14 空白
学校が詰まらない。
健太郎がいない大学なんて、来た意味ない。
わたしはそんな思いに苛まれていた。
辞めようかなって、本気で考えていた。
もう絵にも興味がなくなっていっていた。
わたしには宗教の方が向いている。宗教で食べていったほうがいいんじゃないかって思い始めていた。
でも宗教で食べていけるほどわたしに才能があるとも思えない。
わたしを食べさせる為に、信者がお金を落としてくれるとは考えられなかった。
もうどうしたらいいんだろう?
全然判らないよ。
そんなことを考えていたんだけど、気づいたら全然知らない場所にいた。
時間もすごく経っていた。
わたしはパニックになった。
ここがどこなのか、まずスマホで確かめた。
わたしは大学にいたはずなのに、全然違うところをスマホの地図は指していた。
ここまでどうやってきたか判らない。
わたしは慌てて健太郎にLINEしようとした。
・・・けどやめた。
健太郎は仕事で忙しいだろうし、わたしのそんな白昼夢みたいなのに付き合わせるわけには行かない。
取り敢えず健太郎のうちに行こう、と思って、その経路を調べた。
たぶんぼーっとしてたんだろう。
それだけだ。
しっかりしないと。
わたしは健太郎のうちの近くのスーパーで、肉じゃがの材料を買って健太郎のうちへ行った。
野菜の皮を丁寧に剥き、下ごしらえをして、味付けして完成した。
味見をしたけれど、なかなかいい出来に仕上がった。
今日も遅いのかな、なんて考えて音楽を聴きながら本を読んでいたら、玄関の開く音がして健太郎が帰って来た。
「おかえり!今日早いね」
「だってお前きてくれるっていうから」
「え?」
「え?」
わたしは覚えのないLINEを健太郎に見せられた。
時間はちょうどわたしが覚えてない時間だった。
「あれぇ、そのときわたしちょっとぼーっとしてたかも」
「どういうこと?」
「いや、なんでもないよ」
わたしがそういうと、健太郎は珍しく不機嫌そうに「言わないのかよ?」と言った。
わたしはひやっとした。
健太郎が怒ったことなんてないのだ。
「大したことじゃないのよ・・・?」
わたしは慌てて前置きして、実は今日いきなり知らない間に移動してたことを告げた。
「考え事してたから、いつの間にか電車乗っちゃったんだと思う」
「そんなこと普通ねえだろ?」
「でも・・・」
ほんとに知らない場所にいたんだもの・・・。
「ごめん、わたしの思い違いかも」
「説明できないのかよ」
出来ない。
わたしは黙った。
「ごめんなさい」
「いや、謝って欲しいわけじゃないよ。どういうことなの?って聞いてるんだよ」
「わたしにも判らないの」
健太郎は黙ってしまった。
「でも本当に知らない場所だったのよ」
健太郎は何も言わない。
顎に手をやって考え込んでる。何を?
「なあ、かるな」
「はい」
「今度またそういうことあったらすぐ俺に連絡しろな?」
「もうないよ」
「あったらだよ」
「わかった」
「あと」
「はい」
「もっと俺に何でも話していいんだぜ?」
「話してるよ」
「もっとだよ」
でも・・・。所詮違う人間同士、分かり合えることなんてないんだし・・・。
「誰かが・・・」
「ん?」
わたしは急にスイッチが入ったように一気に喋った。
「誰かが、誰かのことをわかろうなんて無理なのだ。違う人間であるということは違う生き物であるということで、脳みその交換でもしない限り分かり合えることなどないのだ。そんなことを望むのは愚かだ。自分が他人をどれだけ理解しようと試みているかを考えれば火を見るよりも明らか。たった数人のことしか該当しない。その数人に自分が入れると思うとは誠に愚かだ。誰から自分を理解しようだなんて思ってくれてると思うということは誠に
「かるな!」
気づくと健太郎はわたしの両肩を掴んで激しくわたしを揺らしていた。
わたしは名前を呼ばれてから初めてそのことに気づいた。
「俺が今何回名前呼んだかわかるか?」
「え?」
わたしは指を1本立てた。
健太郎はそれを凝視した。
そしてごくりと喉を鳴らすと、一気にわたしを引き寄せて、抱きしめた。
そしてわたしの頭をまるで全身全霊で込めるかのように撫でた。
「どうしたの?」
それを聞いて健太郎はわたしを抱きしめる力をより込めた。
「一緒に住もうぜ」
わたしは仰天した。
「何?急にどうしたの?」
「急にじゃないよ」
健太郎はわたしをゆっくり自分から離すと、わたしの目をしっかり見た。
「前から思ってたんだ」
わたしはまばたきをして健太郎を見つめなおした。
「最初はこの狭い部屋ででしか無理だけど、いつか引っ越してふたりで住めるようなところに住もうぜ?」
「じゃあ・・・」
わたしは思い切って言ってみた。
「じゃあ、わたし学校辞める。辞めて働く」
反対されるかなって思った。
だけど健太郎は
「それでもいいよ」
と優しく言うだけだった。
「それでもいいし、別に働かなくてもいい」
「でもそれじゃあお金が・・・」
「俺が働くから、お前は家にいてくれればいい」
「何それ・・・」
そんなのまるで・・・。
「結婚しないか?」
わたしは目を見開いた。
わたしたちはまだ結婚するには若すぎる。この先何があるか判らない。
もしかしたら大きな喧嘩をするかもしれない。それがきっかけで嫌いになってしまうかもしれない。
別れ話が出るかもしれない。結婚したら別れるってことは離婚になるんだよ?離婚って戸籍に傷がつくんだよ?もっと慎重に何年も付き合ってから決めないと
「もう4年付き合ってるだろ?」
「えっ?」
思ってるだけかと思ってたら、口に出して言っていたみたいで、わたしはびっくりした。
「わたし、今喋ってた?」
「え・・・?喋ってたよ?」
「わたし・・・」
今日のことを少し考えただけでもわたしはこの結論に辿り着いた。
「わたし、なんかおかしいかも」
怖くなった。
「ねえ、さっき名前、本当は何回呼んだの?」
「・・・5回くらい」
わたしは絶句した。全く聞こえなかった。それどころか肩を揺さぶられてることさえ気づかなかった。
「なんだろう、疲れてるのかな・・・」
わたしは少し笑った。
「ごめんね」
ゆっくりとわたしは、両肩の健太郎の手を解いた。
「今日は帰って寝るよ」
力なく床に置いてあるコートを拾った。
「肉じゃが、つくったから食べてね」
そういうと玄関に向かった。靴を履き、「おやすみ」と言って玄関のドアを開いて、出て、閉じた。
外は寒くて、わたしは慌ててコートを着た。
健太郎は出てこなかった。わたしはてくてくと歩き出した。
寒い。もうすっかり冬だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます