狂い咲きの文の虎、恋を知り、牙を剥く

江戸時代中期、徳川幕府治下の武家社会は、
日の本の史上に類を見ぬほど落ち着いている。
そんなころ、江戸に程近い東海道の一藩に
お家騒動の暗雲が立ち込めた。

気狂いを起こした嫡子と、側室上がりの女の息子。
跡目相続は母親同士の対立構図にとどまらず。
ここに来て火の点いた息子同士の争いの種は、
気が強くて少々手の早い下級武士の娘、美緒だった。

国許から江戸に上がった美緒の視点で物語は進む。
椿と名乗る少年の正体に気付き、
椿という名に隠された秘密を知り、
御方様に仕える『網』に近付き、
と、テンポよくライトに紐解かれるストーリーに、
次のページをクリックする手が止まらなかった。

惜しむらくは、8万字というサイズであること。
椿の狂態と文虎の葛藤、その対比をもっと読んでみたかった。
母たちの確執や武虎の愚直さがもっと強く描かれていたなら、
決着に当たっての2人の息子たちの覚悟がより映えたと思う。

生意気を申し上げて御免なさい。
すごく好きな題材だから、もっと欲しいと思った。
美緒と彼らの恋と忠心と家族愛の物語に
もっと長く浸っていたかったのです。

椿の花のごとく死ね。
それは呪いか、はたまた誇りか。
覚悟を決めた武士の生きざまは美しい。
文に生きる世の、刀に恃まぬ武士でさえ、なお。

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