エピローグ・告解部屋にて
マトヴェイ・ガザエフ神父ははっとして、自分を取り戻した。間仕切りの向こうの男はもうとっくに黙っていた。陽は水平線の向こうへと墜落し、既にひんやりとした暗闇が告解部屋の中を満たしていた。ガザエフ神父は咳払いをするのも忘れ、掠れたままの声で言った。
「まさか、これで終わりではないでしょう」
「わたしがこれ以上お話できるのは、その夜〈丘の上の教会〉は炎に包まれ、その火は二日にわたって消えることがなかったということだけです。このことは、神父さまもご存知なのではありませんか?」
「言っている意味が分からない。話を続けてください」
「いいえ、神父さま」
男は静かに答えた。
「話は終わりました」
「こんなことはおかしい。話として成立していない」
「これは小説ではありません。戯曲でもない」
「事実だと言うんですか。〈丘の上の教会〉が……この教会が焼け落ち建て直されたのは、百八十年も前のことなのに?」
神父の問いには答えず、男は沈黙した。それから、口を開いた。
「ひとつ、質問をしても宜しいですか。わたしは懺悔をしに来たわけではない、と言いました。だから、これは単なる興味にすぎません」
神父は沈黙を返した。
「あなたは赦しますか。あなたは、わたしと彼とを赦しますか」
神父は再び沈黙した。しかし、それは先ほどのような沈黙ではなかった。絶句だった。神父は答えるべき言葉を持たなかったのだから。
そもそも──と神父は呆然と考えた。
──あなたは誰なのだ。いや、どちらなのだ。
問いが舌の先まで出かかった。しかし、そこから後はけっして出てこなかった。神父は黙りこくったまま、仕切りの向こうを見つめた。視線でそれを透かそうというように。やがて、信徒の男のほうに諦観を帯びた微笑の気配があらわれた。男は答えを得ることをあきらめ、定式の台詞を呟いた。
「神父さま、どうかわたしたちの罪を取り去り、洗い清めてください」
神父はまだ口を噤んでいた。男が再び神父を呼んだ。今度は、かすかな──よく注意しなくてはそれと気づかないほどに──縋るような響きがあった。
「神父さま……」
ガザエフ神父は目を瞑り、きれぎれに息を吐き出した。
「赦します」
そして、ぎこちなく呟いた。幾度となく発してきた、初めから決められた言葉。自分の口を借りて、誰かが代わりに喋っているかのように感ぜられた。
「あなたの罪を赦します。安心して行きなさい」
ギシリと椅子が鳴り、格子窓の向こうの影が立ち上がるのが分かった。
仕切りの向こう側で扉が開き、そして閉まろうとした。
神父は不意に、彼を呼び止めたいような衝動に駆られた。しかし、そうはならなかった。靄のようななにかが焦燥感や閉塞感に似て腑の底に渦巻き、やがて埋み火のように沈黙した。扉は閉まった。
彼の足音が立ち去ったあとで、ガザエフ神父は告解部屋を出た。その瞬間、薄い
了
天の火を浴びよ 識島果 @breakact
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