エリカがバイト先の古道具屋「がじぇっと」に出勤すると。
いつも不機嫌な店長に、猫の耳としっぽが生えていた!
恐らくは一度、我々の水準以上に科学が発展した後で、戦争により失われた世界。
我々には何だかわかる機械類も、エリカにとっては魔法や妖精さん。
作者様の『つくも』シリーズや『迷宮雑感』が面白かったので。
“ダメな成人男性主人公”の印象が強く(すみません……)。
ほわほわしたエリカちゃんは、かなり意外でした。
二巡読んで、納得したんですが。
これ、仮に店長一人称だと、店長の魅力がうまく見えてこないんだなぁ。
誰かの役に立てない自分が悔しい、とか。
変わるのが怖い、とかのエリカの葛藤も。
小学校高学年以上の女子向けレーベルとかに入っていておかしくない話だな、と思いました。
成人済ツンツン系眼鏡男子に猫耳と尻尾が生えるところからスタートするこの作品は、明らかに僕を読者として想定していません。
というより、おそらく男性全般を対象として想定していません。主人公のエリカ・スタージョンはとても愛らしい女の子ですが、作品のキモはそこじゃないでしょう。ただ、それは別に悪いことではありません。昨今の二次元エンタメ界隈にはただひたすらに女の子がかわいい女性全般を対象していない作品なんてゴロゴロしていますし、それでヒットもしていますからね。『ごちうさ』とか『きんもざ』とか。
で、『ごちうさ』や『きんもざ』に想定していない女性ファンがつくように、この『がらくた通りと猫の耳』にも僕みたいな男性読者がついちゃうわけですよ。
なんか普通にサラッと読んじゃいました。さすがに「はあ……猫耳男子萌え死ぬ……つらたん……」みたいなエモーショナルな感想は抱きませんでしたけど、なかなかどうして、出来が良い。世界観とキャラクターとそれを表現する言葉や語り口のバランス――大雑把に言うと「雰囲気」がすごくいいです。想定読者じゃないけど「絶対こういうの好きな人いるだろうなー」と分かる。すいませんね、批評家的で偉そうな物言いになって。外から見るからどうしてもそうなっちゃうんですよ。ただそれは逆に言うと、外から見ても魅力が伝わるほどよく出来ているということでもあります。
あとすごく良かったのが「書き手が自分の好きなものを書いている感」がビシビシ伝わってきたこと。これは個人的な嗜好なんですけど、僕は「好きなものを好きだと表現している人が好き」なんですね。この作品を語る例として出すにはちょっと雰囲気そぐわなくて申し訳ないんですが、とんねるずの石橋貴明がスポーツのことを語る時に目がキラキラするじゃないですか。五十過ぎたおじさんが十代の少年みたいになるじゃないですか。ああいうの、すごく好き。それと同じように作者様がこの物語を楽しみながら書いているのが読んでいて伝わり、その愛は作品の生き生きしたキャラクター描写となって現れ、物語の輝きを見事に引き上げていました。
これ、コンテスト応募作ですし、ワンチャン書籍化あるんじゃないでしょうか。ただ惜しむらくは応募部門がSF・現代ファンタジー部門であること。キャラクター文芸でしょう。っていうか、富士見L文庫でしょう。まあそれは作品ジャンルを考えると「現代ドラマ」ではないので仕方のない話。カクヨム側の落ち度です。責任取ってKADOKAWA編集さんたちは読者選考突破したらきちんと読み込んで下さい。頼みましたよ。
この物語の生い立ち自体を知っていて尚感じるのは、本作が作者自身の核に、これまでになく干渉して生まれ落ちたのではないか、という予感です。
主体のパーソナリティー、その語り口、短編では用いられた事もあるけれど、これだけ長きに渡って「猫を被り続けた」のは、初めてじゃないでしょうか。
エリカ・スタージョンという主観を、あるいは形を、介してでないと、この物語世界はおそらく「リアル」に、無骨に、意図を妨げる形でハードに、立ち現れたのではないかと感じます。この世界自体は、決して優しくはない。優しさを片時も手放さずにいられる、そういう主人公を通して、初めて世界は読者に笑みを見せてくれたのかな、と。
「嗜好」も、おおいに盛ってくれたなあ、と感じます。書いててめちゃめちゃ楽しかったんじゃないかな、って。そういうの読んでて感じちゃうの、楽しいですよね。楽しかったです。
スピード感もすごい。ふわふわしているようでいて、気づくとどんどこ転がっていっちゃう。メリーゴーランドなのか、ジェットコースターなのか。
よくぞ完走してくださいました。この物語の誕生自体も、これを成し遂げた事実も、嬉しく思います。
いっけなーい!遅刻遅刻!!と慌ててアルバイト先へ向かうと、店長に猫耳と猫しっぽが生えていてあら可愛い!
……というところから物語は始まるのですが、うん、私が説明すると相当安っぽい。でも実際はすごいんですよ。主人公が走っている描写だけで引き込まれます。その途中に繰り出すちょっとした動作ひとつで、あっという間に主人公のことが好きになりました。
ふんわりやわらかくて、どこまでも可愛くて、人が人を想うあたたかさで満ち溢れていて、物語に流れる空気がそれはそれは素敵なんです。
ただ優しいばかりの世界ではないのですが、シリアスな場面でも主人公のキュートさに心がぽやんと緩んだりして、読んでいると穏やかな気持ちになれました。
でも、それだけでは終わらないところが、この物語の真髄ではないかと思うのです。後半にかけて、これまでのあたたかい世界観が大きな説得力となって襲いかかってきます。だからこそすごく切なくて、よりいっそう愛おしい。
この感覚を噛みしめたとき、あぁここまで大切に読み進めてきてよかったなぁと、ますますこの物語のことが好きになりました。安藤さんも大好きです!!!
健気で明るくて優しくて心の中まで綺麗で可愛い女の子と、ある日突然猫耳としっぽが生えてきちゃった成人眼鏡男子、というさじ加減が難しそうな人物を、あざとくならずにひたすら微笑ましく魅力的に描き出せる手腕も本当にすごいなぁと惚れ惚れしておりました。読者目線だけには留まらず、書く側の人間としても終始魅了されまくりです。メロメロです!
舞台は今よりはるか未来。
『戦争』やらなんやらを経て、人類はかつての技術を無くしたり忘れたりしているような時代に生きている一人の少女、エリカ。
彼女のアルバイト先である『がじぇっと』には、名前のとおりそんな過去のアイテムがいっぱい。
ある日、店長の頭に猫の耳が生えたからさあ大変。
この不思議な『ギフト』という現象と、ドローンからシンセサイザー、アンドロイドといった二重の意味での過去の遺品たち。
エリカの日常の中でそれらが結びつきそうになりながら、それでも日々は過ぎていく。
そんな遠く小さな世界の、一人の少女が見る光景を、今度は読者が見る物語。