3 メール
「各務様のお姿を拝見したいです」
わたしのいくつかあるうちのメールアドレスのひとつに、そんなメールが届いたのはクリスマス前のことだった。
わたしは物凄くびっくりした。
だって「各務」と称したメールアドレスは、わたしはひとつも持っていないからだ。
これは・・・足がついた。
ホームページの何かから、メールアドレスだけバレたのだろう。
しかしこのアドレスはフリーのもので、ここから更にわたしであると結びつけるのは難しそうだった。
わたしはこのメールの対応をどうしようか迷った。
各務であるわたしは誰ともコンタクトを取ってはいなかったのだ。
本当にただ、ホームページを更新しているだけなのだった。
でもこの物言いは、このアドレスが各務のものであると確信しているように思えた。
『人違いでは?』なんて送ったら、各務のあまりに普通な人間っぽい印象にがっかりするだろう。
わたしは腹をくくって、この人に「各務」としてメールを送ることにした。
一文できているから。一文で返そう。
「姿はみなの心の中にある。わたしの姿は、みなの心と共にある」
わたしはあまり深く考えず、そうPCに打ち込んだ。そして送信をクリックした。
するとすぐにメールの着信を知らせる音が鳴った。
開くとそこには
「各務様はお若いのでしょう」
とあった。
なんで?!
あっ、メールアドレスの登録日とかも判ってるのかな・・・。
おおよその歳までバレているのだろうか。
「でも各務様に歳の概念などないほうがよいと思っております。このことは内密にいたしますので、お姿を拝見したいです」
そうメールは続いていた。
更に「それが無理ならメールのやり取りをしてくださいませんか」とあった。
わたしは正直受験勉強で手一杯だった。
メールのやり取りなどしている暇はない。
わたしはひとしきり考えた。なんて返そう。
「みながそうであるように、わたしもまた、時間がない」
そう返すことにした。
送信を押すとまたすぐにメールは返ってきた。
「ではこのアドレスをばらまきますよ。各務様のものだと。そうしたら今以上に忙しくなってしまうのでは」
脅迫じゃん・・・。わたしは絶句した。
アドレスを各務のものだといってばら撒かれては非常に困る。
わたしは心を広くもつことにした。
「承知した。だが頻繁なメールは対応できかねる。長文のメールも然りだ」
そう返信すると、すぐに「ありがとうございます!」と送られてきた。
こうしてわたしは、各務として、ある信者とメールのやり取りをする羽目になってしまったのだった。
まあこういうのも悪くない。
各務としてもわたしはあまりに信者と交流を取っていなさすぎた。
非公式だがいいだろう。信者の気持ちも少しは知るべきだ。いいサンプリングになるだろう。
わたしはどこかそう軽く考えていた。
面倒くさくなったら、このアドレスは捨てよう。
夜になり、昼間の人からまたメールがあった。
「このメールに返信は不要です。私のことをすこし紹介させていただきたいと思います。
いくらあなたを慕っているとはいえ、素性のわからなさすぎる相手と、メールのやり取りをするのはいささか不気味ではありませんか?
それをすこしばかり解消してさしあげようかと思います。」
メールはそう始まっていた。
私は言わずもがなあなたの信者です。
あなたの言葉に感銘を受けつつ生きています。
本当なら私の最初のようなメールを、無視しても当然なのに、あなたは返信をくださいました。
そこにあなたの心の壮大さが伺えます。ありがとうございます。
私の性別は男です。
あなたの性別は本当にわからない。
人間かどうかもわからない。
だがあなたは本当に素晴らしい。
私は都内に住んでいます。
実はまだ学生です。
でもあなたの信者には若い層が多い。ご存知でしたか?
たまに信者同士で集まることがあります。
そこで各務様の話で盛り上がる席はとてもいいものです。
若い層が多いので、お酒の席ではありません。
トラブルもございませんのでご安心を。
当然ですがこうして各務様とメールのやり取りができることになったということは、他の信者には秘密にします。
私はあなた様と秘密を共有できることが嬉しくてたまりません。
僕のことは何から何まで話します。
けれどあなたの多くを知ることを望んだりはしません。
あなたと交流できることが、私は嬉しいのです。
時にお言葉をちょうだいできたらと思います。
それを胸に、私は学業を頑張ります。
わたしはこのメールに好印象を抱いた。
私、といったり、僕、といったり、ごちゃごちゃで、頑張って丁寧に書こうとしているのが判ったからだ。
ふふっとわたしはメールを読み返して笑った。
学生ということは、大学生だろうか。中学生ではないだろう。ひょっとしてわたしと同じ高校生かも。
この人がわたしに対してそうするように、わたしもこの人に対して想像を膨らませた。
あれ、名前書いてないな。
まあいいか。教えてもらっても呼ぶことはないだろう。
わたしはお風呂から上がったところで髪の毛が濡れていたので、それを乾かしに洗面所へと向かった。
メールの主は、どんなひとだろう、そんなことを考えつつ。
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