2 健太郎
みなは嘘を吐くか?
わたしは吐く。
真実の嘘を吐く。
真実の嘘は清い。
清くなければ、それはただの嘘である。
よいか?嘘は吐くでない。
真実の嘘のみ赦される嘘であるのだ。
「真実の嘘とは一体何なのか」という論議でチャットは盛り上がった。
きっとこのチャットも健太郎は閲覧しているのだろう。
あとは信者たちに任せて、わたしはこのホームページをみた一般の高校生の感想を考えなければならない。
これは難しい。
自分のことを客観視するのって難しいし、今のわたしに求められているのはそれ以上のことなのだ。
「各務」ではないわたしがこれを見たとき、わたしは何を思うのだろう。
健太郎の気分を損ねない、適当な答えを探さなければならない。
矢張り同調するべきなのだろうか。「すごいね。考え方変わったよ」とでも?
ふっ、と、わたしは思わず笑った。そんなの恥ずかしいな。
健太郎の意見をまずは重点的に聞くことにしよう。それによって答えは変えられる。
健太郎は何を思っているんだろう。
「各務」をどう思っているんだろう。
わたしは少し複雑な気持ちになった。嫉妬に似た気持ちを抱いた。
おかしな話である、嫉妬の行く先は「各務」であり、「各務」はわたしなのだから。
でも健太郎の中のわたしと、各務は別人だ。
矢張り嫉妬を覚える。
健太郎の中の「各務像」はどんなものなのだろうか。
そういうことも聞いてみようっと。
わたしはそう思いながらベッドへと入った。
感想はなんか適当に答えとこう。
「お前昨日サイト見た?」
一緒にアトリエへ向かうときの道すがら、開口一番健太郎はそういった。
「みたよ」
「すごかったろ?」
健太郎は興奮気味にそういった。
「昨日はチャットもあったんだよ。チャットっていっても本人と直接喋れやしないけど」
「それもみたよ」
「そうか!」
健太郎は嬉しそうにそういうと
「で、どうだった?」
と早口で言った。
「うーん、不思議な感じだった」
わたしは実に適当にそう答えた。
「何か感じなかったか?」
「何か?」
できればそんな突っ込まれた質問は避けたい。答えるのも避けたい。
「俺は各務様には特別なものを感じてるんだ。どんな人か判らないけれど、きっとすごく高尚な人だ」
「ふうん」
「俺たちはチームを組んで、各務様の正体を実は探っている」
わたしはドキリとした。そんなことが進められていたのか。
「へえ・・・。そんなことしていいの?」
わたしがそういうと、健太郎は少し困ったような表情になり
「いいか悪いか判らないけれど、知りたいじゃん?」
と言った。
「でもそんなこと、わかるの?」
問題はそこだった。各務がわたしだとバレてしまう可能性はどれくらいあるのか。
「いや、なかなか難しい。まだ全然判ってない」
わたしはほっと胸を撫で下ろした。簡単にバレるような行動は取ってはいないが。
「どうやって調べてるの?」
わたしは窺ってみた。
「それはお前・・・内緒だよ」
健太郎はにやりと笑ってそういった。
キィーーーー!知りたいのはそこなのに!そこさえ知れれば、そこに気をつければいいだけなのに!
「お前誰にも言うなよ、俺たちが各務様の正体探ってるってこと」
健太郎、それはもう本人の耳に届いておる。
「わかった」
わたしは空返事で頷いた。
「いつから?」
わたしはふと思って健太郎に聞いてみた。
「いつからあのサイトにはまってるの?」
健太郎はそれを聞くと、少し言いにくそうに
「お前には言うの遅れたけど・・・1年位前からだよ」
と言った。
わたしはその1年間を思い出した。健太郎と付き合ってもう2年を超えるが、その半分を健太郎は各務のことを慕っていたのだ。わたしに各務の片鱗が見え隠れしていなかったかひやひやした。
「あのサイトはいつからあるの?」
白々しくわたしは聞いてみた。わたしがあのホームページを立ち上げたのは2年半ほど前だ。
「俺が知るより前から」
「そう・・・」
詳しいのか詳しくないのかよくわからないな、健太郎は。
でもわたしがそれを判断するのは難しいのかもしれない。なにしろわたしは本人なのだから。
「俺は・・・はるか昔からあったんじゃないかとすら思うよ。ずっと昔から各務様はいたんじゃないだろうか」
ほう、面白いことをいう。
しかしあながち間違いでもない。
各務であるわたしは2年も前、健太郎が各務を知る前から一緒にいるのだから。
「昔ねぇ」
「うん、はるか昔から。それこそ太古からとか」
健太郎はわたしが思っている以上に各務に入れ込んでいるみたいだ。太古からなんて、それこそもうほんとうに神ではないか。
「人間なんでしょ?」
「いや・・・判らないな」
目の前のわたしが各務だと知ったら、健太郎はどう思うのだろうか。
夢を壊してはならないな、とわたしは思った。
「お前は思わなかった?ちょっと人間離れしてるって」
わたしは返答に困った。
わたしは平成生まれの18歳だ。まだ18年しか生きていない、そんなわたしが各務なのだ。
「それはよく判らないけど・・・」
健太郎はがっかりしたような表情になった。
「お前にはまだ判らないかー。もっとちゃんと隅々まであのサイト見て?俺のお願い」
「わかったよ・・・」
少し口を尖らせてわたしは言った。
だがその必要はない。1から作ったのはわたしなのだ。全部知っている。
知らない振りをするのも大変だな、と思った。
18歳、秋のことだった。
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