one off


 次の日の朝五時、訓練場に来いと叩き起こされ欠伸を堪えながら歩いていた。


「……早速任務じゃないだろうな?」


 朝から暴れるとはご苦労なこったと、ぼやいていると訓練場にはオーガしかいなかった。


「おはようオーガ、なんかすんの?」

「来たか、お前の体のテストを行う」

「それで訓練場か……なんで天井開いてるんだ?」

「テストは外で、さっさとベヒモス化してナインの説明を受けろ」

「へいへい」


 後頭部にプラグを差し込み、ベヒモス化していく。


「なんか、いつもより小さいような?」


 生身に近い感じだなと感じているとエイジ用のナイトが起動し始めた。


「これ着るのに調整したんだったな……」

「そいつに背中を預けろ、勝手に装備されるからお前は動かなくていい」

「了解」


 言葉通りにしていればナイトが体に取りついていく、体内にあるPMSと同期し、ナイトとの同調は問題ない。

 視界にナイトのパラメータが表示され、各部とのコンディションをチェック、判断は全て正常オールグリーン


「武装無し、今までとそんな変わらない感じか?」

「今までよりは動けるはずだ、今回はそのデータを取る」

「今回のテストプランを表示します」


 日向敷地から各チェックポイントが指定され、目標物を回収して帰還する。

 視界にルートマップが表示され、目標物の位置までの距離がわかる。


「今回はタイムアタックです、出来る限り最速で行動してください」

「評価的な感じか?」

「いえ、八咫烏の許可はないので最速行動しないと主任が現れます」

「そんな事だと思ったよ……」


 呆れながら訓練場で体を軽く動かしてみる。


「おお、すげぇ動く」


 ベヒモス化の時よりも動きやすく、体を慣らしていく。


「これだけ動けるが天井までは飛べないか」

「飛べます、各部に今はまだブースタが暖まるのを待っています」

「ブースタは、もしかしてジェットエンジンか?」

「残念だが違う、ロケットエンジンの機構を小型化した燃費の悪いじゃじゃ馬だ」


 オーガが不敵な笑みを浮かべた途端、各部のパーツが動き出しブースタが展開していく。


「ブースタ温度上昇完了、噴射カートリッジロード」


 銃弾がリロードされる様に、視界には燃料残量が表示される。


「待て待て! これぶっつけ本番で大丈夫なのかよ!」

「問題ない、制御はナインがやる」

「ナイン!」

「そうくると思いましたよオーガ」


 ナインがため息でも吐きそうな声を上げる。


「エイジ、燃料もそこまで多くありませんので多用は出来ませんが瞬間的な加速と上昇が可能になるので運動性が上昇しますが非常に危険なモノです、少しでも破損した場合はこちらで使用を止めます」


 各部を見渡しても燃料タンクのようなモノは見当たらない。


「燃料は何処に?」

「腰の後ろです、銃のマガジンのようなモノがあるのを確認してください」


 マガジン、その言葉を聞いて少し冷や汗が出てきた。

 二つあるうちの片方を取り出し、中身を確認するとデカい銃弾のような『燃料カートリッジ』を取り出す。


「一応聞こう、中身は?」

「色々省くが、まぁ推進剤と酸化剤だ、カートリッジの中にあれば暴発する事はないが中身に刺激加えたら危険だからやめとけよ?」

「ロケットやミサイルと中身同じかよ! おっかねぇなおい!」

「そのくらいの推力がなければ瞬間的に飛べんからな」

「……、ナイン、実際使うとどんな感じだ?」

「噴射量は調整出来ますので吹っ飛びすぎるという事はないです、ちなみにエアブレーキはありますが期待しないでください」

「今日使って覚えるしかないか……」


 一発ずつ慎重に使うしかないのか、と考えていると少し嫌な予感がしてきた。


「なぁ、この燃料費用とかどうなってんだ?」

「さぁテストを始めるぞ、準備しろ」

「おいこら」

「このナイトも燃料費もお前の報酬から引くから安心しろ」

「このやろう……」


 諦めたようにマガジンをセットし直す。


「もういつでもいいから始めようぜ」

「では、テストを開始します」


 跳躍と同時にブースタ噴射で驚くほど速度が出るが爆音も凄い。

 カートリッジを二発排出し、ルートに沿って道路を走り出す。


「車とかは避けたいな、おそらく向こうが吹き飛ぶ」

「了解、人通りの少ないルートとブースタ噴射地点を表示します」


 ルートが視覚化されマンションの壁やビルの屋上まで通るルートだった。


「めちゃくちゃだな……」

「もうすぐ第一噴射地点です」

「はいよ」


 低いマンションの屋上に向かって跳躍と噴射する。

 噴射の衝撃で近くの物が吹っ飛んでいるが構っている余裕はない。


「すげー、飛んでるよ」

「この先連続噴射です」


 マンションの屋上から高いビルへ一気に跳躍する。

 爆音が鳴り響き白煙が綺麗な弧を描く。

 カートリッジを次々と消費しながら加速し、ビルの屋上に着地していた。


「今回報酬は無いし、赤字だな」

「致し方ありません、通話繋ぎます」

「ん?」

「あ、ナイン? こんな朝早くに呼び出してどうしたの?」


 その時聞こえてきた声はカザミだった。


「あー、そういう事か、目標物の回収ってそういう事か」

「その声、エイジ?」

「よぅカザミ、元気か?」

「え、何がどうなって?」


 視界にあたふたしているカザミの姿が見えた。

 空中でエアブレーキが展開し、ほんの少しだが落下速度を落とす。


「そこから動くなよカザミ」

「だから何の事か説明を……」


 言いかけた瞬間にコンクリートの破砕音が響き渡りカザミは目を見開いて固まっていた。

 これは好都合とカザミを抱え再び走り出す。


「チハルが放心状態です」

「爆音で起こしてやろうか?」

「それは危険ですので噴射量を減らします、ルート構築完了」

「了解」


 気絶しているかもしれないカザミを抱えたままルートを走りきり、ミッションタイムは四分以内と早い時間で済ませる事が出来た。



 オーガのラボに戻り、エイジは元の状態へと着替える。

 着替えている間にナインとオーガで状況を説明すると言っていたがエイジは不安を隠せなかった。


「あの二人で大丈夫かなぁ?」


 特にオーガがなんというのか、一先ずカザミが慌てない事を祈りながらオーガの作業室に向かうと、


「やぁ中村君、奇遇ですね」


 主任がコーヒーを飲みながらオーガの目の前にいた。

 流石というか、早すぎる登場に驚きを隠せなかった。


「こ、これは主任おはようございます」

「おはよう、大体の事はオーガから聞いてますよ」

「すいませんでした」

「謝って済むなら私のような者はいないんですけどね」


 今まで見たことないような笑顔で言うあたり確実に怒っている。


「街中で随分暴れてくれましたねオーガ、ロケットエンジンの音が今でも聞こえてくるようだ」

「ケチくさい事を言うな主任、いいデータ取れたぞ?」

「そういう問題ではありません、整備士の生徒まで巻き込んだりとやりたい放題……、流石にナイトが飛んでいた事実は消せないぞ」

「MRCにいいちょっかいかけれたじゃないか、ついに日向のナイトは飛んだぞってな」

「嬉しくない宣伝だ、BELの連中も何をするか……」

「あ、あのー」


 カザミが落ち着いたのかゆっくりと声を上げていた。


「とりあえず私はどうすれば?」

「カザミ君だったかな、君を日向の社員に推薦したくてね、エイジに頼んで連れてきてもらったんだ」


 オーガが外向きの笑顔で歓迎するように肩を叩いていた。

 主任の方は頭痛がするのか頭を押さえている。


「そう、なんですか?」

「風見君、もう連れてきてしまった以上色々ややこしい問題が発生している、今日はココで待機しててくれ、学校側には私が連絡している」

「あのー主任さん」

「なんでしょう?」

「そこにいるのは本当に中村英二君?」

「それも含めて説明します、すぐに説明したい所ですが私も忙しいので後ほど説明させてもらいます」

「わかりました」


 主任が出て行くと妙な居心地の悪さを感じていた。


「……本当にエイジ?」

「おう」

「何がどうしてこうなったの?」

「それも含めて事情説明したいが、主任の許可がないと言えないんだ」

「私は規約があろうがなかろうが言えるがね」


 本当にオーガは自由気まま過ぎるとエイジも頭痛を覚え始めるがさらってきた事を考えると何も言えなくなる。


「じゃあオーガさんでしたっけ? 色々聞きたいですけどなぜ私をさらってくるような事に?」

「エイジが操っていたナイトは覚えているか?」

「よく全体像が見えなかったですけど」

「じゃあ見てもらった方が早いな」


 そう言ってオーガはカザミをガレージの方に連れて行った。

 エイジが脱いだ後、整備もされずにただ固定されていた。


「私達のナイトとは随分違いますね、こっちの方が好きですけど」

「そりゃよかった、カザミにはコイツの整備を頼みたくてね」

「私みたいな見習いがこれの整備していいんですか?」

「問題はない、あの学校の生徒は皆標準よりも高いレベルにある、パイロットの癖を知っているなら日向の整備士よりいいかもしれない」

「確かにエイジの機体はナインと共に調整してきましたが……」


 カザミはまだ混乱しているようだった。

 説明は一切ない状態で、いきなりナイトの整備をしてほしいと頼まれる。

 挙句に死亡扱いのエイジまでいる始末。


「……う~ん」

「給料も出すぞ?」


 ピクッとわかりやすい反応で、カザミは動き出す。


「どのくらいです?」

「機密とか新しいナイトよりも食い付きいいなおい」

「そうだな……」


 オーガはわざとらしい仕草で呼び寄せて耳打ちする。

 カザミの顔つきは段々と笑みを浮かべサムズアップ。


「カザミ、お前そんなに金に困ってたっけ?」

「バイトもしてない身分でPC用品は辛い!」

「そ、そうだな」


 こいつも色々我慢してんだなーと学生らしい悩みを久々に感じつつ、いつもの空気に戻ってきたと安心してきた。


「えっと、オーガさんでしたっけ? 危険じゃないなら私は全然構いませんよ!」

「直接戦うのはコイツだしな、少々黙っていないとやばい部分はあるがそれはお前次第だよ」

「でもそれってここで仕事しなくても同じことですよね? ここにいる時点で喋っちゃいけない事ありますよね?」

「そうだ」

「ならやった方がお得です、給料もあるなら就活成功したようなものですし!」


 清々しいくらいに今しか見ていない、不安要素も金で解決したような感じにエイジは呆れを通り越して笑いすら出てきた。


「さっそくこの子弄ってみてもいい?」

「かまわんぞ、結構無理させたようだしな……ナイン、色々教えてやれ」

「了解」

「ナインがいれば心強いね、オーガさんツナギとかある?」

「誰か雇うつもりだったから倉庫に一式がある、ついて来い」

「らじゃー」


 すっかり馴染んでしまいエイジを置いて行くように話が進んでいく。


「……、休んでよ」


 拗ねる様にエイジは自室に引っ込んでいくのだった。



 気付けば寝ていたらしく時刻は夕方、カザミは結局どうなったのかと気になりガレージへと向かった。

 ガレージに辿りつくと主任とカザミの姿が見えた。


「お疲れ様です、結局どうなったんですか主任?」

「どうもこうも……」


 心底呆れたと言わんばかりのリアクションで主任は苦笑いしていた。


「オーガが社外秘の事までやってしまいましてね、カザミ君を日向に引き入れなければ大変な事態です。風見君は真面目なので他社に情報を売るなんて事はしないでしょうけど……、まぁ戦力にはなるので構いませんが」


 カザミは話の大きさがわかっているのかいないのか熱心にナイトを弄っていた。

 その眼は学校で整備していた時よりも真剣そのもので話しかけられそうにはなかった。


「この調子なら日向の整備員より費用は掛からずそれ以上の仕事をする時もあるでしょう」

「いろいろご迷惑かけてすいません」

「中村君が謝る事ではありませんよ、オーガには後で酷い目を見てもらうだけです」

「そ、そうですか」


 それでは、と主任はガレージから出て行った。

 ナインも調整に参加しているのか呼びかけても音声の返事ではなくメッセージのみで返事が返ってくる。


「……休憩!」


 勢いよくカザミは立ち上がりエイジに気付いた。


「お疲れさん、随分熱がはいってたみたいだな」

「まぁねー、このナイトはやりがいがあるというか、色々張り切らないといけないっていうか……」

「正規品とは大違いだからな」

「ベヒモスとナイトは同時期に生まれた技術だし、ベヒモス用に作ろうとはしたと思うよ、コストが見合わないからやらないだけで」

「コストの問題?」

「そ、ベヒモスにわざわざナイトを用意しなくても武器と数をそろえた方が安いじゃん。MRCの戦略でベヒモス同士が戦わなきゃいけない状況はない訳だし、ナイトは何も知らない人向けの防衛兵器としては優秀だけど一体のコストはベヒモスの比じゃないよ」

「精密部品の塊だから仕方ねぇか」

「部品加工にも時間が掛かるし人件費も掛かる、ベヒモスは人と薬があれば用意できるあたり貧乏テロ屋は大助かりだよね」


 実体験したエイジとしても同意したいが妙に複雑な気分だ。


「……、なんか複雑な感じだ」

「エイジみたく強化ベヒモスを作るにしてもこの子よりはお金掛からないってさ」

「ナイトはナイトで利点あるけどな」

「そ、ベヒモスは戦車とかでも勿論倒せるけどナイト程手軽に運用は出来ないからね、痒い所に手が届くって大事だよ」

「だから八咫烏でもナイトが主力なんだろうな」


 八咫烏の事話してもいいのかなと、言った後にエイジは思わず口を押えていた。

 エイジの心配の事なんて知らずにカザミは話を進めていく。


「うん、八咫烏は戦争するためじゃなくてBELのテロ行為を止める為に活動してる、だからナイトが必要だしエイジも必要だって」

「寝てる間に色々聞かせてもらってたんだな」

「うん、ナインにね」

「……、なんだって?」

「主任と同じ反応するんだね」


 吹き出しそうな顔でカザミは口元を押さえる。


「主任はなんて言ってた?」

「やられたって叫んでたよ、オーガさんは初めからナインに説明させるつもりで主任を騙してたみたい、ナインもすっかり悪くなったよね」


 規約内容にナインは含まれていない、そういう事だった。


「それほどでもありません」

「オーガよりお前の方が怖くなってきたよ……」

「ほんと、AIなのかあやしくなるよね」

「何度も言いますが私は……」

「戦闘補助システムって言いたいんだろ? もうそれ通じないぞ」

「独立したエイジの支援プログラムになってるかもね」

「とても不本意です」


 それっきり拗ねたようにナインは黙ってしまった。


「拗ねるなよ相棒」

「……、あのさエイジ」

「なんだ?」

「エイジの事、ハッキリは言わなかったけど無事っぽく知らせてくれたのナインなんだ」

「そんな事までしてたのかよ」

「ま、あんな再会になるとは思わなかったけどね」

「新型ナイトでサプライズ、ダメだったか」

「新型というよりワンオフの機体でしょ……、まぁ嬉しかったけどさ」


 よく見るとカザミの目元は潤んでいるように見えた。


「悪い、俺もこうなるとは思ってなかったからさ」

「……馬鹿、約束破り」

「ほんと、ごめん」


 カザミはそのままエイジに抱き付いた。

 鳴き声は上げないように堪えながら、カザミは泣いていた。


「……」


 言葉かけようか悩むがカザミが落ち着くまでこうしようと、エイジは頭を撫でてやるのだった。



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