11 呼応
「おまえ最近俺の前で各務様にならないな」
まどろみながら、ふと健太郎はそういった。
「そういえばそうかもね・・・」
「なんで?」
「うーん、ひとりの時になってるからかな」
「俺の前でもなれよ」
健太郎はわたしのおでこのあたりの髪の毛を触りながら言った。
「いまのわたしはいや?」
「そういうわけじゃない」
健太郎はうーんと伸びをした。
「ただ各務様は俺の憧れだから、たまには会いたいんだよ」
秋の虫の声が外から聞こえていた。
「お前最近弱ってるんだろ?」
わたしは意表をつかれてドキリとした。その通りだったのだ。
学校にも行けてない。将来の目標も立ってない。何の為に大学生をやっているか判らなくなっていた。
「なんで判るの・・・」
わたしは観念したようにそういった。
「俺にはお前のことは何でも判るんだよ」
笑いながら、どこか得意げに健太郎はそういった。
「わたしにもわたしのこと判らないのに」
「そんな風に弱ってるお前も好き」
健太郎はわたしのおでこに優しくキスをした。
「んふふ」
わたしは照れて笑った。
そうしてそのままわたしたちは眠った。
次の朝起きると健太郎は居なかった。
「あれ?」
眠い目をこすりながら時計を見ると9時だった。
寝すぎちゃった・・・。
ふとテーブルに目をやると、置手紙があった。
のそのそとテーブルに近寄り、その紙を取る。
お前はお前が各務様でいることに怯えてるの?
そんな必要ないと思うぜ。
そう二言だけ書いてあった。
わたしが怯えてる?各務であることを?
そんなわけない。
各務であることは即ちわたしであることなのだ。
わたしは各務でなくては、わたしでは最早ないのだ。
何故って各務はわたしの概念そのものである。
各務を否定することは、わたしの概念を否定することになるのだ。
それは即ち、わたしがわたしであることを否定することになってしまうのだ。
だから勿論怯える必要などない。
わたしはスマホを取り出して健太郎にLINEしようとした。
そのとき健太郎が外から戻ってきた。
そしてわたしの顔を見ると「あ」と言って
「おはようございます」
と言った。
「わたしは怯えてなどいない」
「判ってます」
そういいながら健太郎はコンビニの袋からカフェオレを取り出して、
「カプチーノはつくれないので。どうぞ」
と言った。
「ちょっとあなたに話があったのです」
「話?」
「はい。だから試しに呼んでみたのです」
わたしはカフェオレの蓋を開けた。一口飲む。甘い。
「あなたに聞きたい概念があります」
「何の概念だ」
「結婚についてです。あなたにとって結婚とは何でしょうか?」
わたしは息を吸って一気に喋った。
「わたしにとって結婚とは通過点に過ぎない。何のゴールでもない。人生に於いて目標とはなるかもしれないがそれはたいした解決にはならない目標で、逆に問題が起きる可能性のほうが高い。しかし女性にとって結婚とは人生上大きな出来事であることは確かだ。それがどうかしたか?」
「いえ、十分です。ありがとうございます」
「あくまでわたしの考えだ。他人はどう考えているかなどは判らない」
「僕はあなたとはうまく付き合っていく自信が多少はあります。少なくともそこらの男よりかは」
わたしはその言葉が嬉しかった。
「そこらの男性にはそこらの男性の利点があるだろう」
わたしはそういうと、・・・だけど、と付け加えた。
「健太郎にはやっぱり敵わない」
そういうとほうっと息を吐いた。カフェオレをもう一口飲んだ。矢張り甘かった。
「甘い」
わたしは心がやわらかくなるのを感じた。
じっと見つめている気がして健太郎の顔を見た。
「なに?」
「いや、なんでも。コンビには甘いのしかないんだよ。ごめんな」
そういうと健太郎は席を立ってキッチンへ向かった。
「目玉焼き作るけど食う?」
「うん!」
「じゃあトースターでパン焼いて」
「おっけ」
わたしはコンビニの袋から食パンを出すと、袋を開けてパンを出した。
2枚トースターに入れるとスイッチを押した。
じゅううーという目玉焼きを作る音といいにおいがしてきた。
次第にパンの焼けるいいにおいもしてきた。
幸せな朝に思えた。
目玉焼きと焼けた食パンをお皿に並べて、ふたりでテーブルを囲った。
「いただきます」
そう言ってパンにマーガリンを塗り、一口食べた。
目玉焼きの黄身の部分をフォークでぷにっと押してみた。
「いい感じー」
「好み?」
「うん、好み!」
「俺と好みが似ていてよろしい」
そこでわたしは急に思い出した。
健太郎にメンタルクリニックに一度一緒に来てもらわなければならないのだ。
「そうだあのね」
「うん?」
「わたし病院に通ってるんだけど、そこの先生が一度各務のことを知ってる人と話したいって言うの」
「・・・心療内科か何か?」
「そう」
「土日やってる?」
「土曜日なら午前中やってる」
「じゃあ土曜日行こう」
「ごめんね」
「いや、ちょうどいい」
「じゃあ来週でいい?」
「いいぜ」
「ありがとう」
わたしは目玉焼きの黄身にフォークを入れてみた。
とろぉーと黄身があふれ出す。
「いいねぇー」
そうして土曜日の平和な朝は過ぎていった。
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