鬼の薬
ナインはとある場所に連れられてからずっとエイジの様子を見ていた。
「どうしたナイン? エイジが気になるか?」
「はい、あれから随分と時間が経ってしまいました、それでもエイジは目を覚ましません」
「そりゃ仕方ない、作り変えが終わるまではあのままだよ」
「そうは言ってももう二週間です、チハルからの約束も果たせませんでした」
気を失ってからオーガのラボに運ばれ、エイジは問答無用でベヒモスの追加投与が行われた。
しばらくは奇声を上げていたが今は大人しく眠っている。
ラボにはもう一人、別の人物がいた。
あの日向の『主任』だった。
「アンタももう諦めてくんない? エイジがやるって言ったんだからさ」
「それにしても急すぎます、ナインが報告していなければもっと大変でしたからね」
「やっぱナインは優秀だな、エイジには惜しい」
「今はそんな話をしている場合ではない」
「怒るな怒るな、事後処理でアンタに敵う者なんかいないんだから」
「主任、エイジの現在の扱いはどうなっているんですか?」
記録メディアとナインを接続し、ナインは情報を確認していった。
「中村候補生、いや中村君は死亡扱いだ」
「通りで、知人たちのメールがこんなにも多いのですね」
「表向きは事故死、わざわざベヒモスが死ぬように大型トラックを二台も用意して事故を起こさせたんだ、まったく苦労したよ」
「どうしてそんな事を?」
「これから中村君は法律の外の存在となる、今オーガが行っているのはベヒモスの正しい使い方による人間兵器への改造だ」
エイジの心臓には一本の針が通されていた。
それは巨大な点滴に繋がっており容器には『
「あのキメラと書かれた薬物はなんでしょうか?」
「ベヒモスを強化するために作られた薬品でね、ベヒモス化している時に他のベヒモスを吸収し自分の力とするものだよ、嘘みたいな薬だろ?」
キメラはベヒモスを超える薬を研究した時に生まれた副産物。
企業が次々とナイトを強化していくなか、ベヒモスも強化が必要となった。
ナイトが優勢になるのは世界各国のテロ屋や革命家にとって都合が悪い。
ナイトとは違って安価で強力な戦力のベヒモス。
このベヒモスは人間以外の生き物にも効果を発揮する、生命全ての強化薬。
人間以外のベヒモス、キメラを使って生物、物質の特性を取り込みその力を強化する。
しかし今エイジが取り込んでいるのは『機械』だった。
「主任、融合は上手くいってるぞ、これならエイジも喜ぶだろう」
「どうかな、完全に人外だぞこれは」
「ナイトの基礎骨格を小型化したのをベヒモス融合金属によってキメラが反応、こうして人体パワードスーツになったエイジがベヒモスの力を上乗せし、規格外のパワーマシンとなるんだぞ?」
「エイジはパワーマシンではありません、人間です」
「そうだったな、すまない」
「まぁ作ってしまったモノはもう取り返せん、せめて結果を残してくれオーガ」
「当然、ちゃんとエイジに給料も払ってやってくれよ?」
「あたりまえだ、お前じゃないんだからな……、融合金属とキメラ代もちゃんと払えよオーガ」
「今回は分割で、エイジが支払うから仕事沢山くれよ?」
「守銭奴め……中村君が目を覚ましたらまた連絡をくれ」
「わかったよ、八咫烏に今後もよろしくと」
「中村君を巻き込んだ以上、覚悟はしてもらうぞ?」
「主任、何故エイジにこだわるのですか?」
ナインがふと疑問に思った事を口にしていた。
「ホントにAIなのか不思議になる時があるな、まぁ中村君はあの学校で日向のテストパイロット候補に上がっていたのだ、君……ナインも含めてね」
「ナイトの成績だけは良かったですからね」
「いいかオーガ、戦闘データを独り占めするなよ、試作機を渡したのはデータのためなのだからな」
「勿論だ主任、そんな事したら八咫烏に睨まれて仕事にならんよ」
「わかっているならいい」
そういって主任は出て行った。
「オーガ、八咫烏とは何ですか?」
「うちのスポンサーだよ」
「そうですか」
再び、ラボ内は静かになり、エイジを取り巻く機会の音だけが鳴っていた。
エイジが事故で亡くなった。
候補生の全員がその事を信じてはいなかった。
整備科のカザミもそれは感じており、学校全体が妙な空気になっていた。
「まさか、エイジもベヒモスに襲われたんじゃ?」
「でもトラックの事故だって……」
「なんかそれが胡散臭いんだよ」
そんな噂話を避ける様にカザミは早退する。
「ナインでもいいから返事してよ……」
そう願って通話ボタンを押すこと四回目、ナインが通話に出た。
「エイジ!」
「申し訳ありませんチハル、ナインです」
「そっか端末は無事だったんだね、やっぱりエイジは?」
「申し訳ありません、お答えする事は出来ません」
「そう、だよね……仕方ないよね」
「黒猫亭への約束、守れませんでした」
「事故なら仕方ないよ」
「チハル」
「どうしたのナイン?」
「……、チハルは約束を守りたいですか?」
「どういう事?」
「チハルは約束を破りませんか?」
ナインは何が言いたいのだろう?
カザミは混乱しながらも返答を考えた。
「破らないよ、絶対に」
「了解しました、朗報をお待ちください」
「それは一体?」
「お答え出来ません、今は」
「相変わらず、ナインって
「そうしたのはお二人です、でも感謝はしています」
「ありがと、じゃあ待ってるねナイン」
「ではまた」
そう言って通話は切れた。
この時カザミは疑問が確信に変わった。
あの端末は丈夫な物ではない。
大型トラック二台を巻き込んだ事故でナインだけ無事というのはあまりにもおかしい。
それだけではない、あの事故の収束はあまりにも早すぎた。
事故の発覚から解決までの流れ。
現場の混乱が都心部なのに少なすぎる。
ニュースでも殆ど取り上げられない。
あまりにも綺麗に片付きすぎている。
「……朗報、ね」
ナインの嘘は聞いた事がない、必ず何かの報告をしてくれる。
「期待してるよ、エイジ」
そう呟くカザミの顔には、笑顔が戻っていた。
……
更に時間は経過し、気を失ってから三週間後にエイジは目覚めた。
「……、なんかデジャブを感じる」
体全体の拘束具、天井は配管等が丸出しの綺麗とは言えない場所だった。
「オーガ、いないのか?」
「お、目覚めたか」
そう言ってニタニタと笑いながら歩いてきた。
「おはようエイジ、約束通りなんだって出来る身体になった気分はどうだ?」
「なんだよそれ……」
一部の拘束具を外し、上半身を起こしてもらうとその変化は明らかだった。
肌の節々に銀色の部分があり、筋肉の付き具合も変わっている。
右腕の模様も変化し、形を変え体の節々に新たな模様が出来上がっていた。
「ベヒモス化が進んでいる?」
「私程じゃないがね」
両腕に妙な違和感を覚えた。
指を動かしていると感じる、余計な部分まで動いているような違和感。
「どうした?」
「うまく言えないが、なんか骨でも増えたような?」
「よく気づいたな、それは金属だ」
「金属?」
「お前の体に起こった事を説明しようじゃないか、後頭部に触れてみな」
嫌な予感がしながら手を伸ばす。
触り慣れない金属感を感じゾッとし始める。
「このヘッドギアを付けろ」
ナイトのHMDのようなヘッドギア、慎重に装着し後頭部に異物感を感じた。
「何を、した?」
「このヘッドギアとお前の脳を繋げただけだ、気にすんな」
「穴でも開いてるのかよ!」
「その通りだ」
その瞬間、視覚に様々なモニターが表れた。
「な、なんだ?」
「ちゃんと見えているみたいだな、操作できるか?」
「操作って言われても……」
指で触れようとしてもモニターにはどうやっても触れられない。
代わりに考えただけでモニターが反応を起こした。
「脳に接続って、こういう事かよ」
「今お前の網膜にヘッドギアから映像を流している」
それを聞いて以前習ったことを思い出す、新たなナイトには遠隔操作が出来る様に新たな技術が用いられると。
乗り込む際もパイロットをより守れるように足と腕以外を完全に固定し、モニターという概念を無くす、その一つが網膜投影というパイロットの目に映像を映す技術だ。
オービットを使用し、普段から慣れていたエイジだが思考だけで操作するのは難しい。
「慣れないな」
「おはようございますエイジ」
視界にナインのアバターが飛び回っていた。
「おはようナイン」
「エイジの体に起こった事はココに情報化してあります」
ナインのアバターが視界に新たなウインドウを表示させた 。
強化の過程、人体強化、試作型ナイトに合わせたシステムの埋め込み、そして今のエイジの立場。
それらすべて情報としてエイジの頭に流れ込んでくる。
「……」
「感想はどうだエイジ?」
「確かに、覚悟とかそういう話じゃねぇんだなこのやろう」
「理解できたか?」
「嫌と言うほどね、まさか死亡扱いとはな」
やっぱりコイツをぶん殴ってやろうかとも考えるが、恐ろしいまでに今の体は馴染んでいた。
ベヒモスとは人間を作り変えるとは聞いていたが融合まで出来るとは驚きだ。
「ここまでやって何も教えないって事はないんだろ?」
「もちろん、仕事の話に移ろうか相棒」
「相棒?」
「ああ、私と君でだ」
「勘弁してくれよオーガ、アンタと仲良くする気はねーよ」
「その必要はない、ただのビジネスパートナーというだけだ、私が仕事を請け負い君がそれを行う、そしてそれが君の目的に繋がる」
「最終目標は?」
「日本からベヒモス系テロ組織を追放する、どうだ?」
「乗った、それなら確かにやる気は出るな」
「ベヒモスを狩る仕事も多いぞ?」
「それが殆どじゃないのかよ」
「その通りだ」
エイジの拘束具がすべて外れ、ゆっくりと起き上がる。
軽く体を動かして見れば驚くほど体は軽く感じる。
ヘッドギアを外して網膜投影を解除し、任意でベヒモス化が出来るのかを試すと、驚くほど簡単になれた。
今までの不完全なモノではなく、完璧なベヒモス。
骨が巨大化したような今までと違い、全身が漆黒の異形。
不気味なもんだと、軽くぼやいていた。
「オーガ、さっそく試したいんだが仕事はないのか?」
「やる気あるな……、待ってな、主任に聞いてみる」
「主任って、あの日向の?」
「そうだ、我々の請負先でもある」
以前主任が言っていた知り合いとは依頼先という意味だったのだろうかと考えるが答えは出ない、色々と規格外の出来事が重なりすぎて考えることは一旦休む事にしていた。
「今までの全部なくなるって実感わかないな」
「そんな体験をするのは死んでからだろう?」
「確かに」
ベヒモスのまま体を動かし続ける、機材のモニターに映った顔を見た時、人の顔とはかけ離れた見た目だった。
「ゲームのモンスターみたいだな、以外にまともな見た目じゃないか」
「下種な下級共と一緒にするな、完全にベヒモスとなれば見た目は保証できる」
「ブサイクじゃなくてよかったよ」
「同意します」
その発言にはエイジとオーガ両方共驚いていた。
「AIが美意識を?」
「ナイン、俺が寝ている間何が起きたんだ?」
「お二人とも酷いです、私はどのような見た目が忌み嫌われ、好まれる者の姿をデータ化し、総合的に判断しただけです、自分のマスターが嫌われる見た目なのは嫌です」
「なるほ、ど?」
「面白い奴だ、エイジには勿体ない」
「光栄ですが、私はエイジ以外をサポートする気はありません」
「何故?」
「彼をマスター登録しているからです」
それを聞いてエイジは少しガッカリするが持ち直す。
「オーガ、なんか訓練できそうな場所とかはないのか?」
「この部屋の奥が実験場だ、好きに暴れてみろ」
「そうさせてもらう」
「ああ、待て待て」
「なんだ?」
オーガは近づくと何かを後頭部に差し込んだ。
ベヒモス状態でも穴あいてるのかよ苦笑しながら網膜投影が始まる。
「ヘッドギア以外はこれを常に差し込んでろ、ナインといくら離れても問題はない」
「そりゃ便利、ところでヘッドギア無しで網膜投影出来るのはなんでだ?」
「お前の体に埋め込んであるからな、通常では効果はないが」
「……、ホント好き勝手に弄ったんだなこのやろう」
「感謝していいぞ?」
「へいへい」
エイジの視界の中をナインは好き勝手に動き回る。
「そういやナイン、要望は決まったか?」
「まだです、決まり次第お伝えします」
「わかった」
実験場に着くとナインが色々な項目を提示してくれた。
「現在エイジの体内にはPMSが存在します、エイジの言葉でいうならもう一つの骨です」
「ああ」
「それと網膜投影を組み合わせれば疑似戦闘を行う事が出来ます、ナイトのシミュレーターと同じものだと思ってください」
その瞬間、無機質な空間が青空広がる仮戦場へと変化した。
錆びた匂いはそのままだが風のようなモノを感じる事が出来る。
「衝撃や感触を疑似体験出来るのか?」
「はい、私を通じて体内のダメージ再現も可能です」
「色々、出来そうだな」
「そんな感想しか湧かないエイジに落胆を感じます」
「実感湧かないんだから仕方ないだろ?」
「では体験しましょう、敵下級ベヒモス三体出現します、全て倒してください」
目の前に三体のベヒモスが現れ、エイジに殴りかかってくる。
ナイトの操作ような感覚で走り出そうとすれば思ったよりも速度がでて転びそうになる。
「慣れない体だな!」
「慣れてください」
辛うじて三体の攻撃を凌ぐ、腕や体を殴られても特に痛みは感じなかった。
「あれ?」
「貴方の体は、いまはこのようなダメージしかありません」
乱暴にベヒモスを殴りつけてみれば弾け飛び、手には殴った感触が残る。
予想以上の肉体に顔のニヤつきが止まらなかった。
続けて二体も殴り飛ばす。
あまりの呆気なさに拍子抜けだった。
「まずは体をちゃんと慣らさないとな……」
「疑似フィールド解除、オーガより通信です」
「了解」
マジで機械埋め込まれたんだなと改めて実感しながら通信に出る。
「慣らしには丁度いい仕事が来たぞエイジ、そこで待ってな」
「よしきた」
訓練場の天井が動き出す、完全に広がると同時に星空が広がり、夜の闇から降りて来たのは日向のナイト運搬ヘリだった。
「やぁ中村君、随分と見違えたね」
「主任!」
「話はヘリの中で、初仕事だ」
「わかりました」
主任と共にナイトの格納入り口からベヒモスのままで乗り込む。
中には二機のナイトが格納されておりパイロット達もそこにいた。
「郊外で暴れまわっているベヒモスがいる、今回はその鎮圧だ」
「住民は?」
「既に避難している、彼らは我々と戦う事が目的だからな」
「なんですそれ?」
「定期的にそうやってナイトを痛めつけたり、扱いづらくなったベヒモスに適当に戦って死ねという命令もしてるんだよ」
「……」
「彼らの事情はどうあれ被害者も出ている、後はわかるね?」
「わかりました、やります」
「宜しい、この二機は万が一の援護だ、必要はないかもしれないけど」
「まぁ、やるだけやってみますよ」
ナイトのパイロット達の方を見れば愛想よく手を振ってくれた。
こちらも何かしようとはするが、ヘリの壁にぶつけそうなので渋々やめる。
「ナインです、感度はどうですか?」
「よく聞こえる」
「そろそろ目的地付近です、主任、エイジを投下してください」
「「投下?」」
二人で声を上げるが、主任はすぐに格納庫側のハッチを開いた。
「え、この高さからですか?」
「いけます」
「いけるって言っても、え?」
「いけます」
「ま、まだ慣れてないし」
「早くいってください」
「わかったよ! 飛び降りればいいんだろ!」
ナインに急かされながら飛び降りる姿はモンスターな見た目と反して人間のようだった。
意を決し、街灯が輝く街の中へ飛び降りる。
「家には落ちないようにしてください」
「無茶言うなよ!」
そういいながらも家は避け、無事に道路に飛び降りた。
コンクリは割れ、衝撃の余波は思ったよりも広がったが被害は今のところ道路だけである。
「……、何とかなるもんだね」
「着地動作は私がしましたが」
「ありがとよナイン、慣れるまではよろしく頼む」
「はい、敵ベヒモス前方に出現」
「あいよ」
ベヒモス二体は何が降ってきたのか把握できてはいなかった。
爆音と共に降ってきた物体を確認しようとしたベヒモスは、エイジの鉄拳によって五メートル吹き飛んでいた。
「な、なんだぁ?」
殴ってきた物体を確認しようとすればその場にはもう姿はなく、吹っ飛んだベヒモスの死角である真上に跳躍していた。
そのまま叩き潰され一体目のベヒモスは活動を停止する。
「ベヒモスぅ?ナイトじゃないのかぁ?」
手に付着した血を払いながら悠然と近づいていく。
「上位ベヒモスがどうしてぇ?」
エイジは答えない、ビビるベヒモスの頭を掴みそのまま道路に埋め込むように叩きつけた。
そのままめり込み、こちらも活動を停止する。
「あんなに苦労したのが嘘みたいだな」
「これが本来のベヒモスの力なのでしょうか?」
「さぁな、その辺はオーガにでも聞いてみようじゃないか」
「わかりました」
ヘリの中でパイロットや主任が言葉を無くしていた。
「ここまでとは……」
「主任、彼は一体?」
「あの守銭奴、オーガの作品さ、これまでで最も価値があるね」
その後エイジは回収され、ベヒモスの鎮圧は何事もなく完了した。
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