幕間・告解部屋にて

「それで?」

 男が黙りこんだので、ガザエフ神父は思わず続きを促した。そしてその瞬間、耳に飛び込んできた自分自身の声に我に返った。

 神父は狭くひえびえとした告解部屋の中に座していた。扉の隙間からは飴色の西陽が射し込もうとしていた。彼は知らず識らず話にのめり込んでいた自身を恥じ、口を噤もうとしたが、それでもこらえきれずに呟いた。

「いや……しかしこんなことは……。とても信じられない」

 ガザエフ神父はかぶりを振った。

「人の生き血を啜る〈異形〉?」

 とんでもない話だ。冗談にしても悪質だ。私はこの教会につとめる神父として、こんなことを信じるわけにはいかないのだ。だって、この教会は──。

「神父さま」

 目隠しの衝立の向こうから、男が穏やかに呼びかけた。

「最後まで聞いてくださる約束です」

 その言葉に、神父ははっとして椅子に掛けなおした。古い木の椅子がひどい音を立てて軋んだ。彼は溜息を吐き、慎重に問いかけた。

「このあとは?」

「このあと、アルセンはユーリイを匿いながら、〈丘の上の教会〉で二年を過ごします」

「二年?」

 神父は思わず復唱した。

「二年もの間、隠しおおせたと?」

「わたしたちの小屋と裏庭とは、まさに箱庭でした。半島のうつくしい四季が代わる代わる訪れる、額縁の内側のような平穏な箱庭」

「しかし……」

 男は神父の言葉を遮った。

「それがユーリイにとってよいことだったのかは分かりません。どちらがよりよかったのか。あの廃教会で短い一生を終えるか、この箱庭に籠の中の蝶のように閉じ込められて時を過ごすか」

 そこで彼は一旦言葉を切り、

「それでも、ふたりの生活は概ね穏やかでした。時間の流れから隔絶されたように。色々とできごとはありましたが、大きく振り返れば、この二年間はふたりにとって幸福な二年間であったと言えるでしょう」

「そうは言っても、いつまでもそうしてはいられないでしょう」

「ええ、その通りです。子どもは成長するものですから。望むと望まざるにかかわらず……。ユーリイもまた例外ではありませんでした。彼は、次第に疑問を抱くようになります──。」

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