紅のキメラ


 その日の夜、エイジはガレージで待機していた。

 いつでも機体が動けるようにナイトにはもう乗り込んでいた。


「ナイン、本当に大丈夫なんだな?」

「問題ありません、その質問はむしろエイジ自身にお尋ねください」

「俺に?」

「心拍数や血圧に変化、緊張状態であると判断します」

「まぁ、正直おっかねぇな」

「今まで戦闘してきたベヒモスとは違い精鋭がいると思われます、エイジにしてはよく慢心しないですね」

「ほんと口悪いな、まぁ駅の事ちょっと思い出しちまってさ」


 攻撃目標でもあるグールヘヴン。

 彼らがあの時の犯行グループでもあり、BELの組織の一つ。


「ま、警戒して損はないだろ」

「そうですね、ところでエイジ」

「なんだ?」

「アヤからコールが」

「繋ぐか、迎えが来たら切ればいい」

「了解」


 夜に連絡してくるとは珍しいと、アヤと通話を繋いでいた。


『あ、エイジ君? ごめんねー急に』

「構わないよ、それで?」

『別に用事って訳じゃないんだけどね』

「まぁアヤと話せればなんでもいいよ」

『嬉しい事言っちゃってー、ねね、今度またデートしない?』

「今の大仕事終わってからかな、もうすぐ終わるんだ」

『おー』

「今度はどっか遠くにでも行ってみるか?」

『行ってみたいけど私も忙しいし、泊りでいかなきゃいけないようなのは無理かなー』

「……」

『まぁでも無理言えば二日くらい休みもらえるかも』

「泊まりか、いいかもな」

『でしょー』

「エイジ、そろそろ来ます」

「すまん、時間きちまった、今から仕事でね」

『あらら』

「テストパイロットも大変だよ」

『そっかー、頑張ってね!』

「ああ、また今度連絡する」


 通話を切ると同時に天井が開いた。

 いつもの輸送ヘリではなく、降りて来たのは輸送ドローン。

 ナイト単体を輸送する、日向の製品である。

 いつもとは違い静かなローター音が聞こえる程度で、固定用のフックがぶら下がっていた。


『中村英二、機体を固定せよ』

「了解」


 真下まで移動し、手動でロックする。


『ブースタは目標地点に投下するまでは暖めるな、BELに接近を察知される危険がある』

「了解、俺以外の戦力は?」

『君には質問する権利がない、ただベヒモスを殲滅せよ』

「……、了解」

「こちらナイトAI、通称ナインです、作戦遂行のため指令AIとのデータリンク共有を、搭乗者への指令内容伝達は私が」

『了解した』


 通信が切れると同時に輸送ドローンが浮上し、エイジを空へと運んでいく。


「なんか冷たいと思ったらさっきのAIか?」

「はい、八咫烏の戦術監視AIだと思われます……、接続完了」


 エイジの視界に作戦内容、他の味方勢力の位置等が表示されていく。


「行って倒すだけ、細かい事は他の部隊がってとこか」

「シンプルです、だた施設は狭く、また入り組んでいるため乱戦が予想されます」

「誤射の可能性アリか」

「戦場での負傷者で誤射や流れ弾は予想が出来ないため非常に危険ですが、味方の位置や射線等はデータリンクの共有で防げます……、ようはエイジが普段通りにやると味方に撃たれるという事です、大変ですね」

「押さえろってんだろ、わかってるよ」


 判明している施設は廃棄された工場。

 突入部隊が侵入し内部構造を把握、工場外部からの地下搬入ルートを見つけ、なければ一部道路や施設を破壊してエイジを先頭に強襲する予定らしい。


「なんか雑だな」

「同意します」


 移動中だが、作戦開始の合図が表示された、どうやら第一部隊が既に行動を起こしているようだ。


「始まったか」


 ドローンは高度を上げ、夜の闇がエイジの姿を隠していく。


『八咫烏よりフェイズ2の指令、侵入部隊が内部構造のデータ入手との報告』


 ドローンに情報が伝わると速度を上げ目的地上空に移動していく。


「……、結構優秀なんだな、どんどん作戦が進行していく」


 このままだと何もせずに終わっちまうかも、そんな事を考えているとフェイズ3の指令が表示される。


『第二侵入経路確保、障害物なし、投下準備せよ」

「ブースタ燃焼開始、各システム再チェック」

「問題なし、落下予測表示」

「秒読み開始……10……9……」


 いよいよか、とエイジは武装のロックを解除していく。

 投下地点では既に戦闘が行われているらしく、味方と敵の信号が入り乱れていた。


「第二部隊は迎撃されてるのか」

「3……2……1……」

『ロック解除、投下』


 無機質な声を聞くのと同時にエイジはエアブレーキを使用して落下地点のズレを治していく。


「カートリッジロード、ナイン、ブースタは着地前に一回、着地後に一回だ」

「了解」


 どんどん高度が下がっていき、モニターに大きく開けてある地面の穴を確認する事が出来た。


「第二部隊に通信、真下にいると焼け死ぬって」


 第一噴射開始、ガクッと落下速度落とし、燃焼時の煙が地下に広がっていく。

 煙が広がり視界が無くなってもエイジの眼には味方部隊が記録した地形情報が映っている。

 着地と同時に轟音が響き、二回目の噴射は周囲の敵にブースタを向け瞬間的に距離を空けると同時に焼き殺す。


「味方ベヒモス部隊と合流完了、キド達のようですね」

「まじか」


 煙が晴れると、敵部隊は後退したらしく、味方部隊が侵入口を占拠出来ていた。


「うるせーぞエイジ! 耳が壊れるかと思ったじゃねぇか」

「すいませんキドさん、後は俺が先頭に立つんで」

「いいもん持ってんだから当然だ」


 キド達のベヒモス状態を見るのは初めてだったが、ベヒモス用のバトルスーツがあるのか、皆同じ格好をしていた。


「エイジのベヒモスはこんな感じか、随分おっかねぇ面してんな」

「結構気に入ってるんですよ、コレ」

「元候補生の発言とは思えねぇな」


 確かに、そう感じながら敵が後退していった方に進んでいく。


「複数の敵性分子確認、ベヒモスです」


 両腕の機銃を問答無用で撃ちまくり敵を黙らせていく。

 見つけたら撃って殺す、だたそれだけの作業にエイジは拍子抜けしていった。


「いくらなんでも弱すぎやしないか?」


 キドの発言に同意し、さらに警戒を深めていく。


「敵の主力はどこにいるのでしょう? まさかこれが主力とは言いませんよね?」

「ああ、いくらなんでも弱すぎる、弾除けか、それとも廃品処理にでも使われてるのか……」

「情報漏れですか?」

「あり得ない、こいつ等にそんな頭があるとは思えねぇ」


 ここはグールヘヴンの拠点のはずだ、主力ベヒモスが居るはずだと警戒しつつ進むがやはり変化はない。


「データ取得、施設全体の制圧が完了したとの事です」

「マジかよ」

「ナイン、爆発物等の可能性は?」

「現在索敵中……」

「あっさり過ぎてちょっと怖いな」


 シロカラスの面子も警戒状態のままだ。


「ナイン、施設の外の様子見れるか?」

「監視カメラの映像を」


 施設そのものは静寂に包まれていた。

 何事もなかったのではないかと錯覚させるほど、戦闘などは行われてはいない。


「ん?」


 だが、銃撃の跡がない場所にも血痕が残っているようにも思えた。


「本隊って近接武装の部隊っているんでしょうか?」


 キド達の武装を見ても重火器ばかり、ベヒモスに効く兵器があるなら近接武装での突撃は友軍に撃ってくださいと言っているようなものだ。


「エイジもわかってるだろ、近接ってのは非常時や不意に遭遇した場合に行うもんだ。 単機で場荒らしで使うような狂ってる奴くらいしか集団では効果ねぇよ、隠密だって結局は単独で銃声よりは音が出ないとか、マガジンとかいらねぇからって身軽になるってとこだな」

「そうですよね……」

「グールヘヴンの主力が隠れている可能性があります、集団とは限りません、単独で荒らすベヒモスの可能性もあります」

「孤立すると危険ですね」

「まぁシロカラスには来ねぇ可能性はあるな」


 ベヒモス連中は感覚が妙に敏感な連中が多い、エイジがそうであるようにここの部隊は訓練で強化されたベヒモスだ。

 気軽に単独で攻めれる部隊ではない。


「仮にそういう連中がいるならまず指揮系統を狙うだろう、俺達も本隊と合流するぞ」


 キド指示の元、シロカラスが本隊と合流しようとした所にエイジに秘匿回線による通信が飛んできた。

 相手は主任だった


「中村君、ウォーミングアップは済んだかな?」

「確かに軽い仕事でしたけどまだ終わってないと思います」

「その認識があれば十分です、今までの任務は無駄ではなかったですね」

「単機での仕事ですか?」

「キドの部隊とは別行動になりますね、警戒任務です、施設屋上にて待機、襲撃の報告があり次第臨機応変に対応してください」

「了解、報酬を期待しても?」

「仕事次第ですね」

「エイジ、行きますよ」


 キドと別れ、施設の中を走っていく。

 脆い建物なのか、ベヒモスとナイトの重量で床や壁にヒビがはいっていく。


「ホントにこんな脆いとこが拠点なのか?」

「脆い建物というのは壊すのは容易いですが、占拠等はしづらく直ぐに廃棄するには非常に便利です、今回キドやエイジが地下制圧に参加させられたのはそういった理由もあります」

「上の階でぶっ放して下の連中が生き埋めになる可能性か、厄介だな、今の状況危険じゃねぇか?」

「なので警戒任務なのでしょう」


 おっかねぇなと、肌で感じながら歩くがやはり敵は見当たらない。

 そうこうしている内に施設屋上へと到着していた。


「屋上に到着……、特に何もいねぇな」


 辺りは静けさを保ったまま、照明もなく、エイジ以外の存在を感じられないのだった。

 これで終わりとは思えない。

 味方の通信も飛び交ってはいるが変化はない。


「襲撃するのか、それともこのままとんずらか……」


 そう考えている間に時間は経っている。


「マジで、なんもなし?」

『残党確認、排除します』


 味方の通信に動きが出てきて建物そのものが動き出したような感覚に襲われた。

 屋上の何処に隠れていたんだと、ベヒモス達が姿を現す、地下で戦った連中とは違って、装備と練度が違う。

目標補足コンタクト


 ナインの無機質な声が響くと同時に、静寂がパレードに変わった。

 銃声や破砕音、悲鳴も一気になり始め辺りは再び地獄と化す。

 奇襲が成功したのか本隊の動きが悪く苦戦しているような通信が聞こえてくる。


「屋上に三体、どれも上級ベヒモスと推定」

「今までとは格が違うってか!」


 動きがまるで違う、ただ直進してくる連中とは違って訓練された行動だ。

 ただ吠えるだけではなく、如何にこちらを殺すかという冷静さに警戒していた。


「ある意味、これが初めてまともな戦闘かもな」

「軽口言っっていると死にますよ」

「そうだな」


 敵の武装に銃器は無い。

 隠しているだけかもしれないので警戒はするが、そうしている間にゆっくりと距離を詰めてくる。


「囲まれてるのは厄介だな」

「どうします?」

「突破だ、新武装のテストといこう」


 バーニアを吹かすと同時に脚部のローラーが唸りだす。


「暴れるとしよう」

「程々に」


 ベヒモス達はこちらが動くと同時に一斉に切りかかるが既に遅い、

 三角形を描くように囲んでいたが、エイジのナイトが白煙と共にその場から爆走し始めた。

 一体に強烈なタックルを食らわせ包囲を突破、バーニア出力を丁寧に調整し、ローラーでターン。

 二体は回避しようとその場から離れようとするが、近接武装のみとは違い、エイジには銃器がある。 ターンと同時に乱射しつつ二体目をミンチに変える。

 三体目を狙うが弾倉交換のサインが点灯し大げさなリロードをして見せる。

 相手にとっては絶好のタイミング、リロードと同時に一気に間合いを詰めるがそれも予測済み、マガジンを手放し、腕部に搭載されたパイルバンカーで強大な風穴を作る事になるのだった。


「次行くぞ」

「了解」


 弾倉を拾い直し、銃器にセット。

 バーニアのソケットも装填し直し、屋上から乱戦中の戦場へ飛び込んでいくのだった。



 敵味方はハッキリわかるが今銃器を使えば確実に味方を撃つ事になる。

向かってくる敵に対して近距離射撃の繰り返しだが、確実にこちらが優位になりつつあった。

 奇襲こそ成功しているが戦力差が埋まるわけではない、個々の技量では八咫烏の方が上だった。


「任務更新、追撃指令です、敵位置を表示します」


 乱戦している場所から少し離れた場所で逃げようとしている連中がいた。

 場所を確認すると、エイジはそのままバーニアでジャンプ、そのまま目標地点まで一直線に爆音で進んでいく。


「カートリッジ残量ゼロ」

「了解」


 推進剤が爆発する事もなくなったが、その代わりバーニアそのものが邪魔になってしまった。

 無理やりナイトを飛ばしているためバーニアユニットはかなりデカい、燃料の分だけ軽くはなったが出来れば取り外したい所だが予備がないため出来れば持って帰りたいのだ。


「なんとか使い捨てにしたいもんだな」

「敵影捕捉」


 八咫烏の部隊は全て倒されていた。

 ナイトの残骸が転がり、パイロット達の姿は見当たらない。

 確認できる敵は三体。


「新手、手練れだね」

「姉貴……、この黒い奴」

「情報通りの潰し屋だね」


 姉貴と呼ばれたベヒモスは明らかに今までの奴とは違っていた。

 一言でいえば小さく細い、こちらが漆黒であるなら彼女は紅。

 そして、初めて感じる闘志。

 あれはさっきまで戦っていたベヒモスではなく、エイジと同じくキメラが投与されているという確信があった。


「グールヘヴンのリーダーと情報が酷似しています」

「だろうな」


 紅は一気に間合いを詰め、問答無用で首元に蹴りを入れるが、なんとかガードに成功、左腕銃器が破損する。


「とんでもねぇ威力だな!」

「銃器は潰した、早く撤退して!」

「姉貴!」

「早く!」

「逃がすかよ!」


 バーニアを吹かそうとしたがもう推進剤は無い。

 距離を詰めようにも紅が邪魔をした。


「チッ!」

「ご自慢のジャンプはもう使えないみたいだね」

「ああそうだよ、運が良かったなこのやろう」

「……ん?」

「あ?」


 妙な違和感を覚えた。

 知っているはずなのに全く覚えがない。

 紅は一瞬動きを止めたが、驚くような速度で視界から消える。

 今すぐナイトから飛び降りて戦闘したい所だがそんな隙を与えなかった。

 装甲のお蔭で大したダメージは無いが、こちらは何もできない。


「……遅いね」


 耳元で囁かれた、畜生そんな余裕まであるのかよとエイジは舌打ちする。


「調子に乗んなよ!」


 思いっきり後ろに跳躍し、壁を背にする。

 これなら攻撃方向は限定され、迎撃しやすくする。


「……って、アイツどこいった?」

「敵、離脱しました」

「あのやろう……」


 さっきまでの戦闘が嘘のように、辺りは静寂に包まれていた。



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