白い鴉

 講習も訓練も終わり自宅に帰ろうとした時だった。


「エイジ、以前頼まれたモノですが」

「へるおあへぶん!の事?」

「はい、ニュースサイトの調査結果です」


 律儀にまとめてくれたデータをエイジは閲覧していく。

 規模が大きくなっているサイトのURLを辿り実際に見てみても雑談掲示板、リアルタイムチャットが中心。

 運営側のブログにも特に変わった内容はなかった。


「やっぱハズレかな?」

「そうとも言い切れませんエイジ、他の大手情報サイトとの比較を出します」

「比較?」


 比較には、ニュースの信憑性や掲載日時、どんなライターがいるか等、様々乗っていた。

 へるおあへぶん!の特徴は、海外のニュースが他よりも多い事、雑談、態々取り上げるほどの事なのかと気にも留めない平和な記事。

 ローカルな内容も多く、他の大手では掲載されていないニュースが多い事。

 そして、そういうモノに限って情報ニュースソースがあやふやである事。


「なんか、ちょっと怪しいけど明るい記事が多くていいなこれ」

「実際にそのニュース、事件があったのか確認する人もそれなりにいるそうで、地域の小さな発展に貢献する事もあるそうです。」


 例えばちょっと小脇に逸れれば美味しい店がある、ここの自治体はボランティア活動でこんな事をしている。

 確かに調べれば簡単に出る事だが、調べるキッカケを作る場所にはなっていた。

 脚色もいい方向に書かれている、政治色の少ないサイトのせいか、愛読者も多いのだろう。


「エイジ」

「どうした?」

「仮に事件の関係者に会えたとして、その先はどうするのですか?」

「き、決まってるさ、証拠でも掴んで警察にでも送り付けるさ」

「いくら貴方がベヒモスとはいえ中途半端な個体です、まともに戦っても殺されてしまいます」


 中途半端というのはよくわかっていた。

 身体能力は上がっているといっても生粋のベヒモス連中からすれば赤子と同じである。

 その為のナイト、候補生なのだ。


「わかってる、やり返したい気持ちあれど敵わないのはわかってるさ」

「実行犯は既に死んでいます、お忘れなきように」


 エイジの視界オービットに映った、ナインにピックアップされたニュースは一見大したことがないように思えた。

 場所は秋葉原、その中心部ではなく人通りが少ない場所で周りから隠れるように佇んでいる居酒屋の紹介記事だった。

 客層の柄が悪く一見様お断りに見えて実はすごく愛想のいいお店だという、本当にどうでもいい記事。

 何故ナインはピックアップしたのか、その理由は写真だった。

 同時に表示された画像は個人がアップロードしたモノだが、片隅に写る人全てに入れ墨があった。

 ただの入れ墨ではない、規則性もないような、絵でもない入れ墨。

 エイジの肌に出てきたベヒモスの特徴でもあった。

 ナインが取り上げた記事は、『ベヒモスのコミュニティ』である可能性があったのだ。

 何も無ければそれでよし、問題があれば対処するだけと、右腕に異常な力を感じるがエイジはそれを止めようとはしなかった。

 例え敵わなくても一発殴る、いや殺すまでは気が収まらないと……、エイジの心は復讐心で一杯だったのだ。

 家に帰り私服に着替えつつ、主任から渡された通信機とオービットを机の上に置いた。


「お出かけですかエイジ?」

「ああ、ちょっと自販機までな」

「……お気をつけて」

「すぐ戻ってくるって、じゃあ行ってくる」


 時刻は午後七時、夜というには少々早いが電車で向かえば秋葉原まで三十分、そこからは歩いてみなければわからない。

 例えナインにバレていたとしても演技はしなくてはいけない。

 財布以外は持っていかず、自販機に飲み物を買ってくるという建前で家から出なくてはならない。


「あんまり遅いとまた主任に捕まるなこりゃ」


 急ぎ足で現場に向かうためにもエイジは走り出す、以前だったら疲れてすぐ嫌になる体だったが今は息も切れずに駅までたどり着く事が出来た。

 そこから電車に乗り込り秋葉原へ。

 目的日向かう途中、コンビニでエイリアンを購入しておいた。

 再びベヒモスと戦うのなら必須になる。

 あの力を制御する気はなく暴れまわるつもりなのだから。

禁則事項破りまくりだなと、一人呟くが後悔はない。

 周辺の建物を念入り確認し、目的の路地に入る。

 たとえ誰か居ても、サイトを見て来たと誤魔化せばなんとかなるだろう路地を歩いていく。

 街灯もなく、手探りで歩いていくと妙に明るい所に出た。

 情報通りの、妙に怖い人達が騒いでいる居酒屋があるだけだ。


「絡まれたら嫌にもなるな……でもあいつ等もしかして?」


 影から様子を伺ってもよくわからない、仮に全員ベヒモスなら戦いを挑んだ所で勝ち目はない。

 服の袖をまくり上げ腕の模様を見える様にする。

 ベヒモスならこれで気付くはずだ。

 珍しい模様で、客の姿にも入れ墨のような模様が何人か見えた。

 間違いないと近づくほどに確信へと変わっていく、彼らはベヒモスであると。


「ん?」


 当然、場違いそうなエイジが近づけば視線が集まる。

 誰だコイツ?と、そんな声が聞こえておっかなびっくり中に入ろうとした時だった。


「ちょいにーちゃん、待ちなよ」

「な、何でしょう?」


 エイジは腕の模様を見せつける様に右手で頬を掻いた。


「……、わかっててここに来たのか?」

「というと?」

「こういう事だよ」


 呼び止めた人相の悪いおっさんの首元に模様があった。


「ネットで噂みたいなの見つけたんです、こういう人が集まってるって」


 腕を見ながら答える、ベヒモス化したとは言わないがここの人達の大半がそうだと思えた。


「詳しくは中で聞くか」

「わかりました」


 中は普通の居酒屋と何も変わってないように思えた。

 少し広いくらいで、酔っ払って騒いでる客も、静かに飲んでいる客も見え少し安心しはじめていた。

 カウンターに案内されメニューを渡される。


「居酒屋『白鴉シロカラス』へようこそ、注文はどうなさいます?」


 カウンターの向こうから元気のいいお姉さんの声が響いた。

 顔を上げてみれば左手に模様が見え、この人もベヒモス化しているのがわかった。


「えっと、じゃあ……梅酒で」

「俺はビールだ」


 いきなり殺されるような雰囲気ではなく、周りの人達もわいわいとやっていた。


「さてよ、とりあえずにーちゃんがどうしてそうなったのか聞かせてくれないか?」

「この腕、ですよね?」

「ああ、見た所不良でもなく生真面目っぽいにーちゃんがどうしてそうなっちまったのか、な?」

「ベヒモスによる駅襲撃事件を聞いた事は?」

「もちろん、最近の事件だしな」

「その時にベヒモス化しました、公には出来ませんけど」

「あの事件の何処にベヒモス化する要素がある?」

「それ……、出来れば広めて欲しくない話なんですけど」

「だろうな、まぁ話してみろよ」


 人相は悪いが決して悪人ではない様な、そんなおっさんが真面目な顔でエイジを見ていた。

 なんとなく信用は出来そうと、事件の話を全てしていた。

 盾にされ、ナイトに撃たれ、ベヒモスになって一命を取り留めた事。

 襲撃犯について調べている事も、うっかり喋っていた。


「なるほどな、つまりお前は復讐したいと?」

「したくないとは言えないですね……、何であんなことをしたのか、理由だけでも知りたいですよ」


 お待たせしましたーと、話の区切りを待っていたかの様に酒が運ばれてきた。


「そういやまだ言ってなかった、俺は城戸源一キドゲンイチ、シロカラスのまとめ役みたいな事をしている」

「中村英二です、一応候補生です」

「わかったわかった、一先ず俺達の事を告げ口しにきた奴じゃないみたいだしな、歓迎するぞ」

「ありがとうございます」


 軽く乾杯して一口飲む。


「どうやら酒は苦手らしいな」

「飲み慣れてませんし、初心者は梅酒がいいって知り合いから教わったんですけど」

「なら水割りって付け加えとくんだな」

「そうします」


 その様子に店員のお姉さんは水を置いてくれた。

 キドはグイッとグラスの半分までビールを飲みこむ。


「災難だったな」

「……」

「睨むな、ここにいる連中はお前同様、被害者が多いんだ」


 ほんとかよ、そう言いかけてエイジは止まった。

 当たりを見渡せばガラの悪い連中だ。


「騙されてベヒモス化する奴らが多いんだ、そこから今までの場所に居られなくなることが多い……、それで犯罪に手を染める連中が増えてくるわけだ」

「その辺は理解に苦しむんですけど?」

「候補生なれるにーちゃんはそうだろうけどな、世の中常識から外れた連中のほうが多いだろうよ」

「……ですね、そうじゃなきゃこんな目に合いませんし」

「アンタみたいに生き延びる為にベヒモスになるような連中は少ないさ、候補生って立派なことやってるんだからな」


 エイジの立場は簡単になれるモノではない。

 日向という巨大な企業の力は大きく、並みの学力や身体能力ではこの専門学校に入ることすら許さないエリート思考。

 エイジも入学するのに苦労している、それをドブに捨てるような考えではそもそも入学すらしていないだろう。


「でも、なってみると居心地悪いっすよ、候補生って」

「なる前からわかってた事じゃないのか?」

「ロボが好きなだけで候補生なったんで、深く考えてなかったんですよ」

「ガキだなぁ……話が逸れちまった、襲撃犯の事を調べたいって事でいいのか?」

「はい、わかり次第乗り込もうかと」

「勝てねぇぞ?」

「でしょうね」

「まぁいいや、エイジだっけ? いつでもここに来るといい……もし絡まれたら俺の名前だせば問題ねぇ、俺の名前知ってるかどうかで他所モンかどうか決めてるからよ」

「結構、雑ですね」

「複雑だとめんどくせぇだろ?」

「そう、ですね」


 キドが立ち上がり、当たりの客を振り向かせるようにカウンターを叩いた。


「おうお前ら、今日からここに来るようになったエイジだ! 覚えとけよ!」

「えっ!」


 周りの客が一斉に振り向き歓迎の言葉を送ってくれた。

 確かに、ガラは悪いが悪人ではないようでエイジは少し安心すると同時に立ち上がる。


「これから宜しくお願いします!」


 場違いに丁寧な挨拶だったが快く返事が返ってくるばかり。

 キドに襲撃犯の事を調べてもらう事以外でもここに来てもいいかもしれない、そう感じたエイジだった。



……



 勢いに任せて酒を飲んでしまったエイジは自宅前で吐きそうになっていた。

 無駄だと思われたエイリアンも酒で割ればいいとか訳の分からない事になり結局飲んだが薄めたせいか効果という効果もなかった。

 むしろ飲んだおかげで酔いが回らなかった。

 そして自宅前で効果が切れて酷い事になっているのであった。


「気持ちわりぃ……」


 ナインに怒られるな、そんな気分で自宅の鍵を開け中にはいると主任がゆっくりとコーヒーを飲みながら雑誌を読んでいた。


「ずいぶん遠い自販機だね中村候補生?」

「……、やっぱいますよね」

「お帰りなさいエイジ」

「ただいま」


 事情を説明したいが頭が痛い、とりあえず洗面台で顔を洗い主任の前に座った。


「えっと、説明しても?」

「はい、違反理由を聞きましょうか」

「通信機を置いていったのは、帰ってこれないと思ったからです」

「続けて」

「あくまで噂とかでしたけど、ベヒモスがいそうな場所見つけたんです、襲撃犯の事とか諦めきれなかったんでそのまま特攻するつもりだったんですよ」


 そしてベヒモスは居た、だがそれはキドさんの言う被害者達。

 その彼らと仲良くなり襲撃犯の事を調べてくれると約束もしてくれた。


「なるほど、確かに通信機は置いて行きましたが暴力行為やベヒモス化して戦った等はなかったわけですね」

「はい」

「まぁ知ってましたけどね」


 それを聞いて思いっきりエイジはガクッときた。


「知ってなかったらここでゆったり待っているわけないでしょう?」

「……そうですね」


 以前エイリアンを飲んだ時にいた特殊部隊の姿も見えない。


「ちなみにどうやって?」

「まぁ優秀な知り合いからの報告ですね、誰とは言いませんが」


 さて、そう言って主任はコーヒーを飲みほした。

 そのままエイジに置いて行った通信機を手渡し立ち上がる。


「シロカラスは私の知り合いもいます、通信機は着けて行っても問題はないですよ、もしあの場所で暴れても中村候補生では勝てませんからね」


 そう言い残し、主任は出て行った。


「……、ま、勝てないよねー」

「エイジ、体調はどうですか?」

「酒のせいで最悪」

「懲りましたか?」

「……、懲りたよ、今回は運が良かっただけってね」


 まだ痛む頭を押さえながら今日の事を考えていた。

 シロカラスの事、へるおあへぶん!の事。


「なんで、シロカラスの場所がニュースに?」

「あのサイトには、他にもベヒモス達の集まっている場所が紹介されているのかもしれません」

「かもな、でも……シロカラスの場所だけで十分そうだ」


 必ず友好的なベヒモスがいるとは限らない。


「ナイン、主任って何者なんだろうな?」

「以前説明があったような技術者以外の事も沢山しているようでしたね」

「ああ、日向エレクトロニックの社員ってだけとは思えないんだよ」

「日本でのナイト所有台数は日向がトップです、民間軍事会社を名乗ってはいませんがMRC.には所属しています」

「……結局は噂通り戦争屋なのかな」


 MRCと呼ばれるPMC《傭兵》や軍事企業連を取りまとめたこの組織は現代の戦争をコントロール出来る組織だ。

 戦争に負けそうになっている国等に支援し、長引かせる事を目的としていると噂され、国連でも問題視されてはいるがどうしようもないほど巨大な組織となったMRCには何も出来ない。

 エイジがナインに説明された事を思い出してはみたが候補生程度が何か出来る訳でもなく、エイジは深くため息をつく。


「とりあえずシャワーでも浴びてくるよ」

「わかりました、外出中にメッセージが来ていたのでそちらも確認してください」

「わかった」


 シャワーの後、確認したメッセージには文字化けしたよくわからないモノが届いておりエイジはそれを消去してそのまま端末を閉じるのだった。


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