日常にサヨナラを
集合地点に着いてからネットサーフィンしつつ、時刻は午後一時二十分、友人達と駅で合流していた。
集まったのは三人中二人、皆候補生である。
エイジは買っておいたエイリアンを持ち、グイッと一飲みする。
「一応それ、栄養剤だぞ」
「ジュース一緒だって、少し高いけど美味さ宇宙級は伊達じゃない」
頭の悪そうなキャッチコピーだが、エイジは気に入っていた。
オービットに表示されたナインのジト目が気になって仕方がなかった。
一体何処で覚えてきたのだろうかと少し考えると、整備科の知り合いを思い出すと同時に、遅れてきた友人が顔を見せた。
「わりぃな、待たせちまって」
「いいよ、別に」
考え事は一旦止め、携帯端末を仕舞い込んだ。
「それで、どこに行く……ん?」
言葉は悲鳴によってかき消された。
何事だと振り向けば人混みが一斉に移動していた。
何人かは転んでいるが誰も起こそうとするどころか踏みつけていく人までいる。
それ程の事態なのかと疑問を抱く、特に放送もなくいきなり移動を始めた人々の後ろにいたモノに気づくまではエイジ達は動く事が出来なかった。
「それでよぉ、リーダーはなんて言ってたんだっけぇ?」
「可能な限り暴れろってさぁ!」
「そいつは楽だなぁ!」
人混みの中ハッキリと聞こえる不快な声の響き。
べヒモスが三体、秋葉原の街の中に現れたのだった。
一瞬何が起きたのかサッパリわからなかった。
何度も目を凝らし、三人は一斉に物陰に隠れた。
「べ、べヒモス!」
訓練していても実物を見るのは初めて、本当に人間なのか怪しくなる彼らの姿に目を背けたくもなった。
肥大した体、変色した肌、角を生やしている者もいれば凶悪な爪を生やしている者までいる。
その全てが壁や人間を破壊している。
臓物を浴びながら彼らべヒモスは雄叫びを上げていた。
「あれが人間のやる事かよッ!」
エイジ達は憤りを抑える事しか出来ない。
ナイトが無ければ候補生はどこにでもいる人間と大差はないのだ。
「今出ても殺される、大人しく隠れているしかねぇ」
「ナイン、べヒモスの情報はないか?」
端末のカメラでべヒモスを物陰から撮影する。
「サイズから推測……下級べヒモスと思われます、ナイト一体で制圧可能ですが装備無しの人間では太刀打ちできません」
「一体でも間に合えば助かるって事か……」
目につくものを破壊し、命乞いをする人間を玩具のように投げ飛ばす、そんな地獄絵図のような光景がエイジ達の目の前で広がっていた。
「くっそ……、ナイトがあれば」
見つからないように移動し、何処かに避難するか?
そう考えているところに一番聞きたくない声が聞こえてくる。
「よぉ、どうしたぁ迷子かぁ?」
小さな子供の前にべヒモス共が下品な笑い声を出し始めた。
「親とははぐれたのかぁ?」
「もしかしてこの中に居たんじゃないのかぁ?」
「そりゃ悪かったなぁ」
血まみれの化け物共に囲まれ声も出ず、今にも失神しそうな状態だった。
「おい、このブサイク野郎共!」
多くの人が逃げ惑う中、候補生の一人が飛び出していった。
彼の眼には迷いがない、だが訓練通りにするならばあの子供は見捨てなくてはいけない
ベヒモスの犠牲として、歯向かう事よりも生き延びる事を優先しなくてはいけないのだ。
「あ、あの馬鹿!」
止めようとしても既に遅い、全員が見つかる訳にもいかず、見守る事しかできない。
「貴様ら、そんな姿でも元は人間だろ! なんでこんな事が出来んだよ!」
そう、彼は候補生、訓練中の身だ。
人の良心を信じ、人間であるなら説得できると、すでに何人か死んでいるにも関わらずそんな事を考えてしまっている。
「候補生の制服ぅ?」
「エリート様ってかぁ?」
「こんな時でも俺らを見下そうってかぁ?」
子供には視線もくれず、一気に雰囲気が変わった。
「な、なんだ?」
好き勝手に暴れていた連中とは思えぬほど静かになる。
対峙した候補生も思わず後ずさりしていた。
「まぁ、俺達の事なんぞ理解できねぇだろうなぁ」
「気に入らねぇ……」
「何の事だ? 何を言っているんだ?」
「知りたいかぁ? エリートさんよぉ」
頷こうしたその時、巨体とは思えぬ速度でべヒモスの爪は候補生を上半身を切り飛ばしていた。
「てめぇらがムカつくって言ってんだよぉヒャーハッハッハッ!」
その光景を、子供は後ろからすべて見ていた。
怯えているとも、怖がっているとも違い放心状態となっている。
「こ、このやろぉおおおおお!」
エイジの横から、消火器を持って友人が飛び出した。
「行くな馬鹿!」
べヒモスの視線をすべて集め走り出す。
「エイジ、今のうちに子供を!」
「だけど!」
「急げ!」
「チッ!」
エイジも走り出す、それを確認してから思いっきり消火器がぶち撒かれた。
多少はエイジも子供被ってしまうが、死ぬよりはマシだ。
耳元からナインの静止する声が止まない。
しかしエイジは止まる事が出来なかった。
何故なら場の雰囲気に吞まれているからだ、消火器程度でどうにかなる相手ではないのは解かっていても止められないのだった。
「なんだぁ?」
「けむてぇなおいぃ」
子供の元に駆けつけ、急いで抱える。
子供は女の子だった、ただ体を震わせ声すら上げる事が出来ずにいた。
「どこにいくんだぁ?」
「なっ!」
必然、べヒモスが二体も目の前にいた。
消火器を撒き散らした彼の姿が見える頃には、上半身が握りつぶされた姿になっていた。
「エイジ、今は堪えて」
「このやろう……」
歯に力を入れすぎて血が出てくる。
どの方向に逃げてもべヒモスに追いつかれ皆と同じ運命になろうとしたその時だった。
聞きなれたモーター音、肌に感じる振動、床を破壊しながら金属の物体が姿を現した。
「ナイトぉ?」
「やべぇなぁおいぃ?」
ナイトのエンブレムは警察のモノだった。
日向エレクロニックではなく、警察の所属という事になる。
装備は古いがナイトが来た事に変わりがなかった。
べヒモスの顔には余裕がなくなり、一気に警戒し始める。
「いい、今すぐ破壊活動を停止し、お、大人しくしなさい!」
この声を聴いた瞬間、希望は絶望に変わった。
「今撃たないでどうする、死ぬ気かよ!」
ナイトの訓練ではべヒモスは問答無用で排除せよ、そう教え込まれてきた。
しかし、今ここにいる警官は銃火器を装備していながらもべヒモスに銃口を合わせず、撃とうともしない。
ナイトから聞こえる声は若くない。
パトカーの感覚でナイトに乗れてしまった中年の警官だ。
その瞬間エイジの震えが一気に強くなった、あの世代は平和ボケしていると。
現役の候補生から見ても甘い、平和な国で生きてきた警官だ。
「これ以上暴れるなら君たちを発砲しなくてはいけない!」
「……、くっくっくっ」
「馬鹿かぁこいつぅ?」
「ド素人のナイトかよぉ、驚かせんじゃねぇよぉ!」
三体は素早くナイトを潰しにかかる。
素人が乗っていてもナイトはナイト、そう簡単にやられはせずべヒモス達の攻撃を弾き、距離を取った。
「厄介だなぁやっぱぁ」
その隙に少しずつエイジは彼らとの距離を取った。
ナイトの武装はべヒモスの肉体を簡単に風穴を空けるモノであり、皮肉にもエイジが普段から訓練で使っているモノと同じだった。
「巻き込まれたらやべぇぞおい……」
「エイジ、あのナイトの射線に入ったら体は紙と同じになります、注意してください」
女の子を抱え直し、少しずつ後ろに下がる。
「おっとぉ、逃げるなよぉ?」
一体のべヒモスが近づき、体を押さえつけられる。
「おらおら警察さんよぉ、どうするんだぁ?」
ナイトの銃口が向けられる、押さえつけられた体に一気に寒気が来た。
「俺達と一緒に吹き飛ばしちまうのかいぃ? ひっひっひっ」
「卑怯な!」
「助けたきゃぁ、大人しく壊されるんだなぁ!」
そう言ってベヒモス飛びかかった瞬間、ナイトの拳がべヒモスを弾き飛ばした。
「馬鹿にするな!」
そう言って爆音のような銃声が轟き始める、あっという間に二体をボロボロにしてこちらを捉えた。
それが出来るならもっと早くやれとも言いたいがグッと堪えるしかない。
「人質を離し降伏せよ!」
「誰がするかよぉ!」
エイジを盾のように構え、その反動で女の子はエイジの手から離れ地面に転がる。
「走れ!」
エイジは女の子に叫ぶ、なんとか通じたのか女の子は慌ててナイトの向こうに走り去っていった。
「……」
嫌な沈黙が流れる。
べヒモスもナイトも一言も発せず膠着状態のままだった。
「候補生」
ナイトが呼びかける、その瞬間嫌な汗が一気に噴き出した。
「ま、まさか……」
「こ、候補生なら今の状況、そして受けてきた訓練を思い出せるだろう?」
主任との会話が思い出される、ナイトの訓練は人殺しを行えるようにするため、ある程度の巻き込んでも仕方がない。
「マジかよッ! アンタマジで訓練通りにするのかよッ!」
「なんだぁ? 何の話だぁ?」
べヒモスは慌ててもう片方の手でズタボロのジーンズの後ろポケットからアンプルを取り出した。
「こいつを飲まねぇと、やってられねぇなぁおい!」
飲んだ瞬間、体中が一気に軋みだした。
エイジを押さえていた力が一気に強くなっていたのだ。
「おらぁ、早くどっかにいかねぇとコイツと一緒に捻りつぶすぞぉ!」
「こ、候補生! これも覚悟の上だろう! だ、だから……」
「あぁ?」
「なぁおい! マジでやめてくれ!」
「……すまない!」
「やめろぉぉぉぉ!」
ナイトはエイジを捉えたまま、銃弾を放っていた。
銃弾はエイジの右腕を掠り、筋肉を抉る。
右腕を貫通した銃弾はべヒモスを貫き胴体に風穴を空けていた。
それを受けてべヒモスはエイジを放したその時を見逃さず、銃弾は更にべヒモスの体はボロボロになっていた。
下半身は吹き飛び、べヒモスの上半身はエイジの横に落ちていく。
慈悲を請いながらナイトは残りのべヒモスの死体にも銃弾を放ち、壁や床を破壊していく。
弾倉が空になるまで撃ち尽くし、ナイトは動きを止めた。
中の警官は放心しているのか、現実を受け止めきれないのか、機体が止まっていた。
ただ、息遣いだけがこの場に響いている。
エイジの意識はまだ遠のいてはいなかった。
右腕は吹っ飛んだせいか感覚がない。
傷を確認しようとした時、横たわったべヒモスの顔と目が合った。
「とんでもねぇなぁ、そうだろぉ?」
エイジは声を出せない、出す余裕がない。
「テメェの右腕もとんでもねぇことなってんなぁ……」
そっと、先ほど握っていたアンプルを、エイジの口元に運んできた。
すべて飲み干していなかったのか、容器の半分ほど残っていた。
(なんの、真似、だ?)
「置き土産だよぉ候補生ぃ、右腕直してやるよぉ、へっへっへっ」
(なんで笑っていられるんだ、どうして死んでもそんな明るい顔してんだ元人間!)
そんな声を上げたくても余裕はない。
「俺達がどうしてこんな目に合ってるかよぉ、知りたきゃ飲めよぉ」
「……」
ナイトはまだ、固まったまま動いていなかった。
痛みでおかしくなりそうになりながら、ベヒモスの腕を左手で掴んでいた。
「な、治るんだな?」
「もちろんさぁ」
「治っても、てめぇらを……殺すだけだぞ?」
「それでいいのさぁ」
エイジは怒りに身を任せ、口元に寄せられたアンプルをむせながら飲み込んだ。
「天か地獄に変わるかはてめぇ次第……、この言葉覚えておけよぉ?」
それを聞いて体に異変を感じたと同時に、エイジは意識を失うのだった。
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