12 主治医
次の週の土曜の朝っぱらから、健太郎に地元にきてもらった。
メンタルクリニックに同伴してもらうためだ。
「いつから通ってるの?」
「もうだいぶ前から。教祖やるときくらいから」
「4~5年か?」
「そうね」
バスに乗り、二人がけの席に座ってそんなことを話していた。
「もう俺らも長いよな」
「3年半くらい?」
「もうすぐ4年だな」
「喧嘩したことないね」
「相性いいんだよ」
そういうと健太郎はわたしの手をそっと握った。
数分バスに揺られ、次の停留所で降りるので、窓際の健太郎にボタンを押してもらった。
バスを降り、クリニックへと入った。
予約制なのですぐ順番はきて、ふたりで診察室に入った。
「初めまして」
「初めまして。主治医の長野です。どうぞ」
「小野です。よろしくお願いします」
ふたりで、わたしがいつもひとりで座っている、ふかふかのソファに腰掛けた。
「谷崎さんから小野さんは何か聞いてますか?」
「いえ、ほとんど・・・」
「ではお話しますね」
谷崎さんは強い不安を訴えられ高校一年生の頃から当院にかかるようになりました。
定期的に酷い頭痛と酷い悪夢にうなされ、自分が何物であるか判らないという症状でした。
お薬をお出しして安定していましたが、先日もうひとりの谷崎さんのことを打ち明けられました。
そちらの谷崎さんのコントロールができなくなっているというものでした。
わたしもインターネットをしますが、そちらで流行っているかがみさま、というのがもうひとりの谷崎さんのようですね。
そのかがみさまと接触のある方と今回お話がしたかったのですが、お間違いないでしょうか?
「多分僕しか頻繁に接触はしてません」
「では谷崎さん、待合室でお待ちいただいてもいいですか?小野さんと少しお話がしたいです」
「わかりました」
そう言ってわたしは診察室を出た。
どんな話がされるのか内心すごく興味があった。
待合室は綺麗な中庭が一望できるガラス張りの作りになっている。
小さな池もあって、鯉も泳いでいる。
中庭は緑豊かで、待っている間心が落ち着くような、そんな待合室だった。
オルゴールのクラシック音楽がかかっていて、室内は癒しに満ちていた。
わたしはそこでもふかふかの椅子に座って、また診察室に呼ばれるのを待った。
何話してるんだろう、健太郎・・・。
そのことばかり考えていた。
わたしはぼうっと中庭を眺めていた。
5分くらいで再び診察室に呼ばれた。
急いで中に入った。
健太郎はいつも通りの様子だった。
わたしは再びソファに座った。
「大体の谷崎さんの症状は把握できたと思います」
主治医がそういうので、わたしは健太郎が何を話したのかますます興味が湧いた。
「谷崎さんにお聞きしたいのですが、もうひとりの谷崎さん、つまりかがみさまになるときはどんな気分ですか?」
「・・・悪い気分ではないです。自分の考えがしっかりみえて、すっきりします」
「なるほど・・・。そうですね、矢張り・・・これといって大きな病気ではないと思います。病名もつけづらいです」
わたしは中途半端な気持ちになった。
じゃあなに?という気持ちだった。
「気分障害、といったところでしょうね」
「きぶんしょうがい」
「はい。感情の起伏が大きくて、それになかなかついていけないという症状です。当てはまりませんか?」
わたしは少し考えて「当てはまるかもしれません」と言った。
「気分障害にこれ、といったお薬はなく、今までのお薬に頓服をつけるような形になりますね」
「はい・・・」
その後、頓服でつく薬の説明をされ、その日の診察は終わった。
「何話したの?」
クリニックを後にすると開口一番わたしは健太郎にそう訊ねた。
「各務様の時のお前の話だよ?」
「どんな?」
「きっぱりものをいって、はっきりした考えがあって、とてもしっかりしているって」
「ふうん・・・」
それくらいわたしにも判っている。
健太郎には、健太郎にしか判らないわたしの各務の時の様子があるのではないかと思っていた。
薬局で薬を貰い、またバスに乗ってわたしの家まで来た。
健太郎がわたしの家に来るのは初めてだ。
「大丈夫よ、誰も居ない」
「そうなの?」
わたしは健太郎をわたしの部屋に通した。
PCとベッドと鏡台がある、普通の部屋だ。
「ここから各務様の言葉が生まれてるんだな」
興味深げに健太郎はそう言ってPCデスクの椅子を撫でた。
「ココアでも飲む?」
「おう、ありがとう」
わたしはキッチンでココアを2杯作ってから自室に戻った。
健太郎はPCデスクの椅子に腰掛けていた。
「各務様の気分を味わっているところ」
そういって健太郎は笑った。
「何言ってんの」
わたしもそういって笑った。
差し出されたココアにお礼をいい、健太郎は一口飲んだ。
「うめえ」
そういうと、健太郎は真面目な顔をして
「でも大きな病気とかじゃなくてよかったな」
と言った。
「うん」
わたしは適当に頷く。
何か病名がついたほうが逆にすっきりしたかもしれない。わたしはそう思っていた。
「でもさぁ」
わたしは貰ってきた薬の袋を眺めていった。
「これ飲んだら各務じゃなくなるの?」
「各務様はお前自身だろ?なくなったりしないよ。ただその大きく動いた気持ちについていけない不安を抑えるんだろ?」
「そっか。じゃあよかった」
わたしは安心した。各務がなくなってしまうということは、わたし自身がなくなってしまうということだったからだ。
「各務様がいなくなったら俺も困る」
健太郎はまたココアを飲んでから「俺だけじゃないけど」と言った。
本当に、いなくなってしまっては困る。
わたしの、中枢なのだ、各務は。
「今日これからどうする?もう帰る?」
「何言ってんの。どっかいこうぜ」
「じゃあ美味しいラーメン屋さんがあるからそこ行く?」
「いいぜ!」
「今日のお礼に奢らせて頂きますね」
「お、わりぃな」
わたしたちは歩いて駅のほうまで向かった。
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