擬態型試作大型歩行戦車『椰子蟹』
どんな時でも、この人は変わらないと、周囲を確認しながら耳を傾けていた。
「おや、あんまり驚かないんですね」
「信用してないもんで、結局主任は八咫烏なんですか、日向なんですか?」
「両方であり、それ以外でもあります……、今は日向の主任の立場ですけどね」
「それで要件は?」
「君たちの前方の車両は見逃せと言っています」
「何が詰まってるんです? さっきのキメラ部隊ですか?」
「それ以上に価値のあるものです、MRCに媚を売らないと日向も辛くなりますからね」
「MRCに所属する以上、最低限の仕事はするって事ですか?」
「最低限ではいけません、強化されるベヒモスに対抗するための最高の仕事を日向は求められています、その程度の物資でも貴重なんですよ、ナイトはご存知の通り高い商品ですからね、壊されても困ります」
「なんでBELと一緒に動いているんですか?」
「勿論、同じ組織に加入しているからですよ、お手伝いしなければ上に怒られてしまう、非公式とはいえベヒモス部隊を知られた以上貴方たちも潰さなくてはいけないんですよ?」
「つまり?」
「ここで引かないと、死にます」
「ただ見逃してくれるなら大人しく引きますけど」
「主任がそんなに優しい方とは思えません」
「流石ナインです、そう、抵抗したが逃げられたというシナリオが必要になるんですよ」
「……その先は聞きたくないですね」
「聞かなくても見れますよ、頑張って逃げてくださいね中村君」
「熱源増大、前方トラックに変化有り」
恐る恐るエイジ達は前方のコンテナを見ると不自然な侵入口があった。
その中に先ほど逃したナイトがすっぽりと嵌った瞬間、トラックその物が震えだし、コンテナは形を変えていく。
「なにあの物体?」
「日向は大まじめに馬鹿やる会社なのがよくわかる、クインシー!」
「離脱しまっす」
アヤを抱きかかえ、体をクインシーに固定して一気に真後ろに走り出す。
「ナイン、情報はないか?」
「考えられる可能性有り」
「なになに?」
「カウンターウェポンと呼ばれる、輸送車に擬態できる大型歩行戦車がMRCに登録されています」
「どのくらいヤバい戦車なんだよ?」
「高コストですが、一機でも多ければ戦局を簡単に変える高機動兵器です」
「エイジ」
ナインとの通信に集中していると後方から轟音が響いてくる。
「あれ、不味くない?」
「……冗談にしちゃ笑えねぇぞおい!」
今まで頑丈で壊せないと言われた日向のトラックを蹴散らし、道路を破壊しながら接近してくる巨大な影。
「蜘蛛?」
「蟹かもな」
「冗談言ってると踏みつぶされますよ」
「あの図体で随分早いっすね~」
容積増えてるんじゃないと錯覚するような巨大な多脚戦車の銃器類がこちらを見ていた。
日向のロゴが描かれた装甲板は先ほどのトラックの硬さを思い出す。
「銃器効かねぇぞアレ」
「アレに飛びつくしかないんじゃない?」
「死ぬだろ!」
射程内に捉えたと言わんばかりに、巨大な銃口がこちらに向けられる。
「クインシー」
「了解です先輩」
反転し、腕部の装甲板を構え直す。
「アヤ、なんとかエイジの邪魔にならないように場所変えられませんか?」
「わかった、後ろから抱き付くのはどう?」
「お願いします、エイジは敵の攻撃と同時に多脚戦車に飛びついてください」
「えっ……」
「戸惑うようなら私が勝手に」
ヒートランスを腰格納し、機銃も背部マウントアームに取りつける。
「大丈夫だよね、私コレに挟まれないよね?」
アヤは腕と足を器用に絡めて抱き付いていた。
「後五秒で撃ってくるッスよ……、敵から照準レーザー確認ッス」
「マジかよっ!」
何か言う前に轟音とドデカい砲弾が飛んでくる。
クインシーは装甲板の角度を調整し、受け流す事に成功するが砲弾勢いで側面の壁に激突しながら高速運送路の下に転がっていく。
何とか機体の切り離しに成功はしたが、このままでは逃げる事も出来ない。
「ナイト腕部、防御壁展開……、アヤ、手を離したら死にますからね」
幸か不幸か、敵との距離は近い。
思い切り走りだすエイジを迎撃装置が銃撃してくるが、腕部装甲を犠牲になんとか敵の前足に飛びつく事が出来た。
エイジの頭は混乱しているが、ナインは判断を間違えない。
先ほど撃ってきた砲身に飛びつき、器用に遠心力を利用し砲身の上に立つ。
「敵近接腕部起動、待っていました」
砲身から振り落とそうと腕部に捕まれそうになった所で掴もうとした腕部の上に飛び乗る。
「装甲パージ、重量調整完了」
エイジとアヤは生きた心地がしないがナインには関係ない。
「機銃全弾、迎撃武装に撃ちこみます」
マウントアームに装備したままナインは攻撃し、次の行動に移る。
器用に敵の腕部から上面装甲の上に移動するとエイジの頭もなんとか働いてきた。
「敵が思ったよりガサツで助かった」
「現在、有人操作されたこの歩行戦車は判断にラグを生じさせています、敵ではありません」
「その割にクインシーが犠牲になってた気がするんだが……」
会話しつつ振り落とされないように装甲の間を掴む。
攻撃が通じそうな場所ではあるが機銃を使い切った後では直接パイロットを倒すしかない。
「あれ、カメラかな?」
「だな」
エイジとアヤが二人でピースサインを見せつけると敵の動きが更に大きくなる。
「急造品は欠陥が多いですね、日向もこれを機に新しい武装を増やすでしょう」
「そもそも戦車は随伴する兵士が居ないと弱いからな」
「私達が倒しちゃったもんね」
「ナインのお蔭で私らは安置にいるもんねー、どうしよっか?」
「煽るのはどうでしょうか?」
「いや、どうなんだそれ?」
アヤはニンマリと笑うとカメラに見せつける様にエイジの頬にキスをした。
互いの見た目など気にせず、エイジの頬に硬い感触が残る。
「……」
「なんか反応してよ」
「心拍数上昇、きっとどう反応していいのかわからないんですよ」
「なんなら舌でも入れる?」
「今は戦闘中だ!」
「後ならしてもいいの?」
「……当たり前だこのやろう」
「照れてるー! ベヒモス化してる癖に多分真っ赤だよー」
「煽るのは俺じゃなくて向こうのパイロットだろうが!」
気のせいか振り落とそうとする動きが大きくなっていく。
「おっ?」
「今度は何だ?」
「あれ不味くない」
敵の腕部はトラックの残骸を掴み、こちらに振り下ろしてきた。
「そんな大振りあたんねぇよ」
回避するとそのまま敵の真横にぶら下がった。
流石に側面までは殴れないが、体を壁に寄せる事は出来る。
つまりは上に回避すれば殴られ、このまま横にいればペシャンコという事だ。
「しっかり捕まってろよ!」
「がっちり掴んで離さないからへーきへーき」
「もう少し緊張感を持ってください」
胴体を側面の壁にぶつける手前で手を離し、戦車の真下に移動する。
「敵、排熱機構確認」
「つまり?」
「弱点だよ」
ヒートランスが完全には熱してないが排熱板は柔らかくそのまま強引に突き刺した。
そのまま刃を外し、格納して敵の背面へと移動する。
「砲塔旋回中」
「トラックの装甲板で防げるか?」
「制御はお任せを」
残骸から装甲を掴みとりそのまま盾のように構えると同時に敵の砲弾が命中するもなんとか受け流す。
「痛覚遮断」
「だ、だよな」
「両腕、脚部に甚大なダメージ」
「無理やり接近するさ!」
体のダメージを気にせず、そのまま接近する。
「次弾来ます」
「ッ!」
今度は受け流さす装甲の大きさを利用して姿を隠す。
一瞬止まりコンクリに無理やり突き刺すと同時に装甲の横へステップ。
そのまま砲弾が飛んでくるが狙いは突き立てた装甲、エイジ達はその場にはいない。
「懐に入った、頼む!」
「おっけぃ!」
アヤはヒートナイフを引き抜き、素早く排熱板に突き立てる。
突き立てると同時に多脚戦車は踏みつぶそうと車体を下ろすがアヤの速度には間に合わず、気付けばエイジの背中に抱き付いている。
「流石だな!」
「敵、機体温度上昇、安全装置起動」
本体から白い煙が出始め、車体が起き上がろうとはしなかった。
まともに動かないのか機械が悲鳴を上げる様に敵の駆動モーターが唸りだす。
「茹で上がった蟹かな?」
「冗談言ってる場合かよ!」
再び取りつき、今度はコクピットの正面でヒートランスを突き立てる。
「融解中、突破まで約二十秒」
敵はそのまま脱出しない気なのか微動だにしない。
「やるなら一気にしたいけど硬いな」
「突破します」
その音声と共に内部に突き刺さる。
エイジの手には覚えのある感触が伝わり、ヒートランスがパイロットに命中した事を感じていた。
「刃を外してくれ、多分刺さりすぎた」
柄を引き抜くと、そのまま歩行戦車は沈黙した。
「……、終わり?」
「残りの日向の輸送隊は離脱、救出したベヒモス達も無事なようです」
「追撃は?」
「ありません」
「じゃあ、終わったな」
「はい」
体を動かそうとしてもまともに動かないため、アヤの手を借りて道路の側面に寄りかかった。
「ダメだ、動かねぇや」
「手も足も出ない感じ?」
「だな、どうやって帰ろうか?」
「クインシーが無事ですのでその内合流出来ます」
「結構派手に吹っ飛んだのに無事なんだな」
「頑丈なのが取り柄です、まぁ腕は壊れてますが足は動くようなので来てもらいましょう」
「じゃあしばらく休憩だな」
「あのさ、日向の部隊とか来たりしないの?結構派手に暴れてたし」
「大体戦車のせいだけどな、どうだナイン?」
「向こうよりクインシーの方が早いです」
二人はベヒモス化からキメラスキンへと戻る。
外したナイトはなんとか形を保っているので持って帰れそうだと一息つく。
PMSが損傷し、ベヒモスを解除したエイジは満足に身動きが取れなかった。
「エイジのお蔭で結構楽しめたよ」
「そう……だな、うん、俺もご褒美もらえたし」
「褒美?」
エイジの体全体を纏っているキメラスキンと違いアヤは肌の露出がが多かった。
唯一身に着けているとすればオービットのみ、体は裸と変わりがない。
今まで見えなかった所にも模様はあり、エイジ同様、かなりのベヒモスを投与しているのがわかるが、それと同時に目のやり場にも困る肌色率である。
「エイジ、心拍が上がっていますが?」
「うるせぇ黙ってろ」
「どうかしたのかなー?」
目が泳ぐが体は動かないエイジを良い事にアヤはどんどん近寄ってくる。
「ベヒモス時って裸と同じなのに、人に戻ると感覚が変わるよね……あんまり自分のベヒモス好きじゃないんだ」
「結構カッコイイだろ、アヤのは」
「ありがと、エイジのは完全に悪役フェイスだよね、それがいいんだけどさ」
なんとか話題を逸らせるかと思い切りやアヤは体を密着させてきた。
「それで、目のやり場に困るならこれでどう?」
近すぎて顔ばかり視界に入ので、これはこれでやり場に困る。
「どうしちゃおうかなー?」
「もう好きにしちまえ」
「え、ホントにいいの?」
「何する気だよ!」
次の言葉を言う前に口を口で塞がれた。
「……好きにしちゃった」
「……真っ赤だな」
「そっちこそ」
「出来ればもう一回」
「舌とか入れちゃう?」
「悪くねぇな」
「大胆」
「ダメか?」
「そんな事、ないよ……」
再び口を近づけた瞬間、何か物音が聞こえた。
「あ、気にせずどーぞどーぞ」
「……クインシー、いつからだ?」
「体くっつけたあたりからッス、いやー邪魔する気はないんすけどね、オーガに面白そうな映像は記録しろって言われてて」
「てめぇ!」
「いいんすか、エイジだけ運ばない事も出来るんすよー?」
そんなやりとりなど気にせずナインはナイトを起動する。
「ナイト起動完了、エイジとアヤはこのまま運んでも?」
「お願いね」
「おい、このままってホントにこのままか?」
「続きはクインシーの上でどうぞ」
「出来るか!」
ナイトだけでも最低限の動きは出来る。
抱き付いたまま抱えられてクインシーの上に固定、そのまま移動となる。
「街中まだ暗いけどどうなるかな?」
「クインシー、最短で頼む」
「そんなにくっつくの嫌?」
「人目のない所ならいくらでも構わないから今は遠慮してくれ」
「言ったね?」
「言いましたね」
「言ったっすね」
「もう好きにしやがれこのやろう」
「やった!」
その後、ラボに着くまで抱き付かれたがエイジも満更でもない様子でクインシーに煽られるのだった。
……
エイジが目を覚ますと再び医療用の溶液に浸かっていた。
(腕と脚ボロボロだったからなぁ……)
ラボに着いてからどうなったかは覚えていなかった。
ナインも近くにいないようで誰の反応も無かった。
(あれからどうなったんだか)
「お、遂に目を覚ましたっすね」
(クインシー?)
辺りを見ても誰もいないが、クインシーの声が聞こえてくる。
「そこにはいないッス、監視カメラの映像見てるだけっすよ、声は通じるんで暇つぶしにでもどーぞ」
(どのくらい寝てた?)
「一週間ッスよー」
(あの襲撃とかはどうなったんだ?)
「特に何も、情報規制って凄いッスねー、あの主任って人も何も言ってこないッスよ」
(アヤとか、グールヘヴンの連中は?)
「グールヘヴンの皆さんはシロカラスの一員に、アヤさんとかの体の調整も寝てる間に終わっちゃいましたよ」
(じゃあもう鎮静剤使わなくていいのか)
「そうッスよ、オーガってホントなんでも出来ちゃいますよねー」
(費用はどうなった?)
「もち、エイジの金ッス」
(だよな……、まぁ今回はオーガに感謝だな)
「そうだ、もっと感謝しろ」
部屋の中にオーガが入ってくるが、嫌な予感しかしない。
オーガがニヤニヤしてる時はロクな事がないのがエイジの学んだ事だ。
「アヤの事だが……」
(なんだよ)
「非常に気に入った、集金力、戦力、クインシーのテストパイロット、集金力ととても素晴らしい逸材だな!」
(金の事ばっかじゃねーか!)
「彼女と利害も一致したからな、風見は文句言ってるが許容範囲だろ」
(一致?)
「エイジの部屋に今住んでるからな、ベッドも一つでいいとはいい倹約っぷりだな」
(……マジかよ)
「壁は厚いから安心しとけ」
(まぁなんだ、元気にやってるようで良かったよ)
「なんだ、もっと慌てるとは思ったが面白くない」
(人で遊ぶんじゃねぇ)
「傷は……、もう大丈夫だな、四時間後にまた」
(はいよ)
ナインの声が聞こえないのが気になるが、今は大人しく待つ事しかできなかった。
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