天の火を浴びよ
識島果
プロローグ・告解部屋にて
軋む扉の開閉音と衣擦れの音に、マトヴェイ・ガザエフ神父は欠伸を噛み殺し、居住まいを正した。彼の記憶が正しければ、これがゆるしの秘蹟を求める今日最後の信者のはずだった。今は丁度主の降誕を待ち望む待降節の四週間にあたる。降誕祭を前にして、敬虔な信者たちが告解をのぞみ詰めかけているのだった。それに応じて、通常朝の
間仕切りの向こうで、誰かが──足音の重さから男性であろうかと思われた──椅子に腰掛けるのを確認してから、神父はいつもの通りにやわらかく告げた。
「どうぞ、告解をなさい。神は全てをお赦しになるでしょう」
暫時、信者は沈黙を守った。告解を望む信者がこうして話し始めるのを躊躇うのは、けっして珍しいことではなかった。じわじわと胃の腑を締めつけるような空腹感に苛まれながら、ガザエフ神父は辛抱強く待った。
やがて信者は出し抜けに、
「神父さま」
と呼びかけた。若い男の声であった。それまでの気詰まりな沈黙とは裏腹に、息遣いも声色も実に落ち着いた調子であったので、それが神父には意外に思われた。
「長いお話になります」
と信者は続けた。
「それに、これからお話しすることを告解と呼んでいいのか、わたしには分かりません。懺悔でないことは確かです。しかし、もうこれ以上心に秘めておくには、苦しくて、胸に痞えて、吐き出さずにはいられないのです。神父さま、宜しいでしょうか。最後まで、聞いていただけますか」
言葉とは裏腹に、彼の声音はやはり穏やかに凪いでいた。了承の意を述べようとしてガザエフ神父は、自分が彼に対し、この僅かな間に既に私的な興味を覚えていることに気付いた。その一種俗物的な好奇心は、聖職者として望ましからざるもののように思われた。それで、ガザエフ神父は少しの間答えるのを躊躇った。彼は逡巡のための一呼吸を置き、やがて気を取り直して、再び「どうぞ」と告げた。男はゆるやかに息を吸い込み、しずかな声で語りはじめた。
「あの夜のことからお話ししなくてはなりません。あの、春雷とどろく運命的な夜の出来事から……」
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