嘘松アーニャは果たして本当に「嘘松」なのか

 『ねえ聞いて。さっき電車に手を恋人つなぎした男子高校生が二人乗ってきて思わずガン見しちゃったんだけどヤンチャっぽい子が大人しそうな子にいきなりキスして私の方に向かってニヤっと笑って「興奮した?」ってありがとうございます一生の宝物にします』


 こんな感じですかね、嘘松。まあ上手く表現出来ているかどうかはとにかく、こういう創作っぽい体験談がネット上で「嘘松」と呼ばれるようになってもう随分と経ちます。最近では変わった体験談をネットで語って話題になればもう100%嘘松呼ばわりする人が出てきますね。元々ネットには他人の体験談を嘘呼ばわりする文化があったと思いますが、「嘘松」という言葉のショートカットキーを得てそれが加速した感があります。世知辛い。

 さて、本作主人公の友人であるアーニャは病的な嘘松です。どれぐらい嘘松かというと、そもそもアーニャなんていう名前ではないのに『嘘つきアーニャと真っ赤な真実』という本に倣ってアーニャというあだ名がついてしまうぐらい。親戚にアイドルがいるだの霊が見えるだのは序の口。イケメンユーチューバーとつきあってるだの本を出版することになっただの自分の家は有名な戦国武将を先祖にもつ旧家でそこの次期当主と婚約させられただの、次から次へと真っ赤な嘘が飛び出します。

 さすがの主人公もそんなアーニャに呆れ、距離を置くようになります。そんなある日、アーニャが学校に来なくなりました。心配になった主人公はアーニャにLINEでメッセージを送り、当のアーニャからは以下のような返信が帰ってきました。

 「久しぶり。実は学校に行けなくなったの。トラックにはねられて異世界転生したから」

 最近のアニメにもありましたね、異世界にスマホ持っていくやつ。あのスマホは現世とのやり取りには使えないらしいですが、とにかくそういう事情でアーニャはスマホを持ったまま異世界転生し、異世界からメッセージを送っているのだと主張します。そしてアーニャは自分の異世界ライフを画像つきで主人公に報告し出し、そのうちそれをインスタグラムやツイッターで全世界に公開し始めて……というストーリーです。

 普通に考えれば異世界転生なんて嘘。でも画像は次から次へと送られてくるし単なる嘘とも思えない。そしてここからが本作の面白いところなのですが、読んでいて読者も「じゃあ本当に異世界転生したんだろうな」とも思えないんですね。現実ならそういう思考になるのも分かりますが、これは小説。異世界転生は「ありえない話」ではありません。なのに信じられないんです。異世界転生する前のアーニャの「嘘松」っぷりを知っているから。

 かくて読み手はアーニャの異世界通信をどう受け止めればいいか分からなくなる。しかし渦中のアーニャはマイペースに自由気ままな異世界ライフを送り続ける。結果、読み手は作中人物と同様にアーニャを中心として発生する渦に巻き込まれることになります。その作品世界と一体化して翻弄されている読み心地が実に面白く、この物語はどこに着地するのだろうとページスクロールを進めさせます。

 作者様の仰るようにカクヨム運営の求める『日帰りファンタジー』とは違う気もしますが、現実世界と異世界が混ざり合って境界性が曖昧になる感覚を楽しむという点で、本作より優れた作品はそうないでしょう。嘘松アーニャは果たして本当に「嘘松」なのか。それは皆様の目と心で、是非お確かめください。

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