10 手紙
「時々自分で自分をコントロールできないと思うことが増えました」
「どんなときですか?」
どんなとき・・・それを説明するのは難しい。
「もうひとりの、わたしを、コントロールできないのです」
「もうひとり谷崎さんがいるんですか?」
「名前もあります」
「ほう・・・」
主治医はキーボードをカタカタと、早く打ち込んでから
「そのもうひとりの谷崎さんが出ているとき、意識はあるのですか?」
と聞いてきた。
「あります」
「なるほど。意識がなくなるということは、例えば、空白の時間があったりとか、そういうことはないんですね?」
「はい」
「それはいつごろからの話ですか?」
「コントロールが難しいと感じるようになったのは、最近です」
「もうひとりの谷崎さんが居るのはいつくらい前からですか?」
「もうだいぶ前からです」
「そうなんですね。もうひとりの谷崎さんは、どんな人ですか?」
「自分というものをしっかりと持っていて、それに違和感を感じてなく、主張できる人です」
「悪い人ですか?」
「いいえ」
「もうひとりの谷崎さんが出てきて困ったことは?」
「1度だけあります」
「どんなときですか?」
わたしは返答に困った。
「その人は・・・有名なんです。だからそれがわたしだとバレてしまって、困りました」
「有名・・・」
「はい」
「谷崎さん、その問題について他に知ってる人はいますか?」
「います」
「その方と一緒に今度来られますか?」
「相談してみます」
「お願いしますね」
「・・・あの、先生」
「なんですか?」
「各務って、いいます。もうひとりのわたしは」
「・・・・インターネットで有名な、かがみさま、ですか?」
「そうです」
「そうでしたか・・・」
各務とは、かるなとは、一体誰のことだろう。わたしとは、一体誰なのだろう。
先日みなのまえに、各務と名乗るものが現れたであろう。
それはまさしくわたしである。
そのときも申し伝えたが、各務を慕わぬものに対し
冷たく当たったり、責めたてたりなどは、どうかしないで欲しい。
わたしはそれを望んではおらぬ。
みな一様に同じというわけではないのだ。
ひとりひとりがみな別々なのだ。
個々の思想は、個々で大事にして欲しい。
他人にそれを、押し付けないで欲しい。
己を認めるのと同じくらい、他人を認めるのもまた、大事なのである。
みなそれぞれ自由に、自由を認め合って欲しい。
その上で、わたしの名を 呼ぶがよい。
わたしの歌を 歌うがよい。
それが望むことならば。
わたしはこのところ、大学を休みがちだった。
もう健太郎はいないし、絵も描き飽きた。
わたしも健太郎みたいに就職しようかな。
健太郎の部屋で、健太郎の帰りを、料理を作って待っているときなどに、そんな風に考えていた。
時刻は9時半を廻っていた。
今日も遅いのかな。帰ろうかな。
季節は秋になっていて、外では秋の虫が鳴いていた。
わたしは手帳から紙を一枚破り、置手紙を書き始めた。
おかえり、おつかれさま。
お料理チンして食べてね。
冷蔵庫にも入ってるよ。
ちゃんと食べなきゃ駄目だよ?
それと、できるだけたくさん寝てね。
おやすみなさい。
かるな
そう書き終えて、お茶碗の横に置き、帰り支度を整えた。
電気を消して、玄関に立った時、鍵の開く音がして玄関のドアが開いた。
そこには健太郎が立っていた。
「あら、おかえり」
「ただいま」
「もう帰るよ」
「えっ」
スーツ姿の健太郎は、いつみてもかっこいい、好きだ。
わたしは背伸びして、チュッと健太郎にキスすると「おやすみ」といって玄関を出た。
人通りのない駅までの暗い道を歩いていると、後ろから人が走ってくる音がした。
思わず身を縮めて、構え、振り返った。
と同時に健太郎がわたしに抱きついてきた。
「どうしたの?!」
「お前、今日、泊まってけよ」
「え?!」
そういえば今日は金曜日だった。
忘れてた・・・・。
「抱かせて」
そういうと外だというのに健太郎はわたしにキスをした。
わたしは慌てて離れると、「どうしたのよ」と言った。
健太郎の手には、わたしがさっき書いた置手紙が握られていた。
「抱かせて」
もう一度健太郎はそういった。
「でも、今日は各務にはなれないよ・・・」
「お前を抱きたい。かるなを」
「わたしでいいの?」
「お前がいいの」
そういうと健太郎はわたしの肩を抱いてずんずん歩き始めた。
わたしは面食らっていた。
健太郎がかるなであるわたしを抱きたいなんていうのは、すごく珍しいことだった。
いつも各務であるわたしを丁寧に抱いていたのだった。崇めながら。
部屋に着くと玄関のドアを閉めるなり健太郎はキスしてきた。
なんとか靴を脱いで、キスをされて服を脱がされながらベッドへと移動した。
強引にキスされながら押し倒されて、ベッドに横になると、健太郎は服を脱ぎ捨てた。
下着を剥ぎ取られ、健太郎の指を感じると同時に、わたしは堪らなく声を出し、あわてて口を塞いだ。
そんなわたしのことを愛おしそうに見つめ、でも面白がるように、健太郎はわたしを攻めるのだった。
わたしはもだえながら、自分が女であることを、感覚でひしひしと感じるのだった。
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