6 引力

「・・・各務様なの・・・・・・?」

 黒い服装の健太郎を見て、わたしも顔をこわばらせた。

「え・・・?」

 わたしは呆然とした。

 健太郎なの?

 健太郎がメールの人なの?

 わたしは気が動転した。


 黒い服装。

 学生の男の人。

 各務を慕っている。


 健太郎も混乱している様子だった。

「え?ちょっと待って・・・・?」

 頭に手をやって、必死で考え事をしていた。

「かるな、各務様なの?」

 わたしは何もいえなかった。

 ずっと健太郎が各務を慕っていることを知っていて、こちらからは何も言っていなかったのだ。

 今更そうですだなんて言えない。

 わたしはその場を去ろうと歩き始めた。

 その手を健太郎が掴む。

「待って」

 恐る恐る健太郎の顔を見た。

「ちゃんと言って」

 健太郎は真面目な顔をしていた。

「お前、各務様なの?」

 わたしは唇をかんで目を閉じた。

 そして頷いた。

 暫く健太郎は何も言わなかった。その間わたしはずっと目を閉じて俯いていた。

「まじかよ・・・」

 ようやく健太郎はそう呟いた。

 そしてそっとわたしの頭を撫でた。

「ごめんな」

 わたしはびっくりして顔を上げた。

 なんで?なんで謝るの?

 謝らなきゃいけないのはわたしなのに。

「俺の所為で言えなかったんだよな?」

 尚もわたしは健太郎の顔を見続けた。何もいえなかった。違うとも、何も。

「びっくりしたろ?びっくりしたな。どっかで落ち着こうぜ」

 そういうと健太郎は歩き始めた。

 わたしはその後をついていった。


 お互い無言のまま歩き、いつものようにわたしたちはスタバに入った。

「カプチーノ?」

 レジで振り向いて健太郎が言う。うんと頷く私。

 健太郎は、わたしのことを何でも知っている。各務だということ以外は何でも知っていた。それが健太郎だ。

 席に着くと健太郎は寒いのにいつものアイスコーヒーをごくごくと飲んだ。

 半分くらい飲んでしまうと、「あー」と健太郎は言った。

「俺はまだ混乱してるよ」

 半笑いで健太郎はそういうと、確認するようにもう一度わたしに

「各務様だったの?」

 と訊ねた。

 やっとわたしはそこで口を利くことが出来た。

「ごめんね、ずっと黙ってて・・・」

「いや仕方ないだろ」

 そう健太郎は言うと、でも、と付け加えた。

「まさかこんなに近くに各務様が居たなんてな・・・」

 そして真剣な顔でわたしを見て

「バレちゃったけど、それでもまだ俺と付き合っていてくれる?」

 と言った。

 その意外な言葉にわたしは驚いた。

「え・・・?」

 戸惑いを隠せないでそう聞き返すと

「各務様なのに、俺と付き合ってくれるの?」

 と健太郎は言った。

「何言ってんの・・・」

 わたしはそういうと俯いた。

「俺が、メールしてた各務様も、お前なんだよな?」

 わたしは慌てて顔を上げ

「それは知らなかった」

 と言った。

 健太郎は少し考えて「そうか」と言い、「それはお互い知らなかったわけだ」と自分に言い聞かせるように言った。

「ちょっと待ってやっぱりまだ混乱してる」

 笑いながら健太郎はそう言って横を向いた。

 そしてみるみる真面目な顔になった。

 顎に手をやり、何かを真剣に考えている。

 わたしはそんな健太郎を、ただただ見つめるしか出来なかった。

「各務様もお前もつらそうだった・・・」

 横を向いたまま健太郎はそう呟いた。

 そしてゆっくりこちらを向いた。

「夢みたいだ・・・」

 小さな声で、でもはっきりと健太郎はそういった。

「俺、各務様のことはもちろん大事だけど、お前のことも大事に思ってるよ」

 そして口に手をやって、まだ信じられなさそうに

「それが、同一人物だったなんてな・・・」

 と言った。

「健太郎・・・?」

 恐る恐るわたしは名前を呼んだ。

「ん?」

「怒ってないの?」

 わたしがそういうと、健太郎は「なんで!」と意外そうに言った。

「だってずっと隠してたんだよ?」

 思い切ってわたしがそういうと、健太郎は

「まあ、それはそうだけど」

 と呟いたあと

「でも仕方ないだろ」

 と言った。

「怒ってなんてないよ」

 そう付け加えると、健太郎は「びっくりしたけどな」と笑った。

 健太郎も、メールの人も、優しい人だとは判っていたが、それがまさか同じ人だったとは。

 あんなに各務を慕って、わたしにメールしてきてた人が、まさか健太郎だったなんて。

 その事実を、わたしもまだどこか信じられなかった。

 そしてうろたえていた。

 どうしよう、という気持ちだった。

 わたしが不安げにそう考えていると、それを見て、健太郎は言った。

「今までどおりで居ろよ?」

 顔を上げて健太郎の顔を見た。

「かるなとしても、各務様としても、今までどおりで居ろよ?」

 そして「何不安がってるんだよ」と言った。

「お前の各務様としての各務様の素質は凄いんだぞ?各務様は凄いんだぞ?」

「え・・・」

「各務様は各務様なだけで、それだけで凄いんだ。不安がるなよ。名前だけがあるなんていうな」

 わたしが各務としてメールで言ったことを言ってるんだ。

「・・・って俺、各務様に失礼かな?」

 そういうと健太郎は、やっべえ、というように笑った。

 わたしもふふと笑って

「あんまり各務様って言わないで」

 と言った。

「あっ、ごめん」

 健太郎も笑ってそういった。


 わたしは、これからは何でも健太郎に話せるんだと思うと、心から安心した。

 健太郎が居てくれてよかったと、心から思った。

 そしてメールの人が健太郎で本当によかった。


 わたしは安堵して、カプチーノをすすった。

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