宗教上の理由につき
キヅキノ希月
0 宗教
わたしは偉大であろう?
みながわたしにかしずく。
わたしが行動を起こせば、みながそれに従う。
わたしは尊大であろう?
みなの心に大きく立ちはだかっているであろう?
わたしの音がするであろう?
それはとても美しいであろう?
わたしの思想は唯一無二だ。
みながそれに賛同する。
それはとても清いであろう?
わたしは尊いであろう?
わたしは儚いであろう?
わたしは逞しいであろう?
そんなの幻想に過ぎないのだ。
自分の幻想をあてつけているだけだ。
心のよりどころを、探して探してちょうどいいのがあっただけなのだ。
わたしはお前たちのパズルのピースひとつに過ぎないのだ
わたしの手のひらからは、地球上で作られたものではない金属の観音は出てこない。
わたしも同じ人間なのだ。
神などこの世には居ないのだ。
居るとすれば、あの世だ。
「先生、今日も酷い夢を見ました」
「どんな夢ですか?」
「地獄に堕ちる夢です」
「それは悪夢ですね。心が疲れているのだと思いますよ」
「はい・・・とても疲れいます」
「お薬はいつも通りでいいですか?」
「お願いします」
わたしに願うがよい。
わたしは力を持っている。
お前たちの望みを叶えるだけの心がある。
わたしは眩しいであろう?
わたしは祝福されている。
わたしは約束されている。
歌うがよい わたしの歌を。
呼ぶがよい わたしの名を。
わたしもお腹は減るし、虫にも刺される。
ただ鎮座しているだけの、人間なのだ。
人間、なのだ。
おまえたちと同じ血と肉と骨からできた生き物なのだ。
おまえたちと同じく弱い。
わたしは心が弱い。
だが強い。
秀でているものなど何もない。
なのにおまえたちはどんどん増えてゆく。
おまえたちよ、しっかりするのだ。
気づくのだ。
おまえたちの心には、強い信念があるのだから。
だから強い。
そのことに気づくのだ。
高校生活はまずまず順調だった。
わたしは毎朝地獄へ堕ちる夢を見ながらうなされ、そして6時に起床するのだった。
そして何食わぬ顔で普通の高校生をしていた。
わたしの顔は信者に割れていない。
だからそれが叶っていた。
わたしの宗教団体は、すべてネットで繋がっていた。
わたしがブログで言葉を発すると、それに共感したり共鳴したりして信者たちは有難がるのだった。
ツイッターのフォロワーも2万人ほどになっていた。
思想の共鳴の共有、それがわたしの宗教の信者たちの間で行われている宗教行為だった。
死とは生の一部だ。
生は死の一部だ。
どう死ぬかにより、どう生きたかが決まるのだ。
最高の死によってこそ、最高の人生が導かれるのである。
悔いのない死に方をするには、悔いのない生き方をしなければならない。
みなは悔いのない生き方をしているであろうか?
わたしがそう言葉を発せば、信者たちは「悔いのないように生きないと!」と、人生を再検討するのだった。
思うにわたしの信者たちは心を病んでいるのだろう。
わたしと同じように。
死の淵に居る彼らを救うのがわたしの役目だった。
わたしもまた死の淵に立ったことがある。
というか、ずっと立っていた。
そして死を見つめ、生に意味を見出したのだった。
今のわたしといえば高校生活最後の年を謳歌していた。
とはいえ受験生である。
わたしは美大を目指していた。
学校の後、アトリエに通い木炭でデッサンをする毎日だった。
そんな毎日は実に充実していた。
勿論わたしがとある宗教の教祖だなんてアトリエの子も学校の子も知らないし、信者たちもわたしが高校生などということは全く知らなかった。
ツイッターなどで、「男性ですか?女性ですか?」という質問も多々貰っていたので、わたしの存在は本当に謎のものだったのだ。
わたしは極一般的な、美大を目指す高校生として、毎日を過ごす傍ら、ネットで言葉を発し、啓蒙していたのだった。
わたしの名前は谷崎かるな。宗教としては「各務」とだけ名乗っていた。
18歳。高校三年生。
教祖をしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます