17 解放

「かるな?」

 少し泣くのがおさまってきたかるなに、俺は声をかけた。

「落ち着いた?」

 かるなは大きく首を横に振った。

「じゃあちょっと頑張れ」

 かるながこんなに泣いたのは初めて見た。かるなは泣くことさえ封印していたのだろうか。

 ずずっと鼻をすすってかるなが顔を上げた。

「俺の話聞けるか?」

 また鼻をすすってかるなは少し頷いた。

 俺は各務様の言葉を思い出しながら話し始めた。


「お前に各務様がいるのはなんでだと思う?」

「わかんない。なんで?」

「各務様はお前の概念なんだろ?それを押さえつけて生活してないか?」

 一生懸命泣くのをこらえようとしているかるなを愛しく思った。

「自分の気持ち押さえつけて生活してるだろ?よく考えて」

 かるなは唇を震わせながら考え込んだ。もちろん鼻もすすっている。

「してるのかなぁ・・・」

「うん、してるんだと思う」

 俺は断言するように言った。

「それを、やめないといけない」

 怯えたようにかるなは首を振って俺を見た。

「できない」

「俺の前でも?」

 かるなは黙り込んで、やがて

「健太郎には一番、よく思われたい」

 と言った。

「俺はお前だったらなんでもいいよ」

「そんなわけないじゃん」

「欲を言えばもっと我侭になって欲しい」

「我侭・・・」

「お前の気持ちが知りたいよ、もっと」

「でも・・・」

「そうしないと各務様消えないぞ」

 かるなは少し考えたが、「消えちゃまずいんでしょ?」と言った。

「わたし自身なんでしょ?各務は」

「もうそんなこといってられないだろ?」

 かるなは押し黙った。

「いってられないんだよ」

 もう一度俺は言った。

「お前に消えられるのはそれこそまずい。だろ?」

 こくり、とかるなは頷いた。

「だから、各務様を消すしかないんだよ」

「ねえ病院行ったほうがいいんじゃ」

「薬で治ると思うか?」

 かるなはふと考え込み、そして力なく首を振った。

「これはお前の精神力の戦いなんだよ」

「ただの宗教だったのに・・・」

「宗教は人の心のよりどころになる大きなものだぞ」

「うん」

「それを作り出す人の力はやっぱり常人のそれとは違うと思うんだ」

「・・・・」

「お前は精神力が強すぎるんだよ。だから押し殺そうとする力も強いんだと思う」

「じゃあどうすればいいの?教えて」

「その力をシフトチェンジすればいいんだ。解放するほうに」

 不安げにかるなは言った。「できるかな」

「するんだよ」

「わかんないどうやって?」

「俺に、思ってること全部出して。どんなことでも」

「難しい・・・」

 かるなはうな垂れた。

「しないと乗っ取られるぞ」

 かるなは怯えたように俺を見た。

「怖い」

「俺も怖いよ」

 俺はかるなの頭を撫でた。

「だから頑張れ」

「うん・・・」


「取り敢えず、なんか食おう」

 俺は空腹を覚えた。

「えっ、わたし何にも作ってないの?」

「各務様が料理すると思うか?」

「ねえ」

「ん?」

「健太郎は各務と喋ってるから判るんだろうけど各務ってどんな人?」

「お前が作り出した各務そのものだよ」

「わたしが作り出した各務・・・?」

「俺とメールでやり取りしてた各務様」

「ああ・・・!」

 かるなは納得したようだった。

「なるほど。よくわかった」

「よし。何食おうか?」

「何食べたい?つくるよ」

「そうじゃないだろ、お前は何食べたいの」

「あっ。えっと、・・・すごいカロリーのあるもの」

「こういうとこからだぜ」

「わかった」

「じゃあマックでも行くか」

「うん!」

 よかった。

 さっきのかるなの取り乱しっぷりはすごかった。あんなかるなはもちろん初めて見た。

 それでもさすが宗教の教祖をやっているだけあって強い。もう持ち直している。

 俺は感心していた。

 でも今は、この強い精神力がネックになっている。

 本当にシフトチェンジしかないだろうな。

 それに俺がどれだけ協力できるか。

 どれだけかるなの弱さを引き出すことが出来るか。

 ややこしいがそういうことだ。

 かるなにも頑張ってもらわないと始まらないが、俺もそれなりに頑張らないといけない。

 かるなはいやがるだろうけれど、また各務様に会って話をしてみたい。

 そしていろいろとご教示いただくのだ。

 でもそれはあまり望んではいけないことだ。

 

 俺たちは駅まで歩いていき、24時間営業のマックで飯を食った。

「マックなんて久しぶり。しかもこんな時間に」

 そうかるなが笑いながら食べてくれたので、俺は少し安心した。

 なるほど、泣いたからカロリーを欲しているんだな。

 人間ってよく出来てるものだな、と思った。

 日付がもう、変わろうとしていた。

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