予習
主任の講義が終わり何名か憂鬱な顔をしてる中エイジは再びシミュレータールームに向かっていた。
「エイジ、今はシミュレーター使用時間外です、申請書が必要ですが?」
「まぁ、そうなんだけどなんとなく」
シミュレータールームは誰もいなくわずかな機械音が響いていた。
台数は二十台と大がかりな部屋の隅、候補生の休憩スペースの自販機でエイジは硬貨を入れる。
「ここだと安く買えるからな」
「……、エイジ」
落ちてきた缶のラベルにはエイリアンと書かれている、朝も飲んだ栄養剤だ。
それを一気に飲み干し、ごみ箱に投げ入れる。
「遂に言っても無駄と理解したか?」
「あれは一日一本と表記されています、今のは二本目なのでこれ以上は別の飲み物にする事を強く推奨します」
「わかってるよ」
「そう言いながら三本目を飲む事が過去に二百六十回ほど記録されています」
「目指せ三百!」
「冗談はやめてください」
ナインをスルーしつつ、隅のシミュレーターを勝手に起動し始めるエイジだった。
「ですから使用禁止です」
「講義に触発された訳じゃないんだけど、射撃プログラムぐらいならすぐ切り上げられるだろ?」
「使用禁止期間が発生する危険があります」
「なんとでもなるさ」
そう言って中に入ろうとした時、足音が響いてきた。
「いや、同じ生徒ならなんとか――」
「残念ですが違います」
講師ならすぐに怒鳴るところだが声は聞こえてこない。
何故だろうとドアの方を見てみれば講義していた主任だった。
「いけませんよ無断使用は」
「見逃してくれたりしませんか主任さん」
「構いませんよ、そのかわり訓練を見させてもらいます」
主任は笑顔のまま講師用の観察モニターを開き、インカムを装着していた。
「ありがとうございます!」
ナインをナイトに繋ぎ射撃プログラムを立ち上げる。
制服の下に着込んでいた薄着の訓練スーツになり体をシミュレーターに接続、実践時に感じるであろう衝撃を疑似体験出来るように、身体はすっかり固定されてしまう。
「起動します」
「装備はいつもで頼む、疑似ターゲットはべヒモス」
「了解」
意気揚々とエイジの視界には東京駅付近の地形が再現される。
民間人とべヒモスが入り組む中、的確にべヒモスのみを撃ち抜かなくてはいけない。
「平均的なべヒモス出現数は三~五体と言われています、ナイト一機では三体までが限界値です」
「折角の訓練だ、五体で頼む」
「了解……
体格は三メートルとナイトと同格かそれ以上に大きい個体に本当に人間なのか怪しく感じるが気にしている暇はない。
訓練のナイトとは違い、俊敏に動くべヒモスに対し重機関銃はある程度接近しなくては効果がない。
「まずはこちらに注意を引き、迎撃という形で戦闘するのが望ましいです」
「しかし、それじゃ一体ずつしか」
「貴方の射撃では市民を撃ちます」
「……、迎撃でいこう」
手頃な一体を数発上に撃ち込みべヒモスを振り向かせ、襲い掛かってくる敵をキチンと撃ち抜く。
それを繰り返し三体まで倒したところで残りの二体が同時に襲ってきた。
「あ、やべ」
「弾倉が交換してください、一体倒したところで空になります」
「四体目倒してから交換しようと思ったんだよ!」
同時に襲われた時は力負けする場合がある、今回は射撃訓練という事で
ナイトの走力なら逃げる事も出来る。
だが、全速力で走れば確実に市民を吹き飛ばす自信がエイジにはあった。
「周辺に爆発物は?」
「道路上の車両のみです」
「問題ない!」
すぐに軽車両を発見し、全速力で向かい車を持ち上げる。
すぐさまべヒモスに投げつけ、その間に弾倉を交換。
「うし、攻める!」
一体に牽制射撃、残り一体が突っ込んできた所にフルオートで弾丸を浴びせ、残った一体もゆっくり狙いを定め撃ち抜いたところで訓練は終了となった。
ほんの少しの戦闘でも体に休息をとシミュレーターの外に出る。
「どーでした、俺の腕は?」
満面の笑みで主任を見るが、その主任は非常に苦笑しているように見えた。
「うーん、確かに周辺のモノを利用したり一体ずつ引き寄せるのはいい判断だとは思いますが……」
「ナイン、評価は?」
「総合評価Cです」
「理由は?」
「判断や戦闘時間の短さは高評価ですが、減点が多すぎます」
「二体に襲われてからだね、走る途中に民間人二名を蹴り飛ばし重傷、軽車両破壊で損害減点、牽制射撃で駅周辺施設の破壊に流れ弾で三名死亡、戦闘時間が短いのもあって避難間に合わず……、そんなところでしょうか」
「巻き込んだの全然気が付きませんでしたよ……」
「ナイトのカメラにも死角はあります、それに君の武装は日本で使うには強力過ぎる、実戦配備でもその武装使うのは旧式のナイトくらいなもんです」
高価な武器が使えない所と付け加えながら少し呆れ顔をしていた。
代表的なところで言えば、警察だった。
一部でナイトは配備されているが、治安維持に関しては海外や国内の企業の方が小回りが利くからだった。
出動までの手続き、行動範囲の限定、国に縛られているためか制約が多すぎるのだ。
「確かに少し古い銃ですけど、べヒモス相手に豆鉄砲が通じるんですか?」
「正確な射撃が要求されますが、撃破は可能です」
「というかべヒモスの訓練で市民がいない設定には出来なんですか?」
「人のいない所にべヒモスが現れる理由が聞きたくなる質問だね」
「……そうでした」
ため息を一つ、今度は武装を変えて再度訓練。
しかし市民を気にすると散々な結果になり、訓練失敗が相次いだ。
訓練を開始して二時間経ったところでエイジはギブアップと悲鳴を上げるのだった。
三本目となるエイリアンを飲み、自分の訓練結果に呆れていた。
「難しいですね、べヒモス」
「そう、自分の身を守るなら決して強い相手ではないが被害を減らすとなると非常にストレスの溜まる敵です」
「訓練の状況って一体どういうのを想定しているんですか?」
「実際に起きた事件を参考にしてあります」
「ははっ……主任さんもそんな冗談を」
「いいえ、ホントに起きた事です、日本ではありませんが実際他の国で現れたべヒモスの動きを再現しています」
「あの人混みで、現れることがあると?」
「はい、丁度君がやった訓練の状況では十分経たずに収まりましたが、MRCのナイトが殺害した市民の数はべヒモスが手にかけた市民よりも多かった」
先ほどの訓練でもエイジが誤射した市民の数はべヒモスの被害とさほど変わらない事を思い出すと苦い顔になっていた。
撃つ事や、走り回る人達を気にかけた瞬間、反応も遅れるし、やられてしまう。
ベヒモスは見た目は化け物だが、人間なので考えるし、隠れる事もする。
特に人を持ち上げて撃たせる事を鈍らせるのはキツイと、エイジは少しだけ気持ち悪くなった。
「しかし、それを責めた所で何が変わるでしょう? 謙虚に仕留めればよかったでしょうか?」
「市民を優先すればナイトはやられ被害はもっと大きかった可能性がある、という事ですか?」
「そうです、なので責めたくても責めれません、恨むならテロ実行犯を……というしかないのでしょう」
日本でもそんな事が起きるかもしれない、今日の講義の内容を思い出して少し寒気がした。
「俺達候補生がのんびりしてると酷い事になるって言う事は嫌ってほどわかりましたよ……、でもなんで今までべヒモス戦の訓練がなかったのでしょうか?」
「理由は二つ、一つは君たちの実力不足、このカリキュラムはもう少し先なのです」
「もう一つは?」
「私の講義をまだしていなかったから、べヒモスを殺す訓練は人殺しの訓練と同じという事です。後期のカリキュラムではこの訓練を続け感覚を麻痺させ、実際に起きた場合訓練通りに人殺しを行えるようにするためなのですよ」
「確かに、べヒモスは人間ですが――」
「エイジ、主任の言っている事は違います」
突如ナインから呼びかけに驚きながら端末を見る。
そこには海外の翻訳記事が表示されており、べヒモスを倒した事と被害者の数が書かれていた。
「訓練通りの動きが出来るようにって……」
「主任が言っているのは戦闘時市民を確実に巻き込むので巻き込む事が当たり前という認識を植え付けることにあります」
ナインの発言、一番最初の訓練結果、それら全てがエイジの脳裏にフラッシュバックした。
市民を巻き込んでおきながらどーですかと陽気に言う自分を思い出す。
「でも評価はCって」
「ええ、でも最低ランクのEじゃありません、Eはやられる事でなりますが市民を巻き込んででも大勢を救うと考えなければ死ぬのは君です」
「巻き込まない事が最もいい結果ですがそれは厳しいという認識を持たねばないという事です」
改めて自分が訓練してる事の大きさに気づかされる、しかし言わなくてもいずれわかる事、頭では理解し始めているが納得はいかない。
「こんな訓練だったんですね」
「わかっていたらこの学校に来ませんでしたか?」
「そうかも、しれません……、俺はこの強化外骨格が好きなだけで入ってきちゃいましたし」
「その気持ちはわかります、君も男の子ですね」
「ロボットとかメカってロマンでしたし、親父たちの世代じゃ無理でも俺達の世代には現れて、ちっちゃい時の夢が叶うってなったら飛びつきませんか?」
「私もそんな感じで日向の主任やってますからね、ちなみにこの学校のキャッチコピーでもあります」
酷いな、とエイジは思っていても口に出せない。
メカを操って悪い奴らをやっつけるお仕事、それだけ聞けば何人かは飛びつく事だろう。
ナイトの開発は日向エレクトロニックが中心で行われている。
今では世界で名の知れた軍事メーカーと言っても不思議ではなかった。
ナイトの出現はべヒモスが現れてからだった。
強化外骨格の戦争使用は『周辺被害の増大、戦争の拡大や兵士の損耗率を抑え、戦闘が長期化する』としてCCWで使用が禁止されていたのだ。
しかしべヒモスには非常に効果的、戦争ではなく治安維持という名目で日の目を浴びてから日向エレクトロニックは世界に名前を売り、超大企業となっている。
強化外骨格の使用目的はハッキリしている、その事をちょっとでも考えていればこう言った訓練があると予想も出来たかもしれない。
「やはり怖いですか?」
「怖くないとは言えませんね、でも……」
「でも?」
「自分がうまくやればいいと考えると、ちょっと燃えるかもしれません」
「意外と自信家なんですね」
「エイジ、そういうならもっと機体に気を配ってください」
「……水を差すなよ」
確かにもっとナインの言う事も聞かないといけないと気合を入れた所で今日の訓練は終了となった。
結局主任は最後まで名前を言う事はなく、エイジは帰宅する事となりその日は終わるのだった。
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