今の自分


 次の日、身支度を整えオーガの元に向かうと昨日から時間が止まったように何も変わっていなかった。


「オーガ、昨日からずっとその場所で作業を?」

「いつもの事だ……、そうか、朝になってたのか」


 眠そうな素振りはなく、何事もなかったように作業を再開していた。


「そういや、今日訓練とかは?」

「今日はやめておけ、一応体の経過を観察する事になっている」

「じゃあ何してればいいんだ?」

「好きにしろ」

「……、了解」


 一先ず主任にメッセージの件で連絡を入れてみようとコールした途端、すぐに繋がった。


「あ、おはようございます主任、今大丈夫ですか?」

「おはよう中村君、三十分くらいなら問題ありませんよ」

「昨日のメールについてなんですが……」

「ああ、外出ですね?」

「アタリです」

「それなら今日の昼までには色々手続き等をまとめた書類が届くはずなので待っていてください」

「わかりました、後……」

「なんでしょう?」

「親父とか、どうしてるかわかります?」

「ご家族の件ですか、既に住居の引き払いといった手続き、日向の手回しもあって葬儀も早めに出来ましたし……」

「え、遺骨とかは?」

「ああ、作りました」

「作った、え?」

「候補生の皆さんは身体データが事細かく記録されているので、楽でしたよ」

「なんていうか、凄いっすね」

「ご家族の様子でしたね、私はいけなかったので代わりに行った日向の社員の話なら記録してますよ」

「聞かせてもらえませんか?」


 葬儀中の家族や親族連中は、事故死という事実に悲しんでいたとの事だった。

 候補生としての評価は高い事を知っていた両親は落胆し妹に限っては泣くのを堪えて参列していたとの事だった。

 評価が上がったのはベヒモス化した後だが、情報は思ったよりも家族に伝わっていたらしい。


「妹さんいたんですね」

「ええまぁ、結構ドジなんで心配ですけど……」

「巻き込んだ、というのもあり掛かった学費等はあの手この手で返却に成功してますのでその辺はご心配なく」

「サラッと怖いこと言いますね」

「あの程度の金額、貴方の今後の活躍への投資と考えればお安いものです」


 昨日のベヒモス戦を思い出す、確かに身一つでベヒモスを抑えられるならナイトの運用費をチャラに出来る。

 運搬ヘリの燃料も結構な費用になる。

 修理費や弾薬費が掛からないエイジへの投資となれば納得だった。

 同時にこれだけお金が掛かっているという事実で、金を掛けた意味がなければ廃棄される運命でもある。


「……最善を尽くします」

「そう硬くなる必要はないですけどね……、ああ外出の件ですが」

「どうしました?」

「知り合いと接触した場合ですが……」

「違うって言い切ればいいんですよね?」

「接触しない事が一番ですけどね、それに貴方はもう日本にはいない事になってますので同姓同名のそっくりさん扱いです」

「ぶっちゃけバレても同一人物だと証明出来ないって事ですか?」

「まぁそうなります、キメラ化した時にもう記憶以外は別人になってますからね……ちょっとの違和感で限りなく元の人間に近い状態なのはオーガのおかげといった感じですか」

「まぁ接触しちゃっても口封じとかないのは助かりますね」

「中村君、貴方が八咫烏等の事を喋ったら殺傷対象になるので注意してくださいね」

「了解です」

「ではこの辺で、詳しい事は書類を見てください」

「ありがとうございました」


 主任との通話を切り、ナインを起動した。


「おはようございますエイジ」

「おはようナイン、今日の午前中は暇になっちまった」

「そうですか、そういえばエイジ」

「何だ?」

「外付けのデータには何を保存していました?」

「画像データとか映像だな、ナイトの演習データも入れてたっけ」


 一部はナイトの外部カメラからの訓練記録、仮想訓練時の第三者視点映像やリプレイ。

 画像データは男子特有のアレ等。


「一応パスはかけてるから家族とかに見られる心配は無いと思うけどな」

「そうですね」

「なんだナイン、何か問題でもあったか?」

「必要なら入手出来ないものかと……」

「今となっては必要ないかな、ナイト乗るかわかんねぇし」

「了解しました、パソコンの件ですが」

「ああ、オーガのジャンク漁るんだっけ?」

「その予定でしたが……、オーガ?」


 ナインが呼びかけると同時にオーガはぶつぶつと考え事をしながら自室に入っていった。


「聞こえてたのか?」

「おそらく」


 しばらく待っていると乱雑に段ボールに詰まったパーツが現れた。


「好きに使え」

「……よく底が抜けないなこの段ボール」

「ああ、底に一枚の板が入っててな、底以外を持てば抜けるから注意しとけ」

「どうも、じゃあ早速見てみるか……」


 オービットを装着してナインの情報を見やすいように視界に配置して作業に取り掛かった。

 パソコンは何度か組んでいたおかげかどの部分のパーツなのかはすぐに分かった。

 ケースも余っているとの事なので使わせてもらう事にし、ジャンクを漁っていく。


「オーガ、これ本当にジャンクなのかよ?」

「ジャンクだ、新製品等が出る度に買うのはいいんだが結局使わんのでな」

「なんでだ?」

「買って満足するからな」

「勿体ねぇな」


 しかしエイジにとっては高いモノをタダで組み込めるので嬉しい限りと贅沢に選んでいける。


「ケースどれにしようかな……」


 考えながら作業しいたせいかあっという間に時間は過ぎていた。

 パーツと格闘する事二時間、そうしている間に主任の言っていた書類が届いた。

 中身は現在の身分証明書、立場は日向のテストパイロットの扱いになっていた。

 いつの間にか用意してある顔写真に苦笑いしつつIDカード等を取り出していく。

 書類と一緒にカードホルダーや財布、バッグ等も支給され正に致せり尽くせりだ。

 書類には通販の際に用意されたアカウントを使用する事にもなっており主任の徹底ぶりには驚かされていた。


「……、このIDカードで出入りするのか」

「なんだエイジ、外に行くのか?」

「身の回りのモノ買いにね、この書類の住所に送ればここに来る仕組みらしいし……」

「じゃあ帰りにこれも頼む」


 ナインの端末にデータが送られてきた。

 そこには秋の美味しい物キャンペーンと大きく書かれたチラシのデータ。


「なんだこれ……って菓子かよ!」

「昨日出た新作があるらしくてな、頼んだぞ」


 なんだその学生みたいな感覚は!とツッコミなりそうになるが堪える。

 オーガの機嫌一つで環境が悪化するかもしれない状況に適応するにはある程度の我慢も必要と考えたのだ。


「まぁ、このくらいならいいか……じゃあ行ってくる、パソコンは帰ってからだな」


 オーガは作業中なのか手をひらひらと振るだけだった。

 ベヒモス特有の模様が以前よりも大きくなっているのでその部分を包帯で隠し、エイジは外に向かうのだった。



……



 エレベーターに乗って地上に向かうと、工事現場の中に出ていた。

 その工事現場は日向の敷地内であり、先日利用した訓練場の天井部分だと思われる場所もあった。


「偽装してんのかな……」


 工事の割には作業員もおらず、いるのは警備員のみ。

 エイジがIDカードを見せるとそのまま正門へ案内してくれるのだった。

 ナインのナビを起動し、そのまま近くの駅に徒歩で向かう。


「さて、どうしようかな」

「衣類を買うのでは?」

「さっき見た書類の通販で買うからいいや、まずは飯でも食おう」


 マップを見ればどこか見慣れた地形。


「あ、ここ黒猫亭に近いのか」


 これは運がいいと、近くのコンビニで適当な金額を下ろし黒猫亭へと目的地を変える。


「上機嫌ですねエイジ」

「そうか?」

「歩く速度も早いです」

「そりゃこの体だからだろ?」

「そうでしたね」


 などと傍から見れば独り言にしか見えない状態で歩き続け、黒猫亭に辿りついていた。

 店内は前回よりも混んでおらず、前回と同じものを頼んでいた。


「チハルと来れれば良かったのですが……」

「まぁ、仕方ないさ」

「もしかしたらチハルが来るかもしれないですね」

「雰囲気変わったし、制服も来てないから気付かんだろ」

「気付く人は気付くかもしれません」


 頼んだ物が運ばれてきて、エイジは一先ず食べる事にした。

 やはり美味いと、一心不乱に食べていると近くを誰かが通りかかった。


「あれ、もしかしてエイジ君?」

「ん?」


 顔を上げて見ればそこにはアヤが立っていた。

 以前と変わらず猫耳帽子にエイジは思わず「久しぶり」と返事を返していた。

返事をしてしまった、なんて後悔しても遅くアヤと再び相席状態になってしまった。


「やっぱエイジ君か、別人に話しかけたかと一瞬焦ったよー」

「一回しか会ってないのによく覚えてたね」

「記憶力には自信があるのだよエイジ君」

「そうかい」


 バレたのは完全に返事をしたエイジのせいだが諦めてハンバーガーを食べる。

 しかし何故か焦りを感じるどころか妙な安心感があった。

 アヤからは何かを感じる、自然と目が包帯の方を見ていた。

 あれから時間が経ってもアヤの包帯はそのままだった。


「なんか雰囲気変わった? 制服着てないだけで結構荒々しくなったというかヤンキーっぽいというか」

「そんなにガラ悪くはないだろ?」

「いやー、なんか顔つき違う感じがー、なんか事故とか? 包帯見えるし」

「……、まぁ事故っちゃ事故だな」

「ふーん」


 アヤはコーラとハンバーガーを頼んでいた。

 今日は少なめで頼むらしい。


「もしかしてエイジ君、今日暇?」

「だな」

「この後どっか行く?」

「アヤも暇なのか?」

「今日はお仕事ないからねー、なのでエイジ君をナンパしてみたんだけどダメかな?」


 サラッと上目遣いで聞いて不覚にもエイジは可愛いと目を背けていた。

 自分でもなんでこんなに動揺するのかわからず、妙に照れてしまう。


「……からかってる?」

「酷いねエイジ君は、女性からのお誘いを断るの?」

「そういうんじゃないけどさ……、いいのかよ俺で?」

「もう、ハッキリ言わなきゃダメ?」


 なんでこんなに好意持たれているのかエイジには不思議で仕方なかった。

 何かしただろうか?

 それともやはりからかわれているのだろうか?


「わかった、俺で良ければ一緒に暇つぶしといこうじゃないか」

「そうこなくっちゃ」


 アヤの笑顔は演技には見えなかった。

 知り合って二度目でここまで仲良くなれるのかと、勘違いしそうになる。

 アヤの注文した物がテーブルに置かれ、エイジはポテトを頬張りつつ様子を見ていた。

 随分前の仕返しにと、エイジはポテトを掴み無言でアヤの前に差し出していた。


「食べるか?」


 さて、どんな反応をするのだろうか?

 ちょっと期待しつつ目の前でポテトを揺らしていた時だった。


「……いいの?」

「ああ、ここの多いからな」


 そう言った瞬間、ポテトを掴んでいた指ごと口に入れられ思わずポテトを離していた。


「何してんだ!」

「指ごと頂こうかと」

「びっくりするだろうが!」


 内心焦りつつ再びポテトを摘み食べる。

 普段の癖でつい自分の指先を舐めて後にハッとなるが既に遅い。


「関節キスになるのかな今の?」

「……さぁな」


 紙ナプキンで今更指を吹きつつ、エイジの顔はすっかり紅くなっていた。


「……マジで勘違いしそうなるんだが」

「実は私も」

「え?」

「えへへ……」


 食べる手を止め、二人で顔が真っ赤に染まっていた。


「まだ会って二回目だぞ?」

「だ、だよねー、不思議だよねー」


 お互いに照れているが嫌なわけではない。

 慣れない感情にエイジは戸惑いながらも残ったハンバーガーを食べる。


「やっぱ美味しいよな、ここ……」

「そだね……」


 妙な空気でロクな会話が出来ない時だった。


「エイジ」

「うわぁ!」


 ナインに呼ばれ驚きながら端末を見る。


「急に喋るな驚くだろうが」

「あれ、ナインだっけ?」

「ああ」


 端末をテーブルに置き、カメラをアヤの方へ。


「お久しぶりですアヤ」

「おひさー、どうかしたのナイン?」

「実はエイジに連絡が入ってまして、急いで戻って来いと」

「急用か?」

「はい」


 急用となればベヒモス関連だと判断し、残り少なくなったポテトを食べてしまう。


「ったくタイミング悪いってんだよこのやろう、そういう訳ですまない」

「いいよ、なんかヤバいみたいだし」

「今度誘ってもいいなら連絡先教えるがどうする?」

「……じゃあもらおうかな?」

「嬉しそうですねアヤ」

「そ、そう見える?」


 照れながら二人共連絡先を交換していた。

 お勘定を済ませエイジが店の外に出ると車が止まっていた。

 日向の社員だろうかと見ていると窓を開けて手招きをしていた。


「中村さん、急いで」

「え、あ、はい!」


 どうやらその通りでオーガのラボに向けて車は走り出した。


「任務ですか?」

「はい、本来でしたらナイトで対処するのですが少々トラブルが発生しまして準備をするより中村さんを使った方が早いと判断されました」

「人使いが荒いですね」

「訓練だと思っていただければと主任が」

「了解」


 敷地内に入ると既にヘリが待機していた。

 服を脱ぎ、昨日と同じようにベヒモスに意識を向ける事でベヒモスに問題なく移行し、その状態でヘリに乗り込んだ。


「一々脱ぐのは手間ですねエイジ」

「まぁ、仕方ない」


 網膜投影によって視界には今回任務の概要が表示されていた。

 メッセージボックスにアヤからメッセージも表示されており、概要を読み終わった後に表示してみる。

『なんだかよくわからないけど頑張ってね、後今度一緒に勘違いかどうか確かめようね』と。

 すかさずエイジは移動中に返信メッセージを打ち込んでいた。


「思考で操作出来るっていうのは便利だな」

「目標地点まであと二分です」

「二分もあれば余裕だ」


 概要メッセージを閉じ、『ああ、今度一緒に買い物でも付き合ってくれ』とメッセージを送信する。

 目的上空でヘリのハッチが開き始める。


「タイミングを合わせて飛び降りてください」

「出撃二回目でこれかよ」

「急でしたからね」

「ナイン、カウント表示」

「了解」


 ハッチのギリギリに立ちカウント表示に合わせてエイジはヘリから飛び降りる。

 目標は丁度落下地点で暴れているベヒモス。


「ちょろいな」


 エイジはそう呟くと落下の勢いでそのままベヒモスを踏みつけバランスと取り、そのままスケボーのように滑っていく。

 起き上がる隙など与えずベヒモスの体に拳を突き刺し、心臓を体内で握り潰した。


「他のベヒモスは?」

「いません、被害者以外は避難しているのでそのままヘリに乗って帰還します」

「……了解」


 先ほど飛び降りたヘリが近くまで降りて来たと同時に飛び乗った。

 飛び乗った瞬間少しバランスを崩すが問題なく立て直しヘリはそのままラボに帰還していく。


「追加も無し、お疲れ様ですエイジ」

「ああ、これならナイトより安上がりというのも納得だな」


 ベヒモスの返り血で染まった右手を見ながらエイジは何度も感触を思い出していた。

 ベヒモスを殺した感触。

 こんなにもあっさりしている自分の事を考え、すっかり候補生の頃の自分は死んだのだなと、一人納得するのだった。



……



 八咫烏の一員として活動を一ヶ月。

 訓練とベヒモス討伐任務が続きエイジはパソコンも組まずに机に突っ伏していた。


「……ナイン、今日の予定は?」

「ありません、一応本日は休みとなっています」

「一応なんだよなぁ」


 緊急出動が多いせいか意外と休めない。

候補生の頃はどれだけベヒモスの事が隠されていた事がハッキリわかる頻度で出撃する事になっていた。

 おかげでベヒモスの体には慣れ、使いこなし始めているのが救いではあったが。

 いちいちヘッドギアを装着するのは面倒と、オービットと連動するプラグを作り、投影操作を可能にすると同時に穴を塞げるようになったのが嬉しい変化とも言えた。

 作ってもらうのにオーガに報酬をかなり持っていかれたがエイジにはどうでもいいと言えるほどの任務の数だった。


「ナイン、無駄だとは思うけど主任に連絡繋いでくれ」

「了解」


 一日でいいので完全な休みをくださいと申請するのは何回目になるのか数えるのも嫌になっていた。

 アヤと約束を交わしてから一ヶ月も経ってしまった。

 メッセージ等のやり取りが唯一の癒しだった。


「おや中村君、どうかしましたか?」

「どうも主任、完全な休みを一日でいいのでください」

「無理です、最近頻度が多くなって対処に追われているのは中村君だけではないのですよ?」

「それは、そうなんですけど……、俺のような奴もう一人くらいいないんですか?」

「いたら苦労はしませんよ、要件がそれだけなら切りますよ?」

「わかりました、邪魔してすいませんね」


 そう言って通話が切れる。


「やっぱダメか」


 ため息ついてテーブルに突っ伏しているとオーガが作業を切り上げてこちらを見ていた。


「なんだエイジ、疲れ切ってるな」


 ベヒモス化の影響で肉体的には大丈夫だが、それ以外は不満が多い。

 自分がこんなにも我儘だったのかと苦笑するばかりであった。


「まぁね」

「休みたいか?」

「もちろん」

「いつ頃休みが欲しい?」

「……、出来んの?」


 だから聞いてるんだろ?とオーガの視線が物語っていた。


「ちょいまって」


 急いでアヤに連絡を取る。

 アヤも色々忙しくなっているようで都合を合わせなければ意味はない。


「お、早い返信」


 返事は短く「明後日!」と書いてある。

 オーガにその旨を伝えるとメモ帳に書き込んでいた。


「意外とアナログなんだな」

「こっちの方が覚えてる、紙とペンは昔の癖みたいなもんだ」


 楽しみが決まればやる気も出ると、エイジは自主的に訓練場にむかった。

 ベヒモスに移行し、仮想訓練モードに移行していく。


「エイジ、今日は夕方頃に切り上げな」

「なんかあるのか?」

「明後日休みにするための用意だ、お前の体を調整しなきゃならん」

「調整?」

「今までのようなバケモノでもいいが、出来るだけ人間に近い姿でベヒモス化するためのな」

「そりゃいいな」


 通信が終わり、訓練を始める。

 慣れてきたこの体とまた違う仕様になるのかと考えると、エイジはあまり気乗りしなかった。



 その日の夕方、訓練場の天井が開きヘリが着陸する。

 今回は出撃ではなく何かを運んできていた。


「で、この中に何が?随分でかいけど」

「お前の体にPMSが埋め込まれているのは覚えているな?」

「体は軽くなって動けるのに体重は増えるアレか」

「PMSのおかげでお前がナイトの一部となりメインフレームとなる、あれはお前の鎧が入ってる」

「ナイトか、この体で乗るとは思わなかったな」

「乗るというよりは成るだがな」

「ナイトが自分の手足同様になるって?」

「まぁそうだな……、でこのナイトにお前の体を合わせなきゃならん」

「それで明後日休みになると?」

「そうだ、正確には馴染むまでベヒモスになれん」

「ならしかたないな」


 そう言って搬送されてきたナイトを見ていた。

 今までのナイトとは何もかもが違う。

 まず小さくなっている、乗り込むよりは着込むという言葉の方が似合っていた。

 武装などは一切なく、ただの鎧としか言いようがない。


「言っちゃなんだが、貧相だなコイツ」

「今は仕方ない」

「今後変わるのか?」

「エイジの報酬からコイツの武装費を捻出するまでな」

「……まぁ仕方ない、のか?」


 オーガがニヤニヤしている所を見ると少しでも金を搾り取ろうとしているのがわかるが、エイジにはどうしようもない問題だった。


「で、また手術台で寝てればいいのか?」

「そうだな、処置は私がしておく」

「へいへい」


 明日は調整で一日潰れそうだと、ため息をつく。


「ナイン、明日アヤから連絡きたら返信とか頼んでいいか? 多分何も出来なくなると思うから」

「了解しました」

「さっきから気になっていたが、アヤとは誰だ?」


 ナイトを弄りながら片手間で聞いてくる。


「……友達だ」

「そうか……わかってはいると思うが」

「大丈夫、余計な事は言わねぇって」

「そうじゃない、使えそうならこちらに引き込め」


 一瞬何を言ってるのか分からずエイジは思わず聞き返していた。


「あのさ、なんか守秘義務とか色々あったと思うんだが」

「そりゃ八咫烏側の都合であって私の都合ではない」

「では使えそうであればどなたでも巻き込んでいいのですか?」


 ナインがオーガに反応していた。


「なんだナイン、アテがあるのか?」

「はい、エイジのナイトの癖もよく知ってる整備士が一人」

「それは好都合だな、私一人でやるとなると骨が折れるところだった」

「……大丈夫なのかホントに」

「主任にはどうとでもなる、何、見つかる前に雇ってしまえば全く問題はない」

「具体的にはどうやって?」

「そうだな、さらってくるのはどうだ?」

「え?」

「確かに、一度連れてきてしまえばこちらのモノに出来るという事ですねオーガ」

「一度見てしまったモノを誤魔化すことはできない、主任には迷惑をかけるが問題はないだろう」

「……問題しかねぇ」


 ナインが言っている人物はカザミの事だろうと、エイジは気付いていた。


「大体、カザミ自身がやりたいのかとか、そういうのを確認しなくちゃいけないだろ?俺自身から連絡するわけにもいかないし」

「問題ありません」


 ナインの言葉には何か確信めいたものを感じていた。

 カザミなら間違いなく了承してくれると何かを。


「心配するな、巻き込んでも戦場に連れ行くわけでもなければ、日向に雇用してもらう事もできるだろう、元々部外秘の多い企業だ、言っちゃいけない事が少し増えるだけだ」

「そう、なのか?」


 そう言われると大丈夫な気がしてくるのが不思議だった。


「とりあえず調整は早めに済ませてしまいたい、目覚めた時の部屋があるだろ? そこに待機してろ」

「へいへい」


 エイジの用のナイト、それに合わせる為に再び体を弄ることになる。

 以前と変わらないような見た目で中身はどんどん変わっていく。

 訓練場から移動し、手術台のある部屋に向かうのだった。

 この部屋には入りたくはなかったと、内心呟きながらオーガを待つ。


「今更文句言ってもしょうがないか」


 文句を言うならシロカラスで啖呵を切った自分自身にしか言えない。

 そういやキドさんとかどうしているんだろ?

 そんな事を考えているとオーガ部屋に入ってきた。


「それじゃやるぞ」

「はいよ」


 返事をした途端、オーガはエイジの後頭部にプラグを差し込み意識を飛ばすのだった。



……



 エイジの目が覚めると、奇妙な浮遊感に襲われていた。

 それもそのはず、カプセル型水槽の中でなぜか苦しくないどころか妙な居心地の良ささえ感じていた。

 体は固定され身動きは取れない。


(どうなってんだこりゃ?)


 声を出そうとしても液体が体の中に浸透しているせいか出す事が出来ない。


(なんつーか、こういう状態になると人外っぷりがよくわかるというか……)


 ため息すら出せない状況で、もう一眠出来ないかと考え出すとオーガが部屋の中に入ってきていた。


「うむ、時間通りだな」


 返事は出来ないのでオーガを見つめる事しかできない。


「後一時間は我慢してもらおうか、そいつはベヒモス用の治療液でな、手術の傷を治している」


 詳しい事は貴様に話して無駄だろうと、オーガは水槽前にモニターを置くと部屋を出て行ってしまった。

 モニターにはナインのアバターが写っている。


「おはようございますエイジ、遠隔プラグは刺してあるので端末操作は可能ですよ」


 投影操作の時のように思考を始めると画面は変わりだす。

 時刻を見てみれば午前三時、メッセージボックスを開けばアヤからの連絡とナインの返事が残っていた。


「黒猫亭に正午、余裕で間に合いますね」


 一先ずは安心と、今度はメモ帳を開いた。

 投影によって、言葉を文章へと変換していく、ゲームのチャット感覚に近いモノがあった。


(これでナインとも話が出来るな?)

「そうですね」

(先日の話だが、どうしてカザミを巻き込もうとしたんだ?)

「約束を果たすためです、八咫烏の事があったので接触できませんでしたがオーガの提案であれば問題ないと判断しました、ナイトも用意され整備士を雇うならチハルでも問題ありません、従来のナイトでしたらもっと腕の立つ整備士がいるかもしれませんがオーガのオリジナルとなれば別でしょう、それに人件費の問題を考えればチハルしかオーガは選ばないでしょう」

(守銭奴め)


 オーガのケチっぷりは今まで会話してきて気付いた事だ。

 任務の報酬を持っていくのは仕方ないが、その報酬ばかりを使い買い物をしまくり自分の金は使わない、しかももっと稼げと文句まで言ってくるのだ。


「……チハルでは嫌ですか?」

(そんな事はないけどさ……、わかったよ、ナインに任せる)

「了解、時期を見てオーガに話をします、チハルへの連絡はしますがさらうのはエイジなのでその時はお願いします」

(わかったよ)


 どうしてナインがカザミに協力的なのか、エイジには思い当たる理由が多かった。

 ナインを個性的ユニークにしようと言ったのはエイジだが、こうなった原因はカザミだ。

 整備中はもちろん、他の整備士とは違って話したり何かを語り掛ける事を繰り返し、ナインに反応を促していた。

 最初は返事もシステム的で不愛想だったのが、今ではすっかり自分から話しかける事もしてくるようになっていた。


「エイジ、一つ謎があるのですが……」

(なんだ?)

「エイジはチハルの事を自分がベヒモスだからと避けていましたが、アヤに対しては積極的なのは何故でしょう?」


 即答は出来なかった。

 妙にアヤに対しては自分がベヒモスであるにもかかわらず好意を持ってしまった事は事実。

 最近の環境の変化がそうさせているのだろうか?

 話し相手がオーガやナインしかいないせいなのか?

 様々な考えが頭をよぎるが、イマイチ納得する事が出来ない。

 ここ最近の不安といえばベヒモス化の副作用でもある破壊衝動だが、これは任務で解消できている。


(何故だろう?)

「私に聞かれてもわかりません」

(今日会えばわかるかも)

「そうですか」


 そうして話を打ち切り、エイジは動画でも見つつ一時間経つのを待っていた。

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