無意識の一目惚れ

「なんで援護しなかったんだよ! 大破扱いになっちまったじゃねぇか!」

「人込みで銃なんか使えるか! 被害がデカいし非殺傷ターゲットに当たっちまうんだよ、そっちこそ突っ込むんじゃない!」


 翌日からの訓練はべヒモス戦の項目が追加されていた。

 エイジがやっていたような一対複数ではなくナイトの編隊を組んでの市街地戦闘だ。

チーム行動が殆どで組み合わせもランダムと、不慣れな者同士が組むという事態にもなっていた。

 そのためか候補生全体に苛立ちも感じられ訓練室の空気はいいものではない。

 エイジは事前にやっておいたおかげか、チームに注意を促すことに成功していた。


「納得は出来ないと思うけど、ある程度は民間人を巻き込む事を考慮しながら戦ってくれればそれほど評価は下がらない」

「それ、いいのかよ?」

「この訓練で民間人に当てないように訓練する方が無茶です」


 ナインが補足を入れるがメンバーの様子はやはり納得いかない、というものだった。

 主任と直接話した事をエイジは思い出しながら戦闘するがエイジ自身も納得はしていない、だからといって民間人を意識して戦うと評価が下がる。

 その繰り返しで候補生全員がストレスの溜まる訓練となっていた。

 訓練が開始され既に一時間、休憩時間を知らせるチャイムがなる頃にはグッタリとしたムードの中エイジはエイリアンの蓋を開けるのだった。


「ひでー空気……」

「候補生全体のモチベーションが下がりつつあります、チームで行動する分昨日のエイジよりもべヒモスの数、被害の大きさも変わっています……、結果は酷いの一言ですね」

「俺らの班も、チームの動きをナイン経由でナビゲーションしてるおかげか他よりちょっとマシって程度だもんなぁ」

「予習の効果はありましたね」

「……だな、主任には感謝したくないけどよ」


 ため息を押さえるようにエイリアンを一口、するとメンバーの一人がこっちに手を振っていた。


「どしたよ?」

「エイジのAIさ、なんでいっつも持ち歩ているかわかった気がするぜ、仲良くなっといて連携しやすくするとか俺には思いつかなかったよ」

「いや、そんなスゲーもんじゃないよ、お前も名前付けて持ち歩けばわかるからよ」

「遠慮しとく、今からやってもな……そっちのナインだっけ? いやぁエイジより役に立ったぜ、ありがとな」


 ナインのアバターに視線を向けると、口元が少しだけ緩んでいた。

 訓練直後であるのか、チーム内の通信機能はそのままで、ナインの音声は届くようになっている。


「恐縮です、メンバー全員のAIにこちらの情報共有はしておいたので他のメンバーと組む際にご活用ください」

「……、マジで便利だな、エイジのやつ」

「エイジがだらしないので私が何とかしているだけです」


 何人かが噴き出す中、エイジは少し頭痛を覚えた。


「ナイン、お前なぁ」

「事実です、あとエイリアンの摂取は――」

「うるせぇわかってるよ」

「いいコンビだぜ、お前ら」

「不本意ですが」

「このやろう」


 場の空気は少しだけマシになったかもしれない、そう感じていると訓練再開のチャイムが鳴っていた。

 エイジのチームはナインのお蔭で他よりは少しマシになるのであったが、エイジだけはなんだか複雑そうに苦笑しているのであった。



……



 そんな訓練が続いて数日、エイジは不満そうな顔で端末を握りしめていた。

 東京駅という人混みの多い中、エイジの視界オービットには通話中と表示されていた。


「あのよ、十一時って言ってなかったか?」

『わりぃ、午後一時に変更するメッセージ送るの忘れてた』

「このやろう……」

『飯でも食うかゲーセンで遊んでてくれよ、俺も急ぐからよ』

「ゲーセン制服で行けねぇっての……、飯でも食ってるさ」


 良くも悪くも目立つ制服、今時外出時の制服着用義務に呆れつつも通話を切り、デカいため息を一つ。

 約束の合流場所は秋葉原の駅内。

 秋葉原に拘る必要もなく、駅の近くならば何処へ行っても直ぐに迎えるだろうと、足を止めた。


「折角の休みが……」

「災難ですね」

「全くだよ、飯でも食いに行こう、近くにいいとこあるか?」

「私は戦闘支援AIであってエイジ用の便利道具ではないのですが」

「いいじゃないかよー頼むよー」

「私もため息をつきたくなります……検索完了、評判のいいハンバーガー屋があります、エイジの好みそうな店ですが少々値段は高いです」

「チェーン店以外の店があるのか、気になるな」

「どうしますか?」

「行こう、ナインの紹介にハズレはないからな」


 すっかりエイジ用に思考しているがエイジもナイン自身も気にしている様子はなかった。




 東京駅を離れ、新橋へ。

 オービットに表示される地図に従い、通りから隠れるような店がそこにはあった。

 ひっそりと佇む店の名前は『黒猫亭くろねこてい

 本当にハンバーガー屋なのか怪しくなる名前だがハンバーガーを置いているカフェとして見れば多少の違和感はない。

 店内に入り中の様子を見れば女性客の姿が多く、エイジは少しだけ居心地が悪くなる気分になった。

 義務とはいえ候補生は外出時も制服だ。

 勿論守っている人は少ないがエイジは着用しているためどうしても目立ってしまう。

 しかし、店内に漂う香ばしい匂いには思わず生唾を飲んでいた。


「どうかしましたかエイジ?」


 迂闊にナインに返事をすれば変な客に思われると端末に返事を書いていく。


『わりぃ、静かな店内じゃちょっと喋れない』

「わかりました」


 店内は狭く席も多くない。

 カウンター席も数人が座っており談笑しているため「すいません、荷物ちょっとよけてもらっても?」と話しづらい雰囲気だった。

 これは出直した方が無難だろうか?

 そう考え始めた時エイジと店のマスターらしき男性と目があった。


「お客さん、少し待ってもらってもいいかな?」

「満席なら出直しますが……」

「残念そうな顔されたらすぐに席を開けたくなるんだがね」


 そんな顔してたのかと思わず顔に手を触れていたエイジは少し苦笑いしつつ改めて店内を見渡した。

 その時、とある客と目が合った。

 今にもハンバーガーを口に入れようとしている猫耳帽子の少女と目が合ってしまい少女は口を開けたまま固まってしまった。

 フカフカしてそうな帽子の下には包帯のようなモノが見えて、その少女の表情には似合わない。

 そんな少女が固まったまま視線で「なによ?」と言っているようにも見え、不覚にもエイジは笑いが込み上げ口を押えてしまうと、少女は諦めたように一口食べた。


「人の顔見て笑うのはどーなの?」

「いや、ごめんごめん」

「ったくもう……って座るとこないの?」

「まぁね」

「相席で良ければ座る?」

「いいの?」


 テーブル席の荷物を避けてさっさと座れと言わんばかりにハンバーガーをさらに一口食べる。


「嫌なら座らなくてもいいけど?」

「じゃあ座らせてもらうよ」


 少し照れながら座るエイジに対し満足そうに頷いていた。

 店内でも気になる少女の猫耳帽子は気のせいか動いているようにも見えるのはさすがに錯覚だろうと瞬きを繰り返す。


「何食べようかなっと……」

「初めてなのこの店?」

「ああ、評判いいって聞いたから来てみた」

「じゃ、これいいよ」


 少女が指差したメニューは店内のオリジナルバーガーでオニオンリングとドリンクのセットメニューだった。

 値段も手頃であり、エイジは追加でフライドポテトのMを頼むと少女は少し笑いを堪えていた。


「な、なに?」

「いや、注意しなかったアタシも悪かったなーって、ここのフライドポテトの事」

「何かあるのか?」

「量が多くてね、みんなS頼むの」

「ポテト好きだからいいけどね」

「そ、ならいいけど」


 自分の分を食べ始める少女をエイジは自然と見ていた。


「あげないよ?」

「え、そんな気はなかったけど」

「だってずーっと見てるじゃない」

「見てた?」

「見てたよ」


 ハンバーガーを食べている姿が妙に可愛い、と内心感じていてもそれを口に出していう勇気はエイジにはない。


「いや、おいしそうだなーってさ」

「ここは出てくるまで時間かかるけどいい店だよ」

「期待してよ……、あ、まだ言ってなかった、相席どうもね」

「気まぐれだから気にしないで」

「それでもさ、中村栄二っていうんだ、君は?」

「何? いきなりナンパ?」

「違うよ、嫌なら言わなくてもいいさ」

夕月彩ゆうづきあやよ、よろしくねー」


 気づかぬ内にエイジはテーブルの下でガッツポーズを取っていた。


「嬉しそうですねエイジ」

「ッ!」


 ナインの声で驚きそのままビクッとなっていた。


「驚かすなナイン」

「ないん?」


 不審な動作に驚かれつつ尋ねられる。

 そのまま普段通りに返事をしてしまってから、しまったと苦笑していた。


「こいつの事、俺のAI」


 端末を取り出し、音声をオービットからスピーカーに切り替えた。


「初めまして夕月彩様、エイジの戦闘支援AI、登録番号N‐0734‐0999、通称ナインです」


 アヤはすぐに理解できたのか、興味津々といった表情をしていた。


「AI持ち歩くなんて珍しいね」

「結構便利なんだコイツ」

「エイジ、何度も言っていますが私を便利道具か何かのように紹介しないでください、私は戦闘補助が目的の支援AIです」

「いいじゃん」

「よくありません」

「……、仲いいのね」


 端末のカメラに手を振るアヤの姿を気が付くと目で追ってしまっていた。


「エイジ、顔が紅いようですが大丈夫ですか?」

「えっ?」

「あ、ほんとだー、どうしたの?」

「す、少し熱いだけだよ」

「エイジ、推測ですが……」

「言うなナイン、何も言うんじゃない」


 エイジの直観が告げる、今のナインにこの状況を説明させちゃいけないと。

 今までエイジが経験した事の蓄積データがナインの中に存在している、持ち歩いているせいか行動パターンもある程度推測されてしまう。

「嬉しそうですね」なんて発言するには確実に持っていっちゃいけない方向に話を進めてしまう危険性が今のナインにはある。

 もし、ナインの中に普段の鬱憤があるのならば……、そう考えるだけでエイジは少し寒気がした。


「アタシ聞きたいなー、ナインの推測」

「いや、何言うかわからないし、やめとこうそうしよう」

「では夕月様にはお伝えしましょう」

「堅苦しいからアヤでいいよ」

「わかりました、では耳を傾けていただけますかアヤ」


 慌てて端末を回収しようとするが驚くような速さでアヤは端末を耳元に当てた。


「ちょ!」

「さてさてー、ふんふん、へぇー……そうなの?」


 アヤの妙に大きめのリアクションがエイジを更に不安にさせていた。


「なるほどねー」


 端末を静かに受け取り、エイジは素早くオービットに音声を切り替える。


「何を喋った?」

「内緒です」

「……、システム権限使うぞナイン」

「エイジがよく見るメディアの中にある誰かに好意を抱いている人の行動と酷似しているという事を伝えましたが」

「わかった、俺が悪かった、だから今日はもう大人しくしていてくれ」

「了解!」


 最近ナインの調声がより感情的になってきたなと愚痴りたくなっていた。

 無いはずの不満不平がひしひしと伝わる気分に襲われる。

 

「……はぁ」


 ため息と同時にマスターがセットメニューを持って来た。

 ポテトの量がアメリカンと言わんばかりだが今の気分には丁度良かった。


素敵ユニークなAIね」

「まぁね」


 少しテンションが下がりながらハンバーガーを一口食べると、その美味しさにすぐにもう一口食べていた。


「…………」


 食べる、ただひたすらに。

 気づけばハンバーガーを食べ終えており、飲み物やオニオンリングにも一切手を付けていなかった。


「美味い、やばいこれすごい美味い」

「でしょ?」

「これは近くに来たらまた寄ろうってなるな」


 飲み物を口に含み、他も手を付けていく。


「アタシもポテトいい?」

「いいよ、相席の礼もあるし」

「ありがと」


 火傷しそうなポテトに苦戦しながら口に運んで食べていく。

 アヤは特に熱そうでもなく普通に食べていた。


「あ、そうだ」

「どうしたの?」


 熱いポテトに息を吹きかけ冷まし、エイジの方に向けてきた。


「はい、どうぞ」

「……、バッ、おま!」


 エイジの顔が一気に紅くなる、さっきのナインの耳打ちはやはり本当だと頷けた瞬間だった。

 しかしこれは同時にチャンスでもないだろうかと、エイジの本能は訴えた。

 こちらの好意を知りながらからかっている、しかし同時に美味しい想いも出来るではないかと。


「いらないの?」


 追い打ち、これはズルいと理性も訴え始める。


「じゃ、じゃあいただきます」


口を開けて食べようとした時、アヤはニッコリと手を引き自分の口へ運んでいた。


「残念でした♪」

「……だよね」

「そ、そんなに落ち込まないでよ」

「平気だ、どうせナインが余計な事言ったんだろ?」


 ため息が出そうな所でいきなり口にポテトが突っ込まれた。


「あふ!あふいぃ!」


 若干涙目になるが背一杯手を伸ばすアヤの姿を見た途端文句も言う気になれなかった。


「これでどう?」

「熱い! けどありがとう!」


 本能は素直だ。


「エイジ君♪」

「ッ!」


 やべぇ、破壊力やべぇ!と、エイジの心臓が跳ね上がる。

 むせそうになるのを必死に堪えていた、二十年間の中でこれだけ嬉しい展開になったのは初めてだと。

 候補生としての勉強の日々で、恋愛という考えは気づけばどこかに消えていたのだから。


「やっぱ男性って名前で呼ばれた方が嬉しいの?」

「ま、まぁね……夕月さんも大胆だね、勘違いしても知らないぞ」

「勘違いしたらどーなるの?」

「内緒だ!」


 からかわれている、そうわかっていても楽しいと感じれば苦ではなかった。

 その時、テーブルの上にあったアヤの端末が震えだした。


「あ、いけないそろそろ時間だ」

「用事?」

「オシゴトってね、昼ごはん長いぞって連絡きちゃった」


 レシートを持ってアヤは立ち上がる。


「そうそうエイジ君」

「なに?」

「今度会ったらアヤって呼んでくれていいからね、候補生さん」

「また会えたらね」

「あとはそう、もっと力抜いて会話できたらいいな」

「……多分、大丈夫」


 別れを告げ、エイジは残っているポテトに手を付ける。

 時計を見れば時刻は正午になろうとしていた。

 もう少しゆっくりできるなと、店内に入ったばかりの居心地の悪さが無くなり、ゆったりと過ごすのだった。



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