凛として咲く花の如く

 恋愛小説コンテストの最終選考結果から作品を見つけ、普段は女性向け恋愛小説も時代小説もあまり読まないのですが、タイトル誘われて開きいつの間にか読み終えてしまいました。

 物語は藩屋敷に奉公する武士の娘、美緒が江戸に行けと命ぜられたところから始まります。正室が亡くなったことにより側室から正室に上がった藩主の妻・津也が命じたのは「頭が狂った」として離れの建屋に隔離にされている少年・椿の世話。椿と心通わせるうちに美緒は彼の頭が狂ってはいないことに気づき、やがて津也の息子である武虎と亡き正室の息子である文虎の家督騒動に巻き込まれ……というストーリーです。

 普段読まないジャンルの作品を一気に読ませてくれたリーダビリティを支えているのは、登場するキャラクターの生き生きとした描写です。特に最も心惹かれたのは主人公の美緒でした。勝ち気で、芯が通っていて、意外に機転も利く。己にも他人にも正直な彼女の生き様は凛として咲く花の如く彼女に纏わる人々を魅了し、そして読み手をも魅了します。僕のこの手の恋愛小説は「やたらあちこちから好かれるヒロイン」に説得力を持たせることが最大の関門だと思っているのですが、溌剌と魅力的に綴られた美緒というキャラクターがその難関を見事にクリアしていると感じました。

 そして本作において個人的に素晴らしいと感じたのが「悪役」との向き合い方。僕が女性向けの恋愛小説で読んでいてよく引っかかる点は主に二つ。一つが前述の「理由もなくモテまくるヒロイン」。そしてもう一つは「記号化した悪役」です。

 悪役にも道徳心がある以上、それに反する行動を起こすまでには葛藤や焦燥があるはずです。しかし愛憎劇を主舞台とする恋愛小説においてその憎悪の過程が見えず、悪役が「悪いことをする舞台装置」になってしまっているパターンによく遭遇しました。しかしこの作品はそうではなかった。物語も佳境に迫った頃、作者様は作品に「悪役視点」のエピソードを挿入してきます。

 これは驚きました。人として書きすぎれば同情を集めて主人公側への感情移入を阻害し、悪として書きすれば「なんだこのサイコパスは」と物語への敬遠を生む。そういう扱いの難しい、よほどの筆力がない限り触れない方が良いエピソードを、作者様は見事に書き切っています。そしてそれが物語に確かな厚みを与えている。

 僕は本作で美緒の次にこの「悪役」が好きです。善が好きなら悪は嫌い。悪が好きなら善は嫌い。普通はそうなりがちな中、「善の代表」の次に「悪の代表」が好きと読み手に思わせることが出来る筆致のバランス感覚は、本当に稀有なものだと感じました。

 女性向け恋愛小説かつ時代小説と、ジャンルが対象として想定する層は決して広くない作品だと思うのですが、それだけで敬遠して欲しくない良作です。男性も、時代小説を読まない方も、是非ご一読下さい。

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