります」

「二万出そう、どうだ?」

「その金額で食いつくのは小学生までじゃ?」

「ちぃ、なら仕方ない」


 割と落ち込みながら端末を返してきた。


「私の価格はナイトのAIと同額ですが、候補生用のプログラムとして学習機能上限は市販のそれとは違いますので推定値は四百万以上、蓄積データ次第で倍以上に膨れ上がります。購入にも制限があり購入ライセンスを取得するには……」

「そんな事はわかっている、だがケチっただけだ」

「それは冗談ですか?」

「冗談を見抜くとはいいAIだ」

「光栄です」


 なんでちょっと仲良くなりかけているのだろう?

 オーガはそんなに悪人でもないらしい、そうホッとしていたら入り口からキドが帰ってきた。


「お、エイジじゃないか……、オーガもいたのか」

「キドがいないからエイジで遊んでた」

「俺よりナインの方で遊んでた気がする」

「オーガと話せるとは、意外と気に入られたようだなエイジ」

「会って間もないんですけど」

「勘違いするな、仲良くなったのはナインのほうだ」


 キドがナインとは誰だ?という顔していたので端末をキドに渡した。


「こりゃ、珍しい奴だな」

「はじめまして、エイジのお目付け役のナインです」

「城戸源一だ、便利なの持ってるじゃないかエイジ、ナイト扱えるのはマジみたいだな」

「今着てるの候補生服だぞキド」


 普段のままで制服のままだったが、特にやましい事はしていないので問題はない。


「まぁここの連中には候補生だと知れているから今更だがな」

「ところでキドさん、前回の話なんですが……」

「襲撃犯の事だろ?」


 さっきまでの明るい雰囲気とは別にキドは厳しい顔になっていた。


「エイジ、この件は諦めた方がいい」

「そんなにヤバいんですか?」

「俺らのような巻き込まれたベヒモスでもなければ、そこらのチンピラグループでもない……、スポンサー付きのテロ屋だったらどうする?」

「それ、めっちゃやばいんじゃ?」

「ああそうだ、この事件には――」

「キド、それ以上は言うな」

「あ、ああ、そうだな、オーガの言う通りだ」


 それ以上二人は喋らなかった。


「これ以上聞くには、何が必要です?」

「そうだな、何がいると思う?」


 意地悪な人だ、そう感じながらも試されているという事だと感じた。

 オーガはニタニタと意地の悪い笑顔をしながらこちらを見ていた。


「覚悟、とか?」

「馬鹿にしてんのか、そんな気分で変わるようなもんじゃないんだよ」

「エイジ、推測ですが……」

「なんだ?」

「オーガは具体的にどうするか? という事を聞いているのだと思います、感情論ではないと思われます」

「さすがお目付け役、その様子だと答えは知ってるな?」

「あくまで推測ですが、この場では喋るべきではないと判断します」

「なるほど、AIなら余分な事は考えないか、確かにいいお目付け役だ」

「キドさんまで……」


 一体何をしろというんだろう?

 しばらく悩むが、エイジには答えが出ない。


「ま、答えが出ないのは仕方ない、まだそういった事を考える事すらしないだろうからな」

「それはどういう?」

「まだガキって事だ、わかったろ? お前は関わるべきじゃない」


 突き放す割には、オーガはニタニタと笑ったままだった。

 エイジは妙な苛立ちを感じていた、何がそんなに面白いのかと。

 こっちは右腕吹っ飛んで仲間殺されてベヒモスになってまで探しているのに、それでも駄目なのかと。


「なんか言いたそうだな、お子ちゃま候補生?」

「オーガ、あまり煽るな」


 このオーガの顔を見ているだけでなんだか殴りたくなっていた。


「おら、なんか言ってみろよ」

「……るせぇ」

「あん?」


 頭にきた瞬間、右腕一気にベヒモス化した。

 こいつは一発ぶん殴らなきゃいけない、死んだ連中の事を思い出し、アイツ等がどうして死ななきゃいけなかったのか、あんな無作為な殺戮をどうして他人事だと放っていかなきゃいけないのか。

 あの事件は現実で、もうテレビの向こう側の戦争みたいな他人事じゃないと。


「うるせぇんだよ! こっちはわかんねぇから聞いてんだ!」

「おお、怖い怖い」

「答えろ! どうしてアイツ等は殺されなきゃいけなかったんだ!なんであんな事件が起きたんだ!」

「それを聞いてどうする? 正義の味方にでもなりたいのか?」

「そんなんじゃねぇ! もうあんな目に合いたくないだけだ! また知り合いが巻き込まれるかもしれねぇんだからな!」

「で、それを食い止めたいと?」

「ああそうだ! それが出来るならなんだってしてやるよ!」


 オーガの笑顔は不気味さを増した。

 啖呵をきってしまった以上、後戻りをする気にはエイジにはなかった。


「やばい連中なんか知った事か、いいから関わらせろ!」

「だってよ、どうするキド?」

「エイジがそこまでやるっていうなら止めねぇよ、多分……、いや明日には後悔するだろうけどな」

「で、返事はどうなんだオーガ!」

「怒鳴るんじゃないようるさいな」


 そういってオーガはベヒモス化せずにエイジを片腕で持ち上げる。


「なっ!」

「協力してやるって言ってんだ、覚悟しろよ?」


 次の瞬間、エイジは地面に叩きつけられそのまま意識を失った。


「床代とかは後で支払うよ」

「目覚めた瞬間殺されるなよオーガ」

「んなヘマはしないよ、これでアイツ等に好き勝手やらせねぇからさ……、てか、キドがいい奴見つけたってわざわざ報告したんだろーが」

「まぁな、ここまですんなりとは思わなかったが」

「さて運ぶか、楽しみにしてろよナイン」

「何がですかオーガ?」

「君のご主人が変わる瞬間をさ」


 そういってオーガは端末の電源を切った。




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