1 かるな

 例えば、お金儲けのために宗教を開く人は居るけれど、わたしはお金儲けのために開いているわけではないので、お布施などは貰っていなかったし、何も売ってはいなかった。

 最初は軽い気持ちでホームページを作った。

 するとファンですという人がちらほら現れ、その人たちの口コミでわたしの名が広まり、ファンであった人たちは信者になった。

 わたしはあっというまに「教祖」となったのだった。

 わたしは美大を目指しているだけあって絵心があったので、わたしのモチーフを描いてそれをホームページ上に載せていた。

 信者たちはそれをダウンロードし、奉り、偶像の代わりとして崇めているようだった。


 わたしは月に一度ほどチャットルームで信者たちと二言ほど会話をした。

 毎月参加者を募り、順番にパスワードを教え、制限していた。閲覧は自由に出来るようにした。

 そのとき発せられるわたしの言葉は、信者によってまとめられ、別のホームページで公開されていた。


 つまりわたしはネット上ででしか教祖ではなく、生活は普通の女子高生なわけだ。

 彼氏だって居る。

 同じく美大を目指す健太郎だ。

 健太郎はとても絵がうまく、わたしは羨ましく思っていた。

 わたしの描く絵とはまた少し違って、独特だった。

 もちろん健太郎にもわたしのネット上の素性は明かしては居ない。

 誰も、わたしが教祖なんてしていることなんて知らないのだ。


「かるな、行こうぜ」

 今日もわたしは健太郎と共にアトリエへと向かう。

 健太郎とわたしは同じアトリエに通っていた。

「うん」

 わたしはリュックを背負い、健太郎に並んだ。

 並んで歩きつつ、考えていた。



 今日はホームページでチャットの日だ・・・。

 どんな言葉を信者たちは求めているのだろう・・・。

 家に帰ったらちょっとリサーチしないと・・・。

 信者たちが求めているであろう言葉を述べたい。



 わたしの頭の中は完全に「各務」だった。

 そしてわたしは、おっと、と思うのだ。

 いけない。見られてはいけない顔だった。

「スタバ寄ってこうぜ」

 健太郎がそういうので、わたしは笑顔で頷いて、それに従った。


「俺さあ・・・」

 スタバでオーダーしたものを受け取った後テーブルに着いたとき、健太郎は慎重な面持ちで話し始めた。

「どうしたの?」

「俺、やばいかも」

 わたしには意味がわからなかった。

「ん?」

「お前、家でネットとかする?」

「するよ?」

「パソコンで?」

「うん」

 わたしがカプチーノをすすりながらそういうと、健太郎は身を乗り出した。

「是非みて欲しいサイトがあるんだけど」

 健太郎はそういった後、「お前にだけだぞ」と照れくさそうに言った。

「なあに?」

 すると健太郎はスマホを取り出して

「スマホは推奨じゃないらしいんだけど・・・」

 と、あるサイトを開いているようだった。

 なんだろう、健太郎がわたしにだけ教えてくれるサイトなんて。わたしはドキドキした。

「これなんだけど」

 そういって健太郎が見せてきたサイトを見てわたしは心臓が大きくドクンとなった。


 それはわたしの宗教のホームページだったからだ。

 わたしが描いた絵が、そこにはあった。


 わたしは何も悟られないよう、何も知らないような振りをしなければならない。

 それは一体、どういうものだろうか。

 一般の人は、これをみて、まずどういう反応をするのだろうか。

 教祖のわたしには判らなかった。

 わたしが健太郎のスマホを見て固まっていると、健太郎は

「すげえんだよ、ここ」

 と言った。

 わたしは顔を上げ、こわばった顔をどうにか普通に保ちながら、健太郎を見た。

「すごい・・・?」

 わざとらしくわたしはそう聞いてみた。

 健太郎、もしかしてあなた、信者なの・・・・?

 わたしは震える思いだった。

 耳の下までの髪の毛が震えているのではないかと思うほどだった。

 わたしはその髪の毛を耳にかけると「どうすごいの?」とまたわざとらしく聞いてみた。

 健太郎が信者だとしたら、信者の生の声を聞くのは実に初めてである。

 すこし興味深かった。

 だが依然わたしは震える思いだった。


 バレてはならない、決して。


「これさ、・・・いわゆる宗教なんだろうけど、俺はまっちゃって」

 ・・・信者だ。

 健太郎は、わたしの、信者だ。

「男か女か判らないんだけど、とにかくすげえ面白いこと言うんだよ」

「すごい面白いこと?」

 わたしはまた髪の毛を耳にかけた。

「まあ詳しくは見といて。LINEでURL送るから」

 と言った後健太郎はいたずらっぽく笑って

「これ、一応布教活動な」

 と言った。

 わたしの頭はパニックだった。

 健太郎が、「各務」のことを知っている。

 そしてはまっている。

 そして布教活動までしているのだ。

 こんなに近くに・・・、よりによって自分の彼氏が・・・、わたしの信者だった。

「多分概念覆されるぜ?」

 健太郎は真面目な顔でそういった。


 覆されるも何も・・・その概念は「わたしの」概念なのよ。


「別にいいけど・・・あんまりはまらないでね?」

 できる限り自然に苦笑しながら、わたしはそういった。それは本心でもあったかもしれないが、そうでなかったかもしれない。

 目の前の人間がわたしの信者で、はまっていて、そしてわたしの彼氏だ。

 わたしはその奇妙な事実を、受け止めきれてなかったかもしれない。

 とにかくわたしは平静を装うのに必死だった。それだけに必死だった。


 大丈夫、バレっこない。


 ただし、これからは言葉に気をつけて物を言わなければならないだろう。

 思想などを知られるようなかすかな言葉さえもいえない。

 どこから足がつくか判らないのだ。

 今までどおりにしてればいいのだ。


 しかし。


 わたしは考えた。

 健太郎がこの宗教のことを告白してきたのだから、これからこの話題が増えるだろう。

 「お前はどう思う?」とか「お前はどう考える?」とか聞かれるかもしれない。

 そんな時、なにか適当なことを返さなければいけないのだろう。


 億劫だな・・・。


 自分が思っていることではないことを考え出してそれを答えなければならない。

 大変面倒である。だが仕方がない。

「お前もきっとはまるぜ」

 健太郎がニヤニヤしながらそういうので、わたしは心の中でため息をついた。


 わたしが教祖なのよ、健太郎。あなたが崇めているのはわたしなの。


 さて、これを見た感想を聞かれるだろう。

 用意しておかなければ。

 今日のチャットでの言葉なんかより、こっちの方がよっぽどむずかしい。

 わたしはそう思った。

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