決断
任務が完了し、ラボへと帰還した。
紅は見逃したが主目的である施設の破壊には成功。
しかしグールヘヴン全体で見れば一つ潰しただけなので、その周辺でベヒモス被害が減るだけとなった。
判明している施設はあまりにも少ない。
紅も他の施設に避難しただろう。
「ナイン、損害報告」
「銃器破損や装甲が一部剥がれた程度で軽微です」
「こっちより早い奴がいるとどうしようもなかったな」
「対応策は検討済みです、チハルにデータを送ってあります」
「流石だな」
ベヒモス化を解くと疲れが襲ってきた。
端末を取り出し、メッセージ等をチェックすると主任から通話がかかってきた。
「お疲れ様です中村君」
「すいません、紅い奴を仕留め損ねました」
「結構です、目的は達成しましたし、あの紅はあの施設のトップというだけで情報はさほど持っていないでしょう」
「かなり強かったですよ?それだけでも脅威では……」
「八咫烏の見解としては、強いベヒモス程現場にはいません、おそらく重要な物資の護衛として配備されているでしょう」
「物資」
「ええ、キメラやベヒモス因子のね」
以前聞いた事を思い出す、ベヒモスが外で暴れているのはいらなくなった個体の処理や実験だと。
それ程重要ではない施設でも実験用の薬品はあるという事かもしれない。
「中村君もお疲れ様でした、休暇申請すれば一日くらいはなんとかなりますよ」
「じゃあ後でまた連絡します」
それで通話は切れた、休暇がもらえるならアヤに連絡するしかないと早速通話ボタンを押していた。
「深夜一時ですよエイジ」
「二時間も経ってたのか」
撤収作業やまだ残っているかもしれない残党の探索で思ったよりも時間が経っていたらしい、慌てて切ろうとしたがアヤが通話に出ていた。
「わりぃ、起こしたか?」
「い、いや? 起きてたし、大丈夫だよー」
妙に疲れているような声が返ってきた、仕事中なのかもしれない。
外にいるのか色んな声が聞こえてくるが何を話しているかはわからなかった。
「実は休暇一日だけとれるみたいでさ、急いで連絡したくてつい、忙しいなら切るが」
「大丈夫、てかこっちの声聞こえる?」
「なんとかね」
「そっかー都合のいい日かー、早めに決めないとだね」
「そっちに合わせるよ」
「じゃあ、ってごめん、ちょっとまってて……、それはこっちにー、え?あーなんとかなるっしょ、ところで一日休み取りたいんだけどー、だめ?なんとかしてよ、蹴るよ?ありがと」
アヤの声がよく聞こえてくる、内容は少々荒っぽいが嫌な雰囲気ではなかった。
「おまたせ」
「なんか蹴るよとか聞こえたんだけど?」
「いいのいいの、部下だし、明日連絡するね、休む分働かないと」
「わかった、楽しみにしてる」
「私も、じゃね」
「ああ」
通話を切り、小さくガッツポーズ、主任ありがとうと心でお礼をする。
ガレージから部屋に戻ろうとした時にオーガがつまらなそうな顔で出迎えてくれた。
「随分嬉しそうだな?」
「休暇もらえるからな、一日だけ」
「……こういうのはこれっきりにしろ、主任から直接依頼は受けるな」
「なんでだ?」
「主任を信用してないからだ」
「そうなのか?」
「ナイン乗っ取り、あれの出所が主任だ」
「マジで?」
「マジだ、こっちの情報を少しでも取ろうとしたがナインの防壁を突破する前に発見できた、カザミとエイジのお蔭でな」
「……、良くも悪くも仕事熱心な人だな」
「しかもバレてもいいようにしてある、さっきメールで謝罪してきたぞ」
「うわぁ……」
主任の目的はわからなかった。
命令を受ける事はあったが、彼の本心のような言葉は聞いた事がない。
思い返してみれば仕事に忠実な人で、個人の思想などは切り捨てているような感じでもあった。
「オーガって、主任の名前とか知ってるのか?」
「知らん、アイツの仕事以外は何も知らないんだよ」
「……確かに信用できないか」
「なんだ、お前は信用してたのか?」
「色々助けてもらったし、結構優しくしてもらってさ、いつの間にか信用してたって感じかも……、今の話を聞いてからは色々おかしいなってとこはあるんだけどさ」
「ま、学生にとっちゃ真面目な人くらいしか印象はないだろうよ、気を付けておけ」
「……、ああ」
オーガはそのままナイトの方に向かっていった。
カザミではやれない部分のメンテがあるのか、作業に没頭していた。
「エイジ」
「どうした?」
「疲労度が普段より高いと思われます、早めの休息を」
「わざわざどーも」
ナインが注意する程体は疲れているらしい。
主任の事も気になるが、一先ずは味方であると信じて体を休めるしかなかった。
久々に熟睡したのか、起きると時刻は十一時とすっかり寝坊していた。
「……やっべ」
急いで八咫烏から連絡が来てないか確認するが今のところは無い。
しかし訓練時間はとっくに過ぎているので急いでキメラスキンを着てガレージに向かう。
「すまないオーガ、寝坊した」
「んあ? 今日は休んでてもいいぞ」
「そう、なのか?」
「八咫烏には検査って言ってある、実際長時間のベヒモス化は今までなかったからな、午後になったらまたあの中に入ってもらうぞ」
「わかったよ」
ガレージの方を見てみればカザミが整備を始めていた、なるほど、
ナインが声かけてこないと思っていたがそういう事かと納得する。
「おはようカザミ」
「もっと寝ててもよかったのに」
「そうですよエイジ、今日は休息するのが仕事です」
「俺そんなに疲れた顔でもしてんのか?」
「この子を見たらわかるよ、昨日大変だったんでしょ?」
「そうでもないけどな、普段より少し厄介ってくらいで」
「それは違いますエイジ」
ナインがモニターに表示したのは、昨日の身体状況についてだった。
帰還時にはレッド、つまりこれ以上は危険な状態になる寸前であり、思ったよりも体は酷使されていたようだった。
「戦闘そのものは紅以外に苦戦はしませんでしたが、戦闘時の興奮や緊張状態が長く続き気分的には何も感じないでしょうが体には常に負担が掛かっていました。確かにベヒモス化して強くなると思われがちですがベースは人間なのです、長時間のベヒモス化は体に影響を及ぼし、次第には日常生活すら困難な状況になるケースもあります、午後の検査はその確認でもありますし、体を万全な状態にするためでもあります」
朝寝坊したのも体が疲れていた証拠でもあるらしい。
「なるほど、寝坊しても憎まれ口言われないのはそういう事か」
「はい」
「わかった……、ああそうだ、アヤから連絡あったら教えてくれよ、午後まで休んでるから」
「わかりました」
ガレージを後にする際、カザミが何か不思議そうな顔をしていた。
「ねぇナイン、アヤってどちらさま?」
あえて聞こえなかったようにしよう、根掘り葉掘り聞かれても困る。
「仕事相手です」
ふと、脚を止めていた。
ナインが嘘を吐いている事に思わず耳を疑ってしまった。
「そうなんだ」
「はい、チハルは気にしなくても良い相手です」
「そ、そうなの?」
「はい」
後で理由を聞いてみると決め、今は大人しく体を休めよう。
……
再び薬品漬けとなり無事検査終了、特に異常もなく若干の疲労程度まで回復していた。
その間にアヤからの連絡は無いので、大人しく体を休める事にしてい……、というよりは喋れるがまだ機材と繋がりっぱなしなので動く事は出来ない。
「ナイン」
「なんでしょうか?」
「なんでカザミにアヤの事話さなかったんだ?」
「……、不明です」
「大丈夫か?」
「機能低下などではありませんが、正直に話すというのが最善ではないと判断しました」
「どうして?」
「不明です、エラーはないのですが……、説明できません」
「ますますユニークになったなおい」
「いい事である事を願います」
人間でいう所の気をつかったのかもしれない、と推測をしてみたが実際ナインがどうしてそんな事を言っているのかに興味を惹かれていた。
黙って端末を操作していたオーガにも聞こえていたのか、ナインの端末をずっと見ていた。
「完全な人工知能っていうモノはまだないが、人格の再現みたいな話は聞いた事はある、正直言って馬鹿馬鹿しい話ではあるがな」
「オーガ?」
「要は数ある思考パターンを観測し、それを保存して最適だと思われる行動をとるのが今の人工知能のユーザーインターフェイスさ、自分では考えず目的の最適だと判断する材料を選択し実行、ここにはAIの考えなんて存在しない……、だがな」
「だが?」
「判断材料はマスターのエイジの目的という事で合っているが、アヤとカザミ、どちらを優先すればいいのかはナインには判断できないんだ」
ナインは何も言わずだた聞いていた、オーガの話から推測するのであれば最適な回答や行動を選択してる事だろう。
「ならエラーでも出るんじゃないのか?」
「ナインにエラーはない、どっかの奴が弄り倒してAIの癖に思考パターンを学ぶのではなく生み出す事を選択しちまったのさ」
「カザミか?」
「ああ、整備士の意見とパイロットの意見、両者を取りまとめ円滑な関係にしていく事が最初の思考パターン構築だったんじゃないか?」
AIの学習元はパイロットだけであり、本来は機体制御のパターンを掴む事しかしない、しかしエイジ達ナインを持ち出し、訓練校の生活を通し様々な対象と接触してきた。
それが良い方向に思考パターン構築させ、人工知能のリミッター内で最適の思考パターンを組もうとしているんだ。
写真やエイジ以外の人間と接触するのもそのためであり、日々学習している所にアヤというエイジにとって「優先度の高い人物」が現れたのだ。
「ナインは成長している訳じゃなくて複雑な思考パターンを構築してるだけなのか?」
「それじゃそんなユニークにはならんよ」
「じゃあ?」
「そいつは、思考パターンに八つ当たりも入ってるんだよ、おそらくな」
「八つ当たり?」
「ちゃんと解説してるのにまともに改善しないパイロット、不確定な行動に、思い通りに制御できなくて何度もエラーコードと修正を繰り返す、そのエラーを仮に苛つきと呼ぼうか」
なんかわかったかもしれないと、エイジは一人呟く。
機械としての仕組みなら想像は出来ないが、人としての感覚ならわかるかもしれないと。
「その苛々をぶつけた方が、お前としては話しやすかったんじゃないのか?」
「まぁ、そうだな」
「つまりは失敗しすぎてある程度投げ出してるんだよ、機械の癖に百より九十を伝える事に専念する、何割か伝わればいいと動いているっていうんだから面白い」
「私は結果的にそれが最適だと判断したまでです、パイロットであるエイジが百理解できないならそれに近づけるしかないと判断するしかありません、思考するというのであれば意地でも百伝える方法を思考するんです、私にはそれが出来なかった」
「出来ないと判断した要素は?」
「エイジが、いえ人間が不確定要素しかないからです、特に気分等といわれ急に行動変えられるのは予測できません、推測は出来る様になってきましたが」
「だってさエイジ、反省しとけ」
「そう言われてもさ……」
「歩の悪い賭けを優先するのかと思えば、急にセオリー通りになる、エイジの事は他の候補生の行動と比較してもズレていました」
「……、まぁスコアは安定しなかったな」
候補生時代、ベヒモス化するまでは具体的な目的は確かに持っていなかった。
駅の惨劇、あの後ベヒモスを潰す、元凶を叩くと決めたキッカケ。
「最近のエイジは、八咫烏に所属するようになってからはかなり動きが良くなりました」
「そりゃ殺し合いしてるんだからな、今までのようにしてはいられないだろ」
「ナインはそれが少し面白くないんだろ?」
「まさかそんな……」
「不満ではあります」
「マジかよ」
「今までの思考時間を返して欲しいほどエイジは動くようになりました、耳も貸すようになりました……、最初からそうして欲しいと言わざるえません、また百を伝える事が出来るんじゃないかと錯覚するのでむしろ今まで通りに動いてほしいですね」
「わかったよ、こっちも百に近づけるように動きゃいいんだろ」
「無理ですね」
「無理だな」
「酷くね?二人とも酷くね?」
オーガは端末を弄りながら、珍しく笑っていた。
いつものような意地悪な感じではなく、素直に笑っているようにエイジには見えていた。
「ところで動けるようになるまで後どのくらいだ?」
「さぁな」
「暇なんだよ……、ナイン、なんか動画ないか?」
「では昔のエイジの実機訓練動画でも」
「何故ある?」
「見せてみろ」
「いつの奴だよ、その訓練」
「第四回、他のAI機体に乗った際の動画ですね」
「四回……って、ド素人ってか挙動確認演習じゃねぇか!」
画面にはまともに動かせず、転がる機体が映っていた。
他の訓練機も同じようにコケておりエイジとしては苦い思い出でしかない。
「これひでぇんだよ、挙動訓練用なのにこの時だけオートバランサー外してあって一種の適性検査みたいな感じでさ」
「この訓練のおかげでエイジはバランサー不要になりましたが」
「……え、使っていただろ俺」
「いいえ」
「いつからだっけ、多分外せって言ったんだろ?」
「いいえ」
「どういうこった?」
「チハルが嫌がらせでバランサー外した事を黙っててとお願いされてからですね、丁度この訓練後です」
「……、でもなんか動かせていたような気が」
「結構転びましたがそのうち慣れて、最終的には軽量化できるという理由でバランサーそのものが外されていました」
「もしかして俺の使っていたナイトに乗る奴が少なかったのはそのせいか?」
「はい」
「お蔭で無茶な機動が出来る様になり、各パーツの摩耗率は……」
「色々納得したよこのやろう、ありがとな」
「何故そこでお礼が?」
「そんな状態でまともにやってこれたのは確実にナインのお蔭だよ、言うのが遅れてわるかったよ」
「いえ、サポートするのが私の仕事ですから」
その後は候補生の時の失敗を根掘り葉掘りとオーガに聞かれる事になったが、それはまた別な話だ。
検査も終わり、アヤからの通信を確認するとメッセージが残っていた。
『明日か明後日でいい?』
「了解、じゃあ明日で……っと」
即座に返信し、主任へ電話すると相変わらずの速度で通話に出てくれた。
「主任、休みの件なんですけど明日でお願いします」
「わかりました、他に何かありますか?」
「ナインのハッキングはやめてくださいよ?」
「善処しましょう」
くそぅ、あっさりしてると妙な悔しさを感じながら、微妙な表情になってしまった。
「他は特にないです、しいて言うなら……」
「言うなら?」
「俺も主任の事信用出来なくなりましたね」
「宜しい」
あっさりと切れて通話は終了してしまった。
それもわかっていると言わんばかりの反応に敵わないなぁとぼやきながらオーガに休日の件を報告していた。
さてやる事もないと乱雑な休憩スペースに向かうと、カザミはソファが寝ていた。
ツナギのままで、多少の汚れも落とさずぐっすりとしており、起こすわけにはいかなかった。
「……お疲れさん」
と、自室に引っ込んでいく。
「今回の襲撃で何が変わったのかね」
「BELの一拠点を狙い、ベヒモスの流通を少しだけ阻んだ程度ですが、このまま大人しくしているかはわかりません」
「案外、何も変わらねぇのかもな」
「かもしれません、しかし、エイジのような被害を受ける事は確実に減りました」
「じゃなきゃこんな体になった意味がねぇからな」
「死んだ意味がありませんからね」
「……だな」
明後日から忙しくなる、まずは明日を楽しもうとベッドに横になるのだった。
……
アヤから連絡が入り、いつ通り黒猫亭待ち合わせする事になった。
柄にもなく入念に身だしなみを整えているとカザミやオーガに白い眼で見られていたような気がするがそんな事はどうでもいい。
何があってもいいように下着はスキンスーツのままで模様を隠し、予定よりも早く黒猫亭に入って行った。
「あれ?」
「ん?」
開店して三十分程だったが、アヤが既にくつろいでいた。
驚きつつも同じ席に座りとりあえずとコーヒーを注文する。
「随分早く着いたんだな」
「そっちこそ、約束の一時間前だよ?」
「また忙しくなるし、会える時に会いたいからさ……、落ち着かなかったんだよ」
「嬉しい事言うねまったく」
「そっちこそ仕事とか大丈夫なのか?急に休み入れてただろ?」
「あぁあれね、問題ない問題ない」
「ならいいけどな」
明日からまた忙しくなるならと即席でデートプランを考えるが、経験が浅く全く浮かんでこない。
「まいったな」
「どしたの?」
「無理やり取ったような休みだったから、今日どうしようか悩んでさ……」
「私もそういうの思いつかなくて……、早めに来て考えようかなってさ」
「同じ事考えてたか」
「互いに見栄張って考える時間無くなっちゃったね」
「約束よりも早く会えるのは嬉しかったけどさ」
「また紅くなってるよ?」
「察しろよこのやろう……」
マスターが都合よくコーヒーを持ってきてくれるので砂糖たっぷり入れ一口飲む。
「……、あのさエイジ君」
「ん?」
「今日は首に包帯巻いてないんだね?」
「ああ、いい下着あってさ、ケガとか全部隠せるんだ、しかも着心地がいい」
「蒸れたりしないの?」
「結構いいやつだぜ、スポーツウェアの一種みたいでさ、仕組みは聞いてないからわかんないけど第二の肌っていうのかな、馴染んじゃって着てる感覚がなくなるっていうか忘れちゃう感じでさ……、これ女性用とかあればアヤもわかるかもな」
「なんかすごいね……」
あれ、なんだか暗いな?と疑問を抱く。
「わり、興味ない話だったな」
「いや、そんな事は無いんだけどね」
「なんかあったのか?」
話そうか悩むのか、帽子を取る。
相変わらず包帯が巻かれており、額や顔の一部が隠れていた。
「なんかあったと言えばあるんだよね、まぁ仕事の事だから愚痴るのも嫌なんだけどさ」
「話したくないならいいさ、俺も仕事で愚痴あるし」
「そなの?」
「上司がね、なかなか意地悪な人でさ」
「嫌がらせでもあった?」
「本人はそのつもりないだろうけど、まぁそんなもんかな……、テストパイロットは大変ですってか」
「日向もいろいろあるんだね」
「ナインもその被害にあったし……、やめやめ、暗くなっちまう」
自分は無事だったとはいえ八咫烏とグールヘヴンの人間は結構死んでいた。
BELがなければ殺されずに済んでいる連中だと思うと少し嫌な気分になる。
「今日は休みなんだし、のんびりでもいいかもな」
「それいいかも、私もクタクタだし」
「おつかれさん」
「そっちもね、もぅ酷いんだよこっちの上司も」
「人使いでも荒いのか?」
「そんなとこ、こっちはホント道具だと思われてるだろうね、使えないってなったら即底辺部署行きだし……、私はまだ余裕あるけど他の人は散々、顔見知りが次々とやめるか底辺部署に飛ばされるかで一ヶ月誰も動かないって事は無いね」
「輸出業がそんな大変だとは思わなかったな」
「扱ってる商品のせいかなー、勿論部外秘だからその辺は端折るけどさー」
デカい溜息を吐きながらやれやれと呟いていた。
「……無理に休み作ってもらっちゃって悪いな」
「いーのいーの、クビになってどっか他所でやる方がいいかもね、上司がそれを許さないけどさ、ストライキでもしてやろうかな」
「アヤって仕事出来るんだな、羨ましいよ」
「……やらなきゃ回らないだけ」
「こっちなんてナインや整備士に文句言われるし、体ボロボロになるまで実験されたりするし、酷い時は全く休みなし」
「楽な仕事よりも楽しい職場かな、きつくてもなんとかならない?」
「そうかも、一応やりがいはあるんだけどな」
「こっちはそういうのもないかな、居なくなる人も多いせいか余所余所しくなるし、上司も機械みたいに冷たいからね」
「なんなら俺んとこ来いよ、トップは嫌な人いるけど直属の上司や同僚は良い連中ばっかだよ、独特かもしんないけどさ」
「冗談でもありがと、でも無理だから……気持ちは受け取っておくよ」
「……結構本気だけどな」
アヤがちょっと泣きそうな顔で笑っていた。
「マジでやべぇ、もう嫌だってなったら言えよ、さらってやるからさ」
「ホント、よくもまぁ恥ずかしくなりながら言うよね」
「いいじゃん、力になりたいんだよこのやろう」
「わかった、どうしてもって時はお願いするね」
「ああ、まかせろよ」
マスターを呼び、適当に注文を済ませる。
「お静かにお願いしますね?」
「す、すいません」
「私いつものよろしくです」
「かしこまりました」
やっといつも通りの空気になったと、安堵しつつ水を持ってくる。
「今度は二つだね?」
「あんときは悪かったよ」
「……、ねぇねぇエイジ君」
「なんだよ改まって」
「もしも友人が人間じゃなくなってたらどうする?」
「……」
急に何を聞いてくるんだと、エイジの表情がきつくなっていた。
「そんな怖い顔しないでよ」
「ナイトのテストやってる人に聞く質問じゃないけどさ、まぁ俺だったら……」
「だったら?」
「その友達次第かな、何も変わっていないならいつも通りに付き合うし、不便があれば手伝ってやるかも、人間やめちまって暴れまわるようだったら意地でも止めるさ」
「止める?」
「友人なら、そうするだろ」
「そうだね……」
「仮にその人間じゃないってのがベヒモスになった事なら……」
「なら?」
「俺はその薬を作ったやつを許さないさ」
「ばら撒く連中じゃないの?」
「日向で働いてるとその辺詳しくなるんだよ、騙されて薬使っちゃう人もいるしな」
「……」
アヤの表情は変わらない、安心するかどうかはわからないがエイジは話を続ける事にした。
「でも、服用したって本人はそこまで変わらないんだよ、ちゃんと被害届だせば注意人物にはなるかもだけど殺傷対象にはならないんだ」
「ホント、候補生さんはこういう話題には詳しいね」
「元、だけどな」
「そうでした」
「でもどうしたんだよ急に?」
「なんでもない、ちょっと気になったから」
「へるおあへぶんの取材なら勘弁してくれよ」
「その手があったか」
「ニュースに取り上げるのはもっとやめてくれよ」
「いいねそれ」
「おいこら」
「大丈夫だって、エイジ君だってわからなければいいんでしょ?」
「そういう問題じゃない」
その瞬間、軽く端末が震えだす。
「っと、ナインも喋りたいみたいだな」
端末を置き、アヤのオービットと同期させる。
「こんにちはアヤ」
「やっほーナイン、相変わらずエイジ君に苦労してる?」
「そうですね」
「それに関しちゃ、何にも言えねぇ」
「んー、なんか正面だとちょっと違和感あるね」
オービットで同期しているが、アヤの視界に映るのはエイジの見ているモノである。
アヤから見るエイジの視線と映像が合わないせいで妙な違和感があるのだ。
違和感を消すために、エイジの隣に座るアヤ。
「これならばっちり」
「……そうだな」
「エイジ、真っ赤ですよ」
エイジの肩に寄りかかり、アヤは大人しくなっていた。
「今日はホントどうしたんだよ、猫みたいだぞ」
「猫は嫌い?」
「…………、あぶね」
「今また何か言いそうになったでしょ?」
「い、いいだろなんでも」
「よくはないかなー、気になるなー」
「ったく変な話はするし、今日はやけに絡んでくるな」
「嫌いになった?」
「それは無い」
「そっか」
ホントに何かあったんじゃないだろうか?
そう思わせる様に甘えてくるアヤに嬉しいが何か複雑な思いもあった。
自分はベヒモスだ、体に金属も入ってる。
普通ではない……、アヤに伝えてしまったらこうして会う事が出来るのか不安でしょうがなかった。
「やっぱなんかあったんじゃないのか?」
「あったけど、言わない」
「なんで?」
「どうしても確認したい事もあるからね」
「誰に?」
「エイジ君にね」
「俺に? 何かあったかな」
アヤはエイジの手を握ってきた。
ドキリとするエイジとは対照時にどこか冷たい雰囲気になるアヤに戸惑っていると、握る手を強めてきた。
「やっぱりそうなんだ」
「何の事だ」
「握ってる手、痛くないの?」
「全然」
「おかしいね、缶とか捻れるくらい力入ってるのに」
「――えっ」
「エイジ君、やっぱベヒモスだったんだ」
「そんな事は、ない」
「キメラスキンまで着てるのに?」
誤魔化せない、この時はっきり感じていた。
何時ばれたんだろうか、やはりこの下着のせいなのだろうか?
「いつから気付いたんだ?」
「今日かな、確信持ったのは」
「キメラスキンって知っていたんだな」
「私も着てるもん」
そう言って胸元を広げて見せると、真紅のキメラスキンがのぞかせていた。
「アヤもベヒモスだったのか?」
「うん」
妙な沈黙が続いていた。
ここから先の事を話していいのだろうか?
一体どんな話をすればいいのか?
「エイジ君知ってた? ベヒモス同士って妙に落ち着く事があったりするの、上位になればなるほどね」
「初耳だ」
「私らのグループは、みんなキメラ使ってたから妙に仲間意識強かったりしてさ、仲良いの」
シロカラスの連中も皆仲が良かった、オーガとは喧嘩する事はあっても仲が悪いわけでもない。
「気のせいってか、結構アバウトだな」
「私もそう思うけど、二回目に会ったときに雰囲気違くなったなって気にしてからね、もうしかしてそうなんじゃないかなって思うようになってさ」
「包帯とかも巻いてたしな」
「そそ、包帯って使いやすいし隠しやすいし安いしでさ、もう大助かりだし」
「俺も模様デカくなってからは世話になったな、アヤの額の包帯もやっぱ模様だったんだ」
「なんで顔にでるのさって言いたいけどね」
「ちょっと見たいかも」
「今は駄目」
「それもそうか……、よかったよ」
「何が?ばれた事?」
「アヤも同じなんだなってさ、正直俺もベヒモスだから、これ以上仲良くなれないんじゃないかなってさ」
「なりたいの?」
「勿論、さっき言ってた居心地の話だけどさ、アヤと居ると妙に安心するんだ」
「それは、私もかも」
「同じベヒモスってわかったら、遠慮しなくてもいんだなって」
「確かにね」
「嫌かな?」
「嫌なら今此処に居ないでしょ?」
「だな」
バレてよかったのかもしれない、お互いがベヒモスであるなら協力し合えるし、助ける事も出来る、気掛かりがあるとすればアヤの仕事の方だ。
「……アヤは、BELに所属してたりするのか?」
「BELはなんていうかな、元請けかな」
「一体何の仕事してるんだよ?」
一番聞きたいような聞きたくない事。
BELが元請けだというなら、このあたりの組織は想像がつく。
「グールヘヴン、きっと私達仕事中に出会ってると思うな……、日向の潰し屋ってエイジ君じゃないの?」
「もしかして、あの紅いベヒモスは……」
「うん、その、私だったりします」
その言葉を聞いても突き放す事は出来なかった。
ベヒモスをばら撒いていたグループのリーダー格が彼女。
駅の惨劇。
候補生のベヒモス化。
へるおあへぶんのニュースの位置が敵対ベヒモス組織の居場所。
何かが繋がった気がした。
「天か地獄に変わるかはてめぇ次第……か」
「誰かに聞いたのそれ?」
「駅のベヒモスにな、アイツのせいで、俺はベヒモスになっちまった」
「……」
「あの駅の事件にも関わってたのか?」
「私らのグループのベヒモスだったよ、BELの処理任務で、私らは納得できなかったけどね」
「……」
「あの任務、必ず死んじゃうから私達のようなキメラ組じゃなくてただベヒモスを暴れさせるだけの、BELと日向の掃除と宣伝の任務」
日向とBELの共同任務、それを聞いた瞬間、エイジは耳を疑っていた。
「どうしてそこに日向の名前が?」
「ナイトの宣伝だもん、警察の旧式でもやれるって、だからあんなに被害者出たのにニュースは被害よりもナイトを褒める事ばかり」
「……」
「私達だって、なりたくてベヒモスになった訳じゃない、きっかけは確かに不純かもしれないけど殺されるためにベヒモスになった訳じゃないもん」
「じゃあどうして虐殺とか、暴れまわったりしてるんだ?」
「BELの投薬実験、頭壊れて自分が何をしてるかわかってないの、でも殺されたくないからみんな従って薬をつかったりばら撒いたり……、私もこんなことバラしてるの知られたら殺されちゃうね」
「アヤ……」
「シロカラスに逃げ込んでもうまくいかない人もいた、私も逃げ出したいけどそんな事したらまた誰かが紅を引き継ぐ羽目になっちゃう」
「大切な連中なんだな」
「家族だよ、なんとか誰も殺さないように殺されないようにしたい」
「引き継ぐとどうなるんだ?」
「キメラ化するけど、強い薬だから痛いし、私も鎮静剤を使ってるんだ、それにうまくいかないと本当に化け物になっちゃう」
「そりゃ一人逃げる訳にもいかねぇよな」
「うん」
少し震えているのか、アヤの手に力が籠っていた。
「なぁアヤ、確認したい事がある」
「なに?」
「日向とBELはどんな関係なんだ?」
「えっ……、私は協力関係にあるとしか聞いてないけど」
どうなってんだ?
日向は日本の砦じゃないのか?
それともBEL側をうまく騙せている証拠なのか?
誰に確認すればいいんだよ、誰に聞いてもわかんねぇぞこんな事と、嘆くが答えはわからない。
「何が本当の事なのかわかなくなってきた」
「エイジ君は最近日向で働き始めたんだっけ?」
「日向というよりは、ちょっと違うんだけどな」
アヤは八咫烏の事は知らないのだろうか?
日向とBELが組むという事はMRCの思想通りとは言える。
お互いの兵器をぶつけさせ、互いの戦闘データを取る。
内戦やテロがほぼない日本ではベヒモスという明確な敵のおかげでナイトの運用は問題なく進んでいる。
オーガの話の通りであるとすればMRCの理想を日向が実現し、内部の八咫烏がこっそりと日本を守ろうとしているのだ。
だが八咫烏の行為そのものが無くても日向はBELをデータの為に鎮圧する。
八咫烏とは、いったい何なのだろうか?
「なんだか混乱してきたな……、ぶっちゃけ聞くけど八咫烏って聞いた事ある?」
「八咫烏……、MRCの傭兵部隊でそんな名前聞いたような」
おいどうなってんだ?
偶然か?
俺は何処に所属してるんだ?
エイジの頭が痛くなってくるような気がしていた。
「……、何のために動いているんだ?」
「私?」
「いや、俺自身がだよ、BELっていうのがベヒモスをばら撒いているからそれを根絶やしするためにキメラを使ったんだ、なのに……、俺はMRCで動いていた? BELにデータを送るために?」
オーガは知っていたのか、キドさんもグルなのか?
それともちゃんとMRCやBELを騙せている証拠なのか?
エイジが混乱し始めると、アヤは腕に抱き着いてきた。
「ねぇエイジ君」
「……」
「私達の所へ来ない?」
「グールヘヴンに?」
「うん」
「BELの手先になれって?」
「そうじゃない、私達を滅ぼしてほしいから」
「どういう事だ?」
「みんな苦しんでるの、逃げれないしBELに脅されて逆らえば殺されるまで誰かを殺す事になる」
「……」
「アヤも、殺せと?」
「うん、もう苦しいのは嫌だ、エイジ君、いやエイジなら任せられるなって……」
腕にぎゅっと捕まりながら俯くアヤの頭を撫でた。
「なんとかならないか考えてみる」
「時間はあんまりないよ?」
「わかってる、グールヘヴンが何処に潜んでるか教えてほしい」
ゆっくり頷くとアヤはナインへデータを送った。
「リミットは明後日の夜、その日拠点の大移動があるから、私も移動先で廃棄される」
「マジかよ」
「機密保持のためだもん、移動の護衛が済んだら私達は殺される」
「わかった、絶対になんとかする」
そう言ってエイジは立ち上がる。
名残惜しそうにアヤの手を離し、マスターにお代を払って黒猫亭を後にした。
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