貪欲なキメラ
汐月 キツネ
一章 誕生
戦いを知らぬ学生
深夜二時、アパートの一室で即席ラーメンを作りながら、青年は大きなあくびを堪える。
ラーメンの具を用意するといった手間は省き、冷蔵庫から栄養剤を取り出そうとした瞬間だった。
「エイジ、駄目ですよ」
「……ケチ」
台所から離れた、机の上のカメラが
「いいじゃん、勉強中のエイリアンくらいさ」
「駄目です、前回からまだ八時間ほどしか経過していません」
渋々、禍々しいデザインの栄養剤『エイリアン』を冷蔵庫に戻し、麺を茹でているお湯の中にスープの素を入れる。
雑にかき混ぜ後にどんぶりへと移し、エイジは机に戻って来た。
机の上に散乱した書類やデータ端末には気にも留めず、モニターへと目を向ける。
「ナイン、今日の予定ってなんだっけ」
日向エレクトロニック専門学校・強化外骨格専門科のカリキュラム、パイロット専攻の本日の予定は訓練項目で埋め尽くされていた。
いつもと違うのは午後からは特別講義が入っている事。
講師は強化外骨格のメーカーでもあり、学校のスポンサーでもある日向エレクロニックの『治安事業担当者』
「内容は……昨今の治安と強化外骨格の必要性ね」
「興味無さそうですね」
「まぁね」
適当にネットのニュース記事を眺めれば「テロ」の二文字が目立つ。
そして『ベヒモス』というキーワードも。
「一応ピックアップしておいてくれ、起きたら見とく」
ラーメンを食べ終え、どんぶりを水で浸して放置する。
「何度も言いますが私は戦闘支援AIであり、貴方の便利道具ではありません」
「でもやってくれるじゃん」
「命令ですから……それから体調管理上、いい加減寝る事を推奨します」
「はいはい」
電気を消し、モニターの電源を落とした。
毎日勉強と訓練を重ねながら日々を過ごす。
子供の頃から憧れた、強化外骨格を操る理想の自分と今の自分を比較し、呆れたような溜息が漏れた。
何も知らなかった自分の子供時代、ただ『ベヒモス』という悪者を倒す『
宣伝に騙され、両親を振り切ってまで得たパイロット候補生という身分。
ネット上では人殺しのライセンス等とも呼ばれている事に目を背け、周囲からのプレッシャーや勉強、訓練の厳しさでエイジは疲れ切っていたのだ。
「……、何してんだろうね」
候補生となったエイジは、目標を見失いつつあった。
……
午前七時に目を覚ましたエイジは、シャワーを浴びて『制服』に着替えた。
パイロット候補生は制服の着用義務があった、制服と呼んではいるが軍服の意味合いが強く、その目的は多数の意味を含んでいた。
非戦闘員とパイロットの識別、共通互換性、機能性、いざという時の耐久性の重視。
武器を持つ人物の育成学校でもある為、明確な区別は必要だった。
ナインに纏めさせた情報を流し見しつつ身支度を整える。
教本の代わりにもなるタブレットや、ナインとやり取りする為のデータ端末を鞄に入れ、片耳から頬骨沿って装着するに特殊な小型ガジェット、オービットを装着した。
「おはようナイン」
「おはようございますエイジ」
お決まりの挨拶を済ませ、冷蔵庫からエイリアンを持ち出して一気飲みした。
天気予報や交通情報はオービットからの網膜投影にて確認していく。
オービットは視線の動きや登録してあるコントローラーからの操作する端末で、鞄にしまったタブレット内の情報やナインとのやり取りに使用していた。
これは強化外骨格専門科の支給品ではなくエイジの趣味ではあるが、オービット使用者が技術者内で増えており、強化外骨格との互換性があったりする。
普段からナインを持ち運べるのもそのおかげだ。
「特別講義ね……」
予定を眺めながら、エイジは歩く。
憂鬱な気分も、強化外骨格を装着し、訓練をしている最中なら忘れられるとあきれながら。
……
訓練項目は仮想空間で行う模擬戦闘。
相手は同じ学科の訓練生である。
今回の訓練目標は『状況判断、連携の練度向上』である。
味方の識別は出来るが、機体を捉えるまでは出来ない。
敵味方の数は不明、不意の状況下でどう動くか、そこが試されているのだ。
銃声や破砕音が響く中、エイジは慎重さというモノがなかった。
それどころか銃声が響く方に走っていき、即座に識別信号を確認して援護する。
簡単に言えば突撃を繰り返していた。
「注意、弾切れです」
「まだ、
「不可能、接近前に迎撃されます」
「そんな事はッ!」
「あります」
無茶を繰り返せば当然のようにやられてしまう。
損傷度許容値オーバー、そんな警告メッセージを見ながら溜息をつくのだった。
「訓練終了」
そんなアナウンスを聞きながらエイジは悪態を付きながら背伸びをしていた。
「ナイン、戦績は?」
身に着けているオービットから返答がくる、答えはいつも決まっていた。
「総合戦績評価はC、単機突撃や撃墜された事によるマイナスポイントはいつも通りです」
いい加減学習してくださいと言われるがエイジは聞き流していた。
「やっぱりか」
シミュレーターの機体から飛び降りると先ほど一緒に戦っていた生徒と合流した。
「エイジ、スコアどうもな」
「迎撃したのお前かよ」
「いやぁーバンカー構えた時は焦ったが、もしかして弾切れだったのか?」
「そ、弾切れ、撃ちすぎたから気を付けるようにしてるんだがな」
「その成果はありませんね」
「改善するよナイン」
オービットを通してAIと会話する生徒は少ない、各候補生毎にもらうAIだが殆どは只のサポートとしか思っていないのだ。
エイジのように持ち歩く生徒は多くない。
「そういや頼まれてたモノできたぞ」
「マジか、どんなのだ?」
クラスメートと端末を繋ぎ移動中にデータを受け取る。
「お、可愛い」
画面には戦闘AIには似合いそうもない妖精のような少女がデザインされたグラフィックデータが映し出されていた。
「……エイジ、またですか?」
「おう、またアバターの変更だ」
「アバターを変えても私の指摘は減りません」
「知ってる、気分で変えてるだけだしな」
それ以上は何も言うまいとナインは黙ってしまう、口があればため息が出ていただろう。
妖精の姿になったナインは視界の隅で呆れ顔だった。
なんだかんだとアバターを有効活用してくるあたり、エイジの行動には慣れ切っていたのだ。
アバター上部に表示されたメッセージには『次、特別講義』と表示され、エイジ達は先ほどの訓練の事を話しながら移動し始めるのであった。
講義室にいる生徒は四十人程度、皆強化外骨格の候補生であり制服姿や実際に装着する訓練用スーツの者など様々だ。
席に着くと同時に見慣れぬ講師が現れた、その瞬間講義室の中は静まり返り視線は講師へと注がれる。
「流石候補生諸君、静かなモノだな」
普段の講師ならば騒ぐ者もいるせいか何人は苦笑いしつつ耳を傾けていた。
この講師は一体何者なのか?
全員の興味はそこにある。
「自己紹介が遅れました、私は日向エレクトロニックの軍事事業を担当している者です」
それはつまり、先ほどまで扱っていた強化外骨格を開発している人間という事。
「軍事事業ではなく、治安維持事業では?」
クラスから早速声が上がっていた。
名目上は治安維持だ、この強化外骨格がCCW、
「おっと失礼、ええそうです、非戦争国の日本には似つかない言葉でしたね、名前は無意味なので省かせて頂きます、呼ぶときは主任と気軽に質問してください」
主任、その言葉にクラスメート達は黙った。
「何か質問は?」
「では、その主任さんは今日どんな講義を?」
「学校側からは君達に現状を知ってもらいたいとの事でした、候補生諸君に聞きますが何故強化外骨格が今必要とされているかはご存知ですか?」
エイジはすぐに手を上げていた、この質問には自信があったからだ。
「テロ防止です、その為の治安維持武装だと聞いています」
「その通り、では君に質問です、
「MRCは世界各国の民間軍事企業を束ねる企業連だと聞いています」
「そう、傭兵集団の親玉であり今各国で行われている世界的なテロ組織の鎮圧に関わっている……、これ以外に何かありますか?」
「いいえ、根も葉もないような噂なら少し」
「ネットではいろんな情報がばら撒かれていますからね、MRCへの噂は確かに多い」
突如講義室の照明が暗くなり主任は唐突にプロジェクターを操作し始める。
画面にはモンスターのような画像が流れ、少しグロテスクな画像も多かった。
「続けて質問です、これは何かな?」
「テロ組織の使うべヒモスと呼ばれる化け物です」
べヒモスは各国のテロで使われる生物兵器、というのが一般的な見解だった。
日本で強化外骨格の訓練をしているのもこのべヒモス対抗するためであるとも聞いている。
「残念、たしかにべヒモスだがそれは違います」
「仰っている意味が――」
「いいかい真面目な候補生、この画像に映っているのは人間です」
訝しがっているエイジの発言を、主任は冷たく遮った。
目を背けるな、そんな風にも捉えられ何人かの唾を飲む音が聞こえ緊張感が高まりつつあった。
「人一人で凶悪なモンスターになる時代、宗教や文化の違いでの戦争ではなく凶悪で世界的に広がるテロ組織と国連との戦争状態に今なっている、日本も例外ではありません」
画面は変わり強化外骨格とべヒモスの姿が映った。
どれもべヒモスに負けているものばかりで、目を背けたくても背けられない。
「いいか、我が日向エレクトニック製強化外骨格、Knight-Systemはこう言ったテロ組織と戦うのに必要な戦力、日本は戦争をしない国だと侮っているとこうなるのは君達の番……、もう戦争は世界の何処か、ではなく身近な話です」
いつ街中にべヒモスが現れてもおかしくない、それが現状だという事をクラス全体が目を背けていた事でもあった。
「君達の大半がこの学科に入れば就職問題ないとか高い給料がもらえると考えて入ってきた人もいる事でしょう、だがそれは間違いではありませんが自らの命の対価とも言える事を忘れてはならなりません」
「ですが、日本にべヒモスが現れたとニュースが流れているのは見た事はありません!」
「そうです、訓練でも相手は同じナイトばかりです!」
クラスの何人かが声を上げる、エイジもそんなニュースは耳にした事がなかった。
「では候補生の皆さん、こんなニュースは知ってますか? 日本にMRCの支部を作るなという声が上がっている事を」
「当然です、海外の傭兵を招き入れたら治安だって――」
「ではもう一つ、日本が安全だという保障はありますか?」
あるわけがない、クラス全員が感じたが口に出していう者は少なかった。
「戦闘経験の少ない自衛隊の戦力と我が社のナイト、そこにべヒモスの無差別テロが行われたら……、どうなるんでしょうね? 先ほどの画像のように踏みつぶされて死にますか?」
起こるかもしれないテロに備える、この学校に通っている生徒はそう教え込まれてきたが世間の声はそうもいかない。
何千という命を守るよりも騒音を響かせる機械を黙らせる方が大事だと言わんばかりだ。
「さて、世間の認識を知った上で君達候補生がどうするべきか? それが今回の題材です、各自レポートをまとめて提出するように」
照明の光が戻りいつも講義室に戻るが空気は重いままだった。
主任が海外の事情や情勢をまとめた資料を転送し、皆目を通し始める。
ナイトの訓練をサボっている者は意外と多く、基本的なカリキュラムのみをこなすという事に専念してその先の事は特に考えていないのだ。
だからこその講義、現状を知るという事なのかもしれない。
主任の講義は次に移り始めていた。
今度はナイトについての講義だがエイジはレポートをまとめる事に必死で講義の内容はナインにまとめさせるのだった。
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